第4話

村雨は――死ななかった

多少ビリビリするような気もするが、大したことではない

驚く葵の背に手を回し引き寄せ、抱きしめる



(…抱きしめると何故かビリビリが収まった…?理由はわからんが…あとであのマッドサイエンティストに聞いてみるか)


「なん、で…無事なの…?」


「…俺はどうやら、人より電気抵抗が高いらしくてな。体表は200倍、体内は5倍。だから運動能力が低く、反射神経も大したことはない。だけど今、この体に初めて感謝している」



葵の目元に浮かぶ涙を拭う

普通なら、濡れれば抵抗値が下がる。つまり死にやすくなるのだが



(なんともない…。どういうことだ?)


「むーくん…すごいね」



抱きしめ返してきた葵の髪から漂う匂いに思考を封じられた

17年前、お姉さんだったはずの葵はもうすでに村雨よりかなり背が低い

包み込むように抱きしめて、長く短い時を過ごした



(…相変わらず意味のわからん体だな。いや、葵の方が想像と違う可能性がある。放電に条件があるのか?)


「むーくん、抵抗高いんだよね」


「ああ、生まれつきな」


「もっと強くなるのかな」


「さぁな。5年前の時点で200倍だし、今はもしかしたらもっと強いかもしれない」


「私が、その抵抗を壊せれば、むーくんはもっと普通に生きられる?」



村雨は少し考えてから、答えを見つけ出した



「いや、葵と触れ合えない人生は要らないな」


「もう…。口説こうとしないで!」


「してないっつの…理不尽が過ぎるぜ」



ようやく解放された村雨は、少し名残惜しさを感じながらも素直に手を離した

沈む夕日が二人を照らしている。顔が赤いのはそのせいか、はたまた別の理由があるのかはわからない



「少しは気が落ち着いたか、葵」


「うん。ありがと…!」



いい笑顔だ、と思いながらタバコを取り出す村雨

しかし病院敷地内は法律で喫煙を規制されているためすぐにしまい、葵ともに病室へ戻った




翌日。村雨は例のマッドサイエンティストのところへと訪れていた

場所は伊豆の方面にある巨大な大学病院の、院長室より上のフロアにある部屋だ

アポを取らずとも、当日電話すれば入室許可が降りる



「よう、マッドサイエンティスト」


「博士と呼び給えよ、村雨君。久しぶりだね、君の転勤以来だから2年ぶりかな?」



白衣に身を包んだ女が高そうな椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がり、村雨に飛びかかった

が、さすがの村雨も何度かやられているため余裕をもって回避に成功する



「じゃあ博士ちゃんよ。聞きたいことがある」


「それは君が昨日会った紫電病患者のことかな?」


「なんで知ってんだ気色悪い…。つか床に顔押し付けたまま喋んな」



体を起こして応接セットに座り、目の前のソファーに座るよう促す博士

村雨は何の抵抗もなくそこに座り、博士に目を向けた



「君が聞きたいことはおおよそわかっているよ。何故手に触れたときより抱きしめたほうが電流が下がるのか、だね?」


「なんで抱きしめたこと知ってんだ!?」


「君のことはお見通しだよ。とかく、理論的な話をしようか」



博士が出したのはプレゼン資料だ

どうやら昨日それを知ってから徹夜で仕上げたらしい。その情熱をもっと他に向けてくれ、と思いつつ今はありがたいので何も言わない



「私が考える限り、紫電病はただの放電ではない。簡単に言えば、頭の先から足の先まで電池が直列に繋がってると考えればわかりやすいかな」


「…一箇所だけ触れると、高電圧がかかるってことか」


「ザッツライ!つまり、接触箇所を増やすと並列回路になって電流が減る…というのが私の見解だよ。けど、抱きしめたときに電流が下がるのはこれだけだと説明がつかない」


「なんでだ?」


「簡単だよ。仮に線が並列だとしても、繋ぐ抵抗が1つなら電流はそこに集約される。道が複数あっても行き着く先が同じだからね」



資料を動かしながら説明をする博士は、まさに博士といった雰囲気だった 

いつもこうなら、多少飲みに行くのもやぶさかでないと思う村雨



「これの解決法としては、抵抗器をそれぞれの道に一つずつ接続するという方法。つまり、普通の人も200人くらい同時に触ればなんてことはないんだよ」


「なるほどな。けど、俺は単独で並列接続を実施できた」


「そういうこと。つまり、君は彼女と似た体質でありながら逆に抵抗器を直列に繋いだ存在…みたいな感じかな。だから抱きしめたときに並列接続となり、電流が減った…と思うよ」


「思うって…仮にも医療科学者だろ」


「科学者だって仮定の上で実験して初めて理論を構築するんだよ。これらはあくまで推測に過ぎない。この仮説が正しければ、君は彼女と子を成すことも可能ということになる。ま、子供が電気に耐えれるかは知らないけどね」



ウインクする博士。改めてマッドらしさを感じる



「理論はともかく、抱きしめてやれば俺は死ににくくなるわけか」


「君なら手を繋ぐだけでも死なないよ。ただ、濡れた手で触れたらわからないけど」


「それも聞きたかった。涙を拭ったはいいが、感電しなかったんだ」


「となると、彼女の体液が絶縁物質である可能性もあり得るね。ここまでくると医学や科学の分野じゃなくオカルトになるけどさ」



確かにあの涙が絶縁体――電気を通さない物質――なら、理論上は電気を通さない

しかしそれは全くの非科学的なことだ

本来涙のような体液は電気を流すことで知られているのだから



「科学者としての意見はこんなところだね。ここからはただの思想の話だけど、私が思うに紫電病はただの病気じゃない。そもそも人の生体電気なんてテスターで測れる大きさじゃないんだよ。それが何万倍とかになって10万ボルトになった、という時点で私からすればオカルトだね」


「…原因はわかってないのか」


「そうなるね。だから私は、何らかの魔法だと思ってるよ。そうじゃなきゃ説明つかない」


「魔法?そんな非科学的なものあるわけが…」


「そういうけど、昭和の時代からすればスマホだって魔法みたいなものなんだよ?そう考えたら、私たちの未知の技術があって、それが作用すると紫電病…というより魔法体質になるという方が定義がしやすい…と、私は思う」



村雨は顎に手を当てて思考を回した

顔を寄せようとした博士の額をもう片手で抑えながら、回らない頭で考える



(…もしその「魔法」が本当なら、ありえない話ではない。俺の絶縁体質も、葵の放電体質も、ダチの暗視能力も全部…。オカルトといえばオカルト。工業に生きる俺や博士が、この結論に至るのなら、可能性はあるのか…?)



魔法なんてものは眉唾ものだ

しかし世の中にはそれに似たことをする人もいる

都市伝説の中にもいくつか、魔法のようなことが起きている



「魔法があるとして、治せるのか?」


「無理だね。現代技術では魔法を再現できない。もしかしたら、百年後とかに魔法を制御する機械ができるかもしれないけど、そんな時間はない。だから君ができるのは、彼女をある程度幸せにしてやることだよ」


「ある程度…幸せに…」


「彼女の望みを叶えて、やりたいことをやらせてから死なせる。それもまた、人助けだと私は思うね」


「…結局あんたにもわかんないことだ、ってことはわかった」


「科学者は万能じゃないからね」


「けど、やるべきこともわかった」


「ならいいね。いってくるといいよ」


「ありがとう、彩世さよさん」



走るように部屋を出ていく村雨に手を振り、すぐに止める

右手を押さえながら、呟く



「…君を奪った恋敵に送る塩なんて、ないはずだけどね…」



破壊の右手首に、黒いヒビが入った

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