第10話 皇太子妃教育? 一応、ずっとしてましたけど

 てってれー!

 エステルは、新しい部屋を用意してもらえた!

 レイヴンのベッドも獲得した!


 わたしに与えられた部屋は、アスラン様の私室のほど近くにある一室だった。

 

 執事のクラウスさんに「お部屋のご用意ができました」と案内されて、アスラン様と一緒に部屋まで向かうと、ドアを開けた瞬間、聞きなれた鳴き声が聞こえてきた。


「ぽめえ!」

「レイヴン!」


 がしっ!と抱き合うひとりと一匹。

 なんだか、ここ数時間の出来事が怒涛すぎて、ほんの少ししか離れていなかったはずのに、すごく長い時間離れていたように感じた。


「ぽめ……」

「お嬢様の帰りを、とても大人しく待っておられましたよ。手もかからず……、きっと飼い主に似たのでしょうね」


 わたしがもふもふとレイヴンを抱きしめていると、クラウスさんが、わたしを待っている間のレイヴンのことを褒めてくれた。


「アスラン様。お嬢様のお部屋は、こちらでよろしかったでしょうか」

「うん。問題ない」


 レイヴンとの再会を喜ぶわたしのとなりで、アスラン様と老執事さんがやりとりを交わす。

 まさに、皇子と執事、という絵面が目の前で繰り広げられたのだった。


「エステル」


 かと思いきや、アスラン様がわたしに向かってパッと向き直ってくる。


「信頼できる侍女を見つけるまでは、しばらくはこのクラウスを付けるね。面白みのないやつだけど、誰よりも信頼はできるから」


 曰く、クラウスさんはアスラン様が幼少の時からそば仕えをしているらしい。

 わたしは、居住まいを正して、改めてクラウスさんに挨拶をした。


「あの、改めまして。エステルと申します。よろしくお願いいたします」

「クラウスとお呼びください。お困りごとや足りない点がございましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」

「ありがとうございます……」


 クラウスさんの、ひとあたりのよさそうな笑顔に、ほっと胸を撫で下ろす。

 優しそうなひとに付いてもらえてよかった。

 聖王国にいた時は、みんなフレドリック様の息のかかったハウスメイドばかりだったから、冷遇とまではいかないけど、ものすごく淡々と対応されたんだよね。

 新しい環境で不安なところで、信頼できる人を付けてもらえるのはとても心強い。

 と思っていたところで。


「アスラン様。お嬢様の皇太子妃教育についてなのですが、いつごろから始めるのがよろしいでしょうか」


 え?

 きょ、教育……?

 安心していたところで、いきなり爆弾が落ちてきた。


「クラウス……。突然切り出すからエステルがびっくりしてるじゃないか」

「は、大変申し訳ありません……」


 わたしの動揺を察したアスラン様が、即座にクラウス様をたしなめる。


「驚かせてごめんね、エステル」

「いえ……」

「とはいえ、実際にはクラウスの言う通り、皇太子妃教育は、やるにはやらなくちゃいけないんだ。結局のところ、それがエステルを守ることにもなるしね」


 なるべく負担にならないように調整はするから、とアスラン様が申し訳なさげに告げてくる。


 ……まあ、それはそうですよね。

 皇太子の――しかも大陸一の帝国の――婚約者になるなら、それなりの教養やらなにやらは、身に着けている必要があるだろうし。

 それが出来ていないことで、後ろ指をさされるということは、わたしも聖王国にいた時に嫌というほど知っている。


「あの……」

「ん? なに? エステル」

「一応、あちらにいた時に、フ……、婚約者となるための、教育は受けたことはあります」


 フレドリック様、という名前を発しかけて、寸前で思いとどまる。

 クラウス様は大丈夫だろうけど、聖王国にいたこととか、聖女だったことを口にするのは、まだ要心しておくに越したことはないよね……。

 しばらくは、聖女ということは隠して、アスラン様の婚約者候補として、こちらでお邪魔するわけだし。


「どれくらい受けていたの?」

「えっと……、3年くらいです」


 わたしの言葉に、アスラン様が驚いたような顔をした。

 そんなに受けてたの? と言わんばかりに。


 あ……、がっかりされちゃったかな。

 そんなに出来が悪いんだって……。


 確かに、いつまでやるんだろうとは思いながら教育を受け続けてはいたけれど。

 学ぶこと自体は楽しかったし、先生からも終わりにしようという発言もなかったから、ズルズルと続けてしまっていたんだよね。

 そういえば、あの先生、いい先生だったな。

 フレドリック様の息はかかっていたけれど、身分や出自を重視せず、純粋に学ぶ意欲のある人を平等に扱ってくれた。とても楽しい、学びの時間だった。


「じゃあ、とりあえずは現状のチェックからだね。いったん、今のエステルの力量を見て、それからカリキュラムを設定しよう」

「……はい」


 そう言ってアスラン様は、わたしになるべく負担がかからないよう配慮しながら、現状チェック――という名の実力テストの――日程を組んでくれた。

 

 生まれが生まれだったら、こんなことで気遣いさせなくて済んだのかな……、と少し居た堪れない気持ちになりながら、わたしはアスラン様の決めていく段取りを、うなずきながら聞いたのだった。

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