第9話 【SIDEシルヴィア】シルヴィア、神罰を受ける

「いやあああああああああああっ!」


 違和感を感じて目を覚まし、その大元と思われる手元に目をやったところで、信じられない惨状さんじょうを目にして絶叫した。


「うるさいぞ! シルヴィア!」


 叫び声を聞きつけたフレドリック様が怒鳴り込んでくる。


「う……、手、手が……」


 ただれた手の甲を、フレドリック様に向けて差し出す。


 手の甲に刻んだ聖痕が――刻まれた部分から爛れだし、血がにじみ出始めていた。

 

 眠っていた時には違和感ですんでいた痛みが、視認した瞬間、耐えがたい苦痛に変わる。

 患部から、全身の神経まで響かせるような痛みに苛まれながらうずくまる。


 痛い……。

 痛い……!


 耐えがたい痛みに涙を滲ませてうめいていたら、いつのまにかフレドリック様が治癒士を呼んできてくれていた。


「これは……」

「どうだ、治るか?」


 治癒士の隣に立ち、問いたてるフレドリック様に、問われた方の治癒士はふるふると首を振る。


壊死えししていますが……回復が効きません。魔術が効かないので後は薬に頼るしかありませんが、それも効果があるかどうか……」


 加えて、壊死した部分が他へ侵食していく速度が異常に速く、このペースで進み続けるのであれば患部を焼くか、最悪の場合切断しないと命に関わってくる、と治癒士が言った。


「いやぁ……! いやあああ!!」

「このまま放置しても、やがて肉体に到達して死に至るでしょう。決断は早いほうがよいかと……」

「フレドリック様! 嫌です! 何とか……! なんとかしてくださいませ!」


 おそらく涙でぐしゃぐしゃになっているであろう顔で、救いを求めてフレドリック様を見あげるが、フレドリック様は苦渋の表情でわたくしから目を背けーー。


「まず焼いてみてーーおさまらぬようなら切断してかまわない」

「……!」


 こちらを一瞥いちべつもせずに、治癒士に告げた。


「い……、いや……」

「……痛みで暴れないように、手足を押さえつけるのを手伝ってもらえますか」

「わかった」


 大柄な男がふたりがかりで、わたくしに向かって迫ってくる。


「い……、いやです……! いやあああああああああああああああ!」


 そうして。

 わたくしの意識は、恐怖で暗黒に飲み込まれたのだった。


 *


 次に目覚めた時には、左手の手首から先が、まったく感覚がなくなっていた。

 信じたくないと思いながらも左手の方へ目を向けると、包帯を巻かれた手首から先が、綺麗に切断されてなくなっていた。


「……なぜ、自分が聖女だなどと騙ったのだ……」


 すぐ近くで、聞きなれたフレドリック様の声が聞こえた。


「様子を見に来た村の司祭が言っていた。これは、神の怒りが起こしたものだと」

「……」


 要約すると、聖女ではない者が聖女を騙り、聖痕を偽装したために、神を冒涜した罰を受けたのだと。

 フレドリック様は、はっきりとはおっしゃらなかったが、そういうことなのだと悟った。


「なぜ……!」

「……フレドリック様がおっしゃったのではありませんか」


 わたくしは、どれくらい眠っていたのだろうか。

 それとも、泣き叫んだせいなのだろうか。

 声がかすれて、思うように出なかった。


「元婚約者様のような、庶民で孤児の聖女よりも。わたくしのような出自がしっかりとした聖女のほうが良かったと」

「……」


 わたくしの言葉に、フレドリック様が押しだまる。


「あのような、生まれのわからないような女よりも……、わたくしを聖妃に迎えたかったと! おっしゃったではありませんか! 聖女など所詮お飾りなのにと! だから!」


 込み上げる衝動に任せて、体に力が入る。

 けれども、左手首から先は、もうなにも存在しない。


「……だからわたくしが、罪を背負ったのではありませんか……!」


 愛する人のために、自らが泥をかぶろうと決意したのだ。

 自らの手に――偽の聖痕を刻み。

 神官を買収し、降りてもいない神託をでっち上げ。

 国を離れる聖女を――密かに始末しようとした。


「だがそれは……、別に、私が頼んだわけではない……!」


 勝手に事に及んだのはお前だと。

 自分には、全く責任がないとでも言いたげに。

 フレドリック様は、忌々しそうに、わたくしから顔を背けた。


「ふふ、ふふふ……」

「……シルヴィア?」


 突然笑い出したわたくしを、フレドリック様は気持ち悪いものを見るような目で見つめた。


「うふふふふ、あはははは……」


 ……嗚呼、可笑しい。

 本当に、なんてくだらないのかしら。

 愛する人と、国を支えるためだと思って罪を犯したのに。

 愛する人は、女を守ることもできないロクデナシで。

 それ以前に、王族の血さえ継いでいなかった。


 まったく。

 わたくしはなんのために、自らを犠牲にして、たくさんのものを失ったのでしょうね――?


 あまりにも滑稽で、笑いが止まらなかった。

 そうして、いつまでも狂ったように笑うわたくしを、フレドリック様はただ、恐れるように見つめるだけなのであった。

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