第22話 【SIDEフレドリック】フレドリック、乗っ取られる

 ――薄暗くて湿っぽい独房に放置される。


 このような扱いが、腐っても、一国の王子だった自分に対する仕打ちとは思えなかった。

 気休め程度の、粗末な食事が与えられ、排泄物の匂いに塗れた牢内で食欲もない中、ただ処罰されることを待つだけの日々。


 ここに入れられて、何日経ったかわからなくなったころ、がちゃりと牢屋の鍵が開けられる音がした。


「――立て。おかしな真似をしたら無事は保証しない。おとなしくついてくるんだ」


 帝国兵に蹴飛ばされながら起き上がり、手枷と足枷をつけられたまま、外に連れ出される。


 行き着いた先は、ただ牢屋にタイヤがついただけの、囚人輸送車。


 ――もはや、貴人としての扱いでさえなかった。


 クッションのない囚人輸送車に乗せられ、枷をつけられているせいで体を自由に動かすこともままならず、全身が痛みに苛まれる。


 もはや、自分を生かしているものは、エステルに対する恨みだけだった。


「なぜ……、私だけ……。なぜ、なぜ……」


 ぶつぶつと、恨みを忘れないという執念をつのらせ、ひたすらに呪いを口にする。

 

 エステルのせいで。

 あいつさえいなければ……!

 あいつさえ、私の前に現れなければ……!


 捕らえられる直前の、帝国の身綺麗な洋服に身を包んだ、なんの苦労もなさそうなエステルの表情が目に浮かぶ。

 なぜ、あいつだけあんな恵まれた場所で悠々と過ごし、自分がこんな惨めな思いをしなければならないのか!


 そう、怒りで、呼吸が荒ぶった時ーー。


(――いらないのなら、僕に頂戴?)


 頭の中で、見知らぬ少年の声が響いた。


 同時に、どくり、と黒い子犬に噛まれた噛み跡から、何かがうずく。


「ぐぅ……、うぁあ……!」


(ねぇ……。聖女がいらないなら、


 意識が。

 自分のものだったはずのものが、みるみる何かにおおわれていく。


 そうだ。

 聖女はいらないから、にあげよう。


 そうすれば、も聖女が手に入って喜ぶし、

 私自身も、ずっと煩わされてきた聖女が消えて、せいせいするじゃないか。


 ーー素晴らしい名案だと思った。


 そうして、黒い意識に身を委ねた瞬間。


「フレドリック様!」


 がちゃりと、鍵がかかっていたはずの囚人輸送車のドアが開かれる。

 外界から、むわり、と血生臭いにおいが漂ってきた。


「迎えに参りましたわ。――さあ、聖女を捕まえに参りましょう? フレドリック様――いえ、魔獣様」


 黒衣に身を包んだシルヴィアが、私の目の前でにたりと笑って手を差し出してくる。

 そうして私は、失われてしまったはずのシルヴィアの左手を手に取る。

 右手に血濡れた短剣を滴らせ、左手の手首から先が真っ黒に変色してしまったーーシルヴィアの左手を。

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