第23話 油断大敵、みたいです

 それから。

 あっという間に、聖王国に戻る日がやってきた。


 皇宮の外で、魔術師や役人の人たちが転移門の準備をする中、たくさんの人たちがわたしたちのために見送りに集まってくれた。


「エステル様……、これ、前にエステル様が美味しいって言ってくださったクッキーです……。向こうに行っても、おやつに召し上がってください……!」

 

「エステル様。エステル様が水やりを手伝ってくださった花が、ちょうど今朝咲きましたので、持って行ってお部屋に飾ってやってください……」

 

「エステル様、こちら、私のおすすめの本を見繕っておきました……。どちらも帝国内でしか流通されていないものですので、お時間のある時にぜひ……」


 わずかな期間の間に仲良くなった皇宮で働く人たちが、別れを惜しんで餞別の品をこれもこれもと渡してくれる。

 ポッと出の、素性もわからない婚約者だったわたしに、こんなにみんなが良くしてくれることに、わたしはちょっとほろりと泣きそうになった。


「あのっ……、ありがとうございます。大事に、いただきますね」

「ぽめっ!」

「あら……、わんちゃんも一緒に行ってしまわれるんですね……。寂しくなります……」


 お嬢様を、しっかり守って差し上げてくださいね、とすっかり馴染みになったメイド長がレイヴンの頭をもふもふと撫でる。


 あれ……、レイヴン……、いつのまにそんなに仲良く……?


 まあでも、確かに思い返すと、わたしが勉強やらなんやらしている間はずっと、主にメイド長さんや使用人の人たちがレイヴンの様子を見ていてくれたのだ。

 わたしの知らない間に、培われた絆もあるに違いない。

 短い間ではあったけれども、本当に皇宮では居心地良く過ごすことができた。

 それもこれもすべて、アスラン様が細やかな気配りをしてくださったからだ――と、当のアスラン様を目で追いかける。


 クラウス様とお話をされていたアスラン様が、わたしの目線に気づくと、こちらに向かってふわりと笑いかけてくれる。


「ん? どうしたの? エステル」

「いえ……、アスラン様」


 ちょうど、太陽の光が、燦々とアスラン様を頭上から照らしたせいだろうか。

 いつもよりずっと、アスラン様がキラキラと眩しく見えた。

 そうして、私はアスラン様の笑顔を見たら、なんだか胸がいっぱいになって、一瞬言葉に詰まってしまって。


 ……ありがとうございます。

 わたしの居場所を作ってくれて。

 わたしのことを、本当に大切にしてくれて。

 わたしを、好きになってくれて。

 

 ――そう、言おうと、一歩踏み出したときだった。


 とすっ。


 突然背中に、なにかがぶつかったと思った。

 最初は、誰かがよろけてぶつかったのだろうかと。

 それから、くらりと眩暈がして――、胸元に目をやると。

 わたしの胸元から、鈍色に光る刃先が、すらりと突き出していた。


「……油断大敵、ですわ。聖女様」


 聞き覚えのある――シルヴィア様の声が、耳元に響く。


「なっ……!」

「聖女は、我々が貰い受けていく」


 驚愕するアスラン様の驚きに――フレドリック様の声が重なる。


「エステル! エステルっ!」


 レイヴンだ。

 なんでそんなに焦った声を出しているんだろう――?


 そう思うと同時に、意識がとぷりと闇に落ちた。

 闇の向こうで、だれかが、くすくすと嬉しそうに笑う声が聞こえた。

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