第9話 親友から乗り換える幼なじみ



「おはよう、秋也!」


 恋人関係が継続されているので、家の玄関を開けると陽菜が出迎えてくれた。

 扉を開けてると同時に抱きつかれたので、かなり距離感が近い。

 本命の予行演習ということなので、麻黒さんはゆくゆくはこれを本命にやるらしい。

 おそらく麻黒の目指すところはラブラブカップルということだろう。


 後々これが本命の人間がやられているところを想像するとかなり悶々とした気になる。


「おはよう、陽菜。 今日は心なしか力が強めな気が」


「ああ、ごめんなさい。ちょっと気合が入っちゃって」


 だがもはやすでに麻黒さんの心は走り出してしまっている。

 うちの学校の生徒はお金持ちばかりな上、容姿のいい人間も多いので庶民な上容姿も並な俺など勝負にさえならないだろう。

 実際に摩耶の時も財力と容姿に優れている冬夜に掠め取られているし。


 時間もないし、これ以上このことについて考えるのはやめておこう。

 先を見て今を台無しにするくらいなら、おおよそ2度と訪れないこの時を噛み締めるのが一番いいのだから。


 ーーー


 他愛ない会話をしながら、教室に進む。

 麻黒さんから冬夜の顛末を聞いたところによると、あいつは今、親に厳しく叱責され、天弦家に対しての対応をさせられているらしい。

 学生の身分でそんなことを対応できるのか、少し心配になったのだが、あいつも曲がりなりにも名のある企業の次期社長ということでそういうことも仕込まれているらしい。

 最近絡むどころか、学校に来てさえいないから、不貞腐れて遊び呆けているのかと思っていたので少し不便な気持ちになる。


「秋也も社長業について少し学んでみる。もう父にも話を通してるからすぐにできるけど」


「そうなんだ。そっちでバイトできるかもしれないし、やってみようかな」


「ふふふ、これをやればバイトどころか。次期社長も間違いないわ」


「またまた」


 大仰な肩書に気おくれしながら、『次期社長』『未来の会長』などと俺を持ち上げるジョークーー通称麻黒ジョークを静々と返す。

 最近頻発している気がするが、おそらく前のあわや麻黒家と天弦家が戦争になりかけた件でまだ俺に負い目を感じている可能性が高い。

 先週からまだ一週間しか経っていないので、まだ忘れられていないだろう。

 ちょっとした事故みたいなものなのでそこまで気にしなくてもいいのだが。


「おい、おいあれまじかよ」


 そんなどよめきが聞こえたと思うと、教室の周りに人だかりできているのが見えた。

 なんだあれはと思い、その後ろから覗き込んでみると、容姿のいい3人の男子生徒と摩耶が教壇側に集まっているのが見えた。


「あいつ、何やってるんだ?」


「意図はわからないけれど、メンツを見るとよくないことを考えていることはわかるわね」


「メンツか。あの3人と面識がないからわからないけれど、そんなに悪い評判がある連中なの」


「いえ、悪い評判はないわ。どちらかと言うと良い評判ばかりだし」


 いい評判だから悪いと言うことは、今の状況からするにいい評判のある人物が今悪い評判で話題になっている人物と一緒にる状況が悪いということだろう。

 今現在、担保している評判使って、いい雰囲気を作って笑い話で追わせることもできるし、その上口までうまいのなら、先週ついた摩耶の評判を出鱈目だと信じ込ませることにもできる状況だ。


「しかも、あの3人ともちょっとした実力者の息子よ」


 もう一つ厄介な条件が増えた。

 実力者ということは冬夜のように少なからず取り巻きがいる可能性が高い。

 周りの人間は好感度だけでなく、圧力といった面でも彼らのいうことに耳を傾ける可能性が出てきた。

 あそこの渦中に行くのは危険だが、今の様子からここを避けたとしても後に絶対に起こすだろうことは想像に難くない。


「明らかな罠だね」


「避けられるわけでもないし、飛び込むしかないかしら」


「そうだね」


 麻黒さんと共に歩み始めると周囲の生徒たちも気づいたようで、道を開け始めた。

 対してパッとしない俺にこんな瞬間が訪れるとは思いもしなかったことだ。

 今ならチュートリアルキャラではなく、麻黒さんの取り巻きくらいのサブキャラにはランクアップしているような気がしないでもない。


「おーほほほ! よくものこのことやってきたわね」


 こちらの姿を見つけるなり、余裕綽々なのか哄笑を上げる摩耶。

 客観的に見て、どちらが悪役令嬢なのか、もはやわからない。


「朝からこの馬鹿騒ぎはなにかしら」


「だ、黙りなさいよ。いきなりそんなに言わなくたっていいじゃない」


 麻黒さんが率直な意見を言うと、今の状況に全く怯えていない麻黒さんに摩耶はビビったようで怯んだ。


「悪役令嬢、庶民に対してその態度は圧が強すぎるだろ」


 すると狙い済ましたかのようなタイミングで3人組の一人、赤髪の男子生徒がフォローに入ってきた。

 庶民に対することを引き合いに出してきた。

 どう見ても麻黒さんの方に義があるのだが、いかんせん庶民を引き合いに出して言い合いを続けると麻黒さんの風評被害がひどくなるので、俺が引き継ぐことにする。


「状況が状況だろ。どう見ても迷惑なことをしてるし、文句を言われてもしょうがないよ」


「庶民然とした奴が口を開くな。頭が高いぞ」


「極端すぎだろお前」


 同じ庶民だと言うのに、180度対応が違う。

 さっき言った自分の言葉を覚えてないのか、こいつは。

 どう言う人間かはまだわかっていないが、人によって態度を変える人間だということはわかった。


「うん?生意気なーー。お、お前!? 理事長の時の!!」


 歯牙にかけていないような態度を取るかと思うと、驚いたような顔をして目を見張った。

 どうやら赤髪の男子生徒も理事長の件で、俺に何かしらあると勘づいた人間の一人らしい。


「やっと誰に意見してるか、わかったようね」


 赤髪の男子生徒が顔を青褪めさせ、狼狽えると摩耶が焦ったように口を開けた。


「そ、そっちこそ、自分達の状況をまだわかっていないようね。卑怯な手を使って、あたしを陥れた悪党と悪役令嬢が」


 まずいな。

 このままのこちらのペースに乗せられると形成不利と悟ったのか、摩耶が早速本来の目的であるプロバガンダをしようとしている。

 茶髪の男子生徒もその言葉を聞くと冷静になったようで、不敵な笑みを浮かべ始めた。


「ちょっと、これはどういうことですか!?」


 まずいかと思うと教室に3人の女生徒が現れ、先頭の茶髪の女生徒が叫び声を上げた。

 よく見ると3人とも俺が通っているバイト先の家の子だ。

 茶髪の女の子が羽咲恵梨香、一歩後ろにいるのが稀崎恵那と聖精華。

 今の状況に憤っているのか、3人ともキツく摩耶を睨みつけている。

 おそらくだがこちらに対して反応がないのは、怒りで視野狭窄になって俺という人間の存在に気づいていないといったところか。


 今婚約者持ちであると本人たちから預かり聞いていたことと、今起こって突撃してきたことを考慮すると、おそらくあそこで摩耶の取り巻きになっている3人組がその婚約者なんだろう。

 そこまで行ってやと麻耶がしでかしたことに気づいた。

 摩耶は麻黒さんに続いて婚約者のいる生徒に手を出していたのだ。

 しかも同時に3人も。


「あんたたち、いきなり突っ込んできて何よ!」


 摩耶はそれを全く気にしていないようで、逆になんで自分が凸られているのか、わからないような顔をしている。

 盗人猛々しいとはまさにこのことを言うのだろう。

 摩耶のあんまりな態度に婚約者一同は怒りを通りこして憤怒の表情になっている。


「何よはこっちが言いたいです。どうして人の婚約者といるんですか!」「そうよ、泥棒猫!」「人として最低!」


「やだあ! 悪役令嬢たちがあたしをいじめてくれるぅ!」


 摩耶は勝手に3人を悪役令嬢認定すると、茶髪の男子生徒の後ろに隠れた。

 茶髪の男子生徒と他二人の男子生徒は庇護欲に駆られたのか、一歩踏み出して摩耶の壁になり始める。

 気づくと婚約者同士が対立する構図が出来上がっていた。


「お前ら、よって集って力のない女の子を虐めて何が楽しいだよ」「やれやれ、モラルの低さが見えるな」「やっていることが半グレと変わらないぞ、恥を知れ」


 3人は己に非があるというのに、口さがなく婚約者たちを罵倒していく。


「元はと言えばなんでこんなことになっているのかわかってるですか」「キィー、モラルが低いのはあんたよ!」「そっちは半グレより筋通してないけど」


 完全に口喧嘩の様相を呈し始めてきた。

 流石に知り合いな上、HRも近いので止めに入った方がいいだろう。


「そろそろ騒ぎを治めないと学校側からも介入があるはずだからひとまず解散しよう」


 男子生徒の3人組は理事長の存在に思い至ったのか、青ざめた顔でその場からダッシュで移動し、女子生徒の3人組は俺の存在に気づいて冷静になったのか、時計を見つつその場から急いで離れていく。

 最後に気づかなったことに申し訳なさそうにチラチラ見ていたが、俺は気にしてないのでやめてほしい。

 逆に傷が抉られている感がある。


「覚えておきなさいよ。『ひな祭り』であんたたちがペテン師だってことを認めさせてやるんだから」


 同じ教室なので一人だけ残った摩耶が、それだけ言うと席に戻っていた。

『ひな祭り』ーー4月終盤の行事なので、今から二週間後にまた突っ込んでくるらしい。

 目ぼしい機会としてはそこしか確かにないが、そのための戦力補充のためにこの短い期間に三股してさらに説得して共有化する執念が凄まじい。

 よほど腹に据えかねっていたことはわかるが、人間業じゃない。


「秋也の一声で事態が治ったわね。もうすでに上に立つものの風格があるのね、ダーリン」


 くさくさと摩耶の執念について危機感を抱いていると、麻黒さんからの評価がまた上がった。


 

 


 

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