第21話 わたし、大聖女の生まれ変わりなんですか?
「そういえば、今更なんですけど……」
「ん? なに?」
皇帝陛下の応接室を出て、ふたりきりになったところで、ふと気になったことをアスラン様に尋ねた。
「アスラン様、最初からわたしを皇后に、って仰ってましたけど……。わたし、聖女のお勤めを続けなければいけないなら、いずれ聖王国に戻らなければいけないのに、その点どうするおつもりだったんですか?」
「ああ、そのこと」
最初に言われた時は驚きが先に立って特に疑問にも思う余裕もなかったが。
さっき、皇帝陛下と三人で話をしている時に、そういえば、と思いふと疑問を感じたのだ。
皇后なのに、帝国にいない皇后などありえるのだろうかと。
……まあ一応、聖王国は帝国の属国ではあるんだけれども。
「エステルには聖王国にいてもらって、僕が通い夫するつもりだった」
「え」
こともなげに言うアスラン様に、思わず驚きが漏れ出た。
「アスラン様が、ですか……?」
「うん。転移門を置けば一瞬だし。別に皇后が帝国にいなきゃいけないって決まってるわけでもないし。……まあでも」
転移門と簡単に言うが、さきほども言った通り、転移門を使うには莫大な魔力と資金が必要になる。
……それも、皇室特権で頻繁に行使すると言うつもりなのだろうか……?
しかし、アスラン様が次に続けた言葉は、先に話していた内容とは全く異なる種類のことだった。
「そうなる前に、浄化が終わると思うけどね」
「……えっ」
その言葉にわたしは、思わずアスラン様を仰ぎ見る。
「浄化が終わるって」
「魔獣の浄化が終わるってことだよ。おそらく、もうそんな遠くない先にね」
……レイヴンと、同じことを言ってる……。
前に、レイヴンが人の姿になった時にも、アスラン様と同じことを言っていた。
『もう少しで浄化が終わる』と。
アスラン様に伝えた方がいいと思ったまま、タイミング無く時を過ごしてしまっていたが、アスラン様も知っている事実だったのだ。
「……どうして、もうすぐ終わるってわかるんですか?」
「大聖女エリシエルが言い残しているんだ。魔獣の浄化が終わる、おおよその時期を」
そしてその時期が、もうすぐ近づいているのだと言う。
「もともと、聖王国の土地は、魔獣の浄化が終わるまでの間、帝国から聖王国へ貸し与えているに過ぎない。だから属国なんだ。魔獣の浄化が終われば、あの土地は帝国へ返上すると約定が取り交わされている」
その約定もあって、聖王様は自分の代で浄化が終わってしまうことに、焦りを感じていたのだそうだ。
それまで与えられていた地位と土地、権力を返上し、今までと同じように裕福に暮らしていけるのか。
それゆえに、本来の勤めよりも自分の地位を確立するための保身に注力し、息子の暴走を見逃し、結果最後の最後で大きな失態を犯してしまった。
「最後まで真っ当に勤めを果たしていれば、長年の功績を讃えて、それなりの褒賞を与えられたはずなのだけど……。人はやっぱり、権力に目がくらむとダメだよね」
そう言って、アスラン様がにっこりと笑う。
「……聖王様は、どうなるんですか?」
「まあ、監督不行き届きなだけで、直接手を下したわけではないから……。詳しく調べてみないとわからないけどね。この後の裁判次第かな。命を取られるとか、そう言うことはないと思うよ」
「……」
では、フレドリック様がどうなるのか。
気にならないわけはなかったが、聞くのも躊躇われた。
刑が重くても軽くても、複雑な気持ちにしかならないと思ったからだ。
「……フレドリックのことを考えている?」
「……はい」
アスラン様が、めざとく問い詰めてくる。
「でも、聞きません……。それを聞いて、わたしは、自分がどう思うのかが怖いんです」
刑が重いと聞いて喜ぶのも、刑が軽いと聞いてガッカリする自分を知るのも嫌だった。
逆に、それを聞いてかわいそうに思うのも、偽善みたいで嫌だと思ったのだ。
フレドリック様に恨みがないかと言うと、完全に否定はできない。
でも、フレドリック様のおかげで、アスラン様とここまでの関係を築けたと言う事実も確かにあって。
そう考えるのは、楽天的すぎるだろうか。
アスラン様は、何も言わずにわたしの手をキュッと握り、黙って寄り添ってくれた。
そんなアスラン様の優しさが、わたしは好きだと思った。
*
「おまえらって、ほんとバカップルだよなあ……」
「なにレイヴン、突然人の姿になったと思ったら」
夜中、寝る前に「さあ、もうひと勉強しようか」と、寝巻きのまま机に向かっていたら、突然人型になったレイヴンが呆れたように話しかけてきた。
「いやだってさ。四六時中 一緒じゃん。どんだけだよ。当てられる方の俺の身にもなってみてよ」
「むう……」
こころあたりがないわけではないので、深く言及するのはやめておく。
確かに、アスラン様は暇を見つけては、わたしの様子を見がてら、ちょこちょこと訪ねてきてくれるのだ。
――それに、慣れてしまっているわたしも、どうかしてしまっているのだろうか……。
「それよりも! この間言ってたこと、なんなの? あれからずっと人型にもならないから、話すこともできなかったし……」
最後にレイヴンが人型になった時に残した『大聖女エリシエルの生まれ変わり』発言のことだ。
「ああ……。だからあれは、やっぱり禁則事項だったから、罰としてしばらく人型を取れなかったんだよ」
別に意地悪でやったわけじゃないとレイヴンが言う。
「禁則事項って、なんなの?」
「人間が知る必要のない、むしろあまり知っていてはよくない事柄、かな? 本当に知ってはいけないことは、知らないうちに記憶から消去されてたりする」
『忘却』という形をとって、消去されるのだそうだ。
「今回、エステルが忘却されずに覚えているってことは、時期こそ今じゃなかったけど、別に知っても問題ない事柄だった、ってことなのかなあ?」
それとも、普通の人間じゃ無くて聖女だから、ノーカウントってことなのかな? とレイヴンがつぶやく。
「……だったら、もう少し詳しく教えてくれてもいいんじゃないの?」
「え、嫌だよ。どこまで話していいのかもわからないし。今回はしばらく人型を取れないくらいの罰で済んだけど、もっとひどい罰になったら怖いし」
触らぬ神に祟りなし、と言った様子で、レイヴンが自らを両腕で抱きしめるよう身震いする。
「じゃあ、わたしが大聖女の生まれ変わり、っていうのは、本当にそうなの?」
「……禁則事項が働いたってことは、そういうことなんじゃない」
そういうとレイヴンは、ふと何かに気づいたように「……始まりと終わりは一緒ってことか」と、私に聞こえるか聞こえないかの声音でつぶやいた。
「え、なにそれ。どういうこと?」
「あ〜、ごめん! 今の聞かなかったことにして! 怖い怖い! 絶対言わない!」
思わず問い詰める私に、レイヴンはブルブルと首を強く振って拒否した。
「ところでさ、もうすぐ聖王国に戻るんでしょ」
「あ、うん」
「……俺のことも連れてってくれるんだよね」
「え、何言ってるの。もちろんでしょ」
わたしにとって、レイヴンは家族も同然、というか家族なのだ。
置いていく理由なんてなにもない。
「……あのさ、ぎゅってしてくれる?」
珍しく、甘えるようにレイヴンが言ってくる。
「? うん……」
そう言って、わたしが両腕を広げると、硬い表情をしたレイヴンが黙って腕の中にもたれかかってきた。
「エステル……。ちょっと、ここに長く居すぎたかもしれない……」
「……どういうこと?」
「魂の様子がおかしい」
不安そうに、レイヴンがわたしにしがみついてくる。
「気をつけてね。俺も、できるかぎりエステルのことを守るけど。用心するに越したことはないから……」
そう言ってわたしに寄りかかってくるレイヴンの小さな体を、わたしは黙ってしばらく抱きしめていた。
それは、聖王国に戻る日まで、あと数日の夜だった。
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