第10話 幼なじみ対策会議

 ひな祭り。

 4月終わりに女の子の無病息災を願って、人形を飾る行事でもっぱら有名だが、うちの学校で行う『ひな祭り』は一癖あり、女生徒が各々人形を作って川の上流から流し、そのパートナーの男子生徒が拾うというものになっている。

 一般に言われているひな祭りとはかけ離れたものだが、学校側の説明によるとこちらが平安時代から行われているものであり、正当なものだそうだ。

 わざわざこの男女の絆が試されるようなイベントを学校の行事に持ってくるあたり、仲を深めてもらいたいお金持ちの政略の影を感じずにはいられない。


 摩耶が『ひな祭り』を指定してきたこともあり、放課後我々はその『ひな祭り』含めた今後の方針について、麻黒さんの家で話し会おうということになった。

 なぜ麻黒さんの家になったかと言うと、手頃な教室は周りの人間に会話を聞かれて摩耶たちにこれからどう動くか筒抜けになる可能性があるし、今まで俺と麻黒さんの溜まり場に使っていた俺の家は5人入るには狭い、そして他の面子の家は友達のお上がりNGだったからだ。

 麻黒さんの家の認証式の自動ドアを抜け、大広間じみたリビングにある階段を登っていき、一番奥にあるドアを開けると、そこが麻黒さんの部屋だった。

 視界に俺の部屋の四倍以上はあるのではと思われる広大な空間が現れ、数は少ないが質のいい木製の調度品がいい塩梅に配置されているのが確認できた。

 今まで感じることが皆無と言っていいような大人な雰囲気が部屋から感じ取れる。


 基本バイトではリビングで勉強を教えることが多いので、部屋に通されるのは新鮮に感じる。

 部屋の隅に寄せてある、スツールに座らせてもらおうと思うとこちらまで自走してくるので驚いた。


 各々走ってきたスツールに座ると麻黒さんが口火を切った。


「じゃあ、早速だけどあなたちの状況について尋ねてもいいかしら」


 そういえば確かに彼女たちのしっかりとした状況について俺たちは把握していない。


「私はいきなり会う頻度が少なくなったと思ったら婚約破棄になって、今朝になったらあの状態」「あたしも同じような感じね」「同じく」


 恵梨香、恵那、精華、全員同じような状態ということか。

 しかも前日に婚約破棄まですると言うことは、あの男子3人全員かなり摩耶に入れ込んでいるようだ。

 少なくともギリギリまで婚約破棄しなかった冬夜よりは摩耶に対する気持ちが大きそうだ。


「最終防波堤の家同士の婚約ももう木っ端微塵てわけね」


「婚約の件については関係ありません。私は婚約なんて関係なく、天政くんのことが好きなんです」


 普段家庭教師をしている時から、恵梨香から婚約者との惚気話を聞いていたが、浮気された今でもそれは変わらないようだ。

 おそらく他の二人も婚約者もゾッコンだったので、恵梨香の思いは今の3人の気持ちの総意と言っても過言ではないだろう。

 その証左に恵那と精華も恵梨香の言葉にしきりに頷いている。


「できるだけ早く天政君の目をさまさせたい。そのためにも秋也の協力が入ります」


「秋也の協力。てことは『ひな祭り』には秋也と一緒に出るってことでいいかしら」


「俺と?」


『ひな祭り』には参加するしか、今最短ではないとは言え、恵梨香の天政君への入れ込みようからして一度とはいえ俺とパートナーになることはないと思っていた。

 家庭教師をしているときもしきりに惚気話をしてたから、許嫁の天政君の関係を大切にする気持ちはひとしおだったのだ。

 俺をパートナーにして、天政君との関係性に罅が入るようなことはしないと思っていた。

 だがそれを恵梨香は肯定している。

 にわかに俺にはそれが信じられなかった。


「そうです」


「俺と組んだ後に天政君とギクシャクする可能性もあるけど」


「そのことは十二分にわかっています。このまま現状を一度受け入れるよりは、罅が入る方がまだいいと私自身が判断したんですから」


 俺が関係の綻びの件に指摘すると恵梨香は今の状態が継続されるよりは罅が入る方がマシだといい切った。

 口調的にも静かな声音からも自暴自棄になったというよりは、罅が入っても修復をする自信があるように聞こえる。

 天政君の婚約者であり、幼馴染である彼女はそこで過ごした時間の中で何度もすれ違いや仲違いを経験し、解決してきたがことが自信を与えているのだろう。

 家庭教師をしている最中に、ふっとした瞬間に婚約者との思い出話を聞いていたのでよく覚えている。


「それでいいて言うのなら、俺は協力するのはやぶさかではないけど……」


 俺個人としては強力することにやぶさかではないが、麻黒さんと恋人の練習台になっている都合上、彼女の許可がいるため麻黒さんに目配せする。

 今回のイベントはモロカップル向けのものだし、彼女が本命に向けて予行演習もしたい場合もあるし、他の連中は麻黒さんと俺が本当に付き合っていると思っているので、俺と恵梨香がパートナーになって、あらぬ風評が立って迷惑をかけることは確実だからだ。


「羽咲さん、あなたが秋也と組む理由を聞かせてもらってもいいかしら?」


「まず能力的に秋也しか可能でないこともそうですけど、秋也との繋がりは天政くんも知ってますから、家庭教師との繋がりにも負けるくらいに二人の関係が脆弱だということを思い知らせたいんです」


「確かに秋也じゃなければできないことね。私もいいわよ。二人は?」


 麻黒さんは俺を連れ出す理由に納得したようで、肯定の言葉を呟くと他の二人にも意思の確認をする。

 他の二人も婚約者と昵懇の仲なので、この機に戻したいかと思ったが、二人とも恵梨香と比べると落ち着いたもので、焦りや憤りのようなものは見えない。


「まだ戻ってくるかもしれないし、あたしは様子を見たいから」「私の場合は今回のことで解決できるようなことではないから」


 恵那は婚約者を未だに信じているから故と、精華は何か問題を解決するには少々面倒な障害を抱えている故のようだ。

 精華については俺に何かしらのヘルプを送らないと言うことは俺が解決できる範疇にないことと思った方がいいだろう。

 とりあえず、これで二人はひとまず『ひな祭り』に参加しないことが決定した。


「じゃあ、『ひな祭り』に参加するのは秋也と羽咲さんの二人ということで決定ね。とりあえず二人には明日もうちに来てもらえるかしら」


『ひな祭り』で摩耶たちと対抗する二人を選出すると、今日はお開きになった。





 

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