第7話 悶々とする幼なじみ


 翌朝、昨日買ったペアリングをつけて、玄関のドアを開けると麻黒さんが抱きついてきた。


「秋也!」


「あ、麻黒さん!?」


 む、胸が!

 抱きつかれた勢いで鳩尾にすごい圧が。

 突然のことすぎて理解が追いつかない。

 というよりもいくらなんでもこの家の玄関をまだ出る前の段階でここまでする必要はないはずだ。


「秋也、名前で呼んで」


 母親が「あらまあ!」と口をあんぐりさせている中、麻黒さんは胸の圧を強めて上目遣いで見つめて要求してくる。


「陽菜。今日は気合いが入りすぎじゃないかな」


「ペアリングをつけるくらいのカップルならこれくらい当然だし。昨日の先輩からもまだ私たちが認知があまり広がってないことがわかったからおそらくあからさまなくらいにしなきゃ」


 麻黒さんは怜悧な声で決然とそう答える。

 ON OFFの差が凄まじい。

 宝塚候補生みたいだ。

 だが確かに麻黒さんの言い分も最もだ。

 俺はあの朝の一件で大きく広がったと思ったが、惚れた腫れたの話に敏感な杜野崎先輩が知らなかったことを考慮するとおそらくあまり広がっていない可能性が高い。

 もしかしたら、あそこで見ていた生徒たちは冬夜の家のことを鑑みて、醜聞を広めることをやめたのかもしれない。

 というよりもあいつの家と繋がっている家も多いことから考えれば、その可能性が極めて高い。


「確かにそれくらいしないとこのまま風化する可能性が高いし、周りの噂がないと冬夜も取るに足らなかった子とと認識しないからな」


「風化して、そのまま婚約破棄を持ち越されるのがこっちとしては最悪ですからね。気づいた取り巻きがそれとなしに婚約破棄を止めるように進言してくれるといいのだけど、気に入られてうまい汁を啜りたいと思っている人間たちだから無理でしょうね」


 やはり障害は多いが、一番効果的なのは周りの風聞から入る事なのだから避けては通れない。

 麻黒さんもこの難所を乗り越えるなければならないと思っているだろうと思うと、彼女は思いもよらないことを口にした。


「それでもダメならどうしようかしら?」


 冬夜の婚約に関して鉄の意志を持っていた麻黒さんとは思えない発言だ。

 何かあったのだろうか?

 いや何かなくとも、冬夜の所業を思えば、麻黒さんが冬夜に対して嫌気がさしてもしょうがないだろう。

 麻黒さんの幸福を考えれば、この質問の答えは一つだ。

 

「そうだね。周りのからの風聞を落としてもダメだとすれば、もう好きに生きてもいいんじゃないかな」


 現在でも十二分に頑張ってるし、結局は冬夜の気持ちの問題なんだからどうしようもないことだからだ。


 普通に匙を投げてもいい問題をやれと言っている麻黒さんの周りがおかしいのだ。


 それに周りに対する接し方で冬夜の本性が見えてきて、俺にはどうしてもあいつと一緒になって、麻黒さんが幸せになれるビジョンが見えなかった。


「好きに生きるね。確かに魅力的ね。誰かの幸せが絡まない自由な恋愛もしたかったし」


「自由な恋愛か。俺のはちょっと苦い感じだけど。麻黒さんならきっと幸せな恋愛ができると思うな」


「ありがとう。でも今は義務を果たさなきゃいけないわ。成功しようと失敗しようと考えるのはその時ね」


 成功しても冬夜との関係を一考してくれるようでよかった。

 冬夜とともに歩んで麻黒さんの将来を破壊をされる未来を見るのも忍びない。

 それにしても麻黒さんが自由恋愛したいってことはある程度目星がついてるということなのだろう。

 一体、どんな人だろうか。

 麻黒さんはお祭りが好きだし、案外江戸っ子みたいな人かな。


「じゃあ、行きましょう。ダーリン」


 ーーー


「なんなのあれ。元々秋也は私のものだったのに。まるで自分の所有物みたいに、ブレスレットに、ダーリンなんて」


 放課後、認められた一部の学生だけが入れるサロンで摩耶は憤慨していた。

 あまりにも露骨なイチャつきプリを一日中、チラチラと見せられたからだ。

 元々キープするつもりだったのを、成り行きで捨てる形になってしまった摩耶としては、今の状況は秋也を陽菜に横取りされたようにむかっ腹が収まらない。

 昨日まではあの性格の悪い女の意趣返しのフリだけかと思ったが、今日見た時、秋也と接する陽菜がメスの顔をしていたところを目撃しまい、本当に付き合ってるんだと言うことがわかってしまった。


「それにしても、冬夜も冬夜よ」


 周りの生徒があまりの怒りの波動に、そそくさと退場するのにも構わず、口からはドロドロと愚痴が溢れ出していく。


「自分の機嫌が悪いからって、そっけなく無視して。あたしを軽んじるんじゃないわよ、あのクズ」


 あれからしばらくして、冬夜が機嫌の悪い時ーー特に秋也と陽菜が共にいるところを見かけた時に、決まって無理され、冬夜への不満も膨れ上がっている。


「どうしてあたしがこんなひどい目に遭わなきゃいけないのよ。ちゃんと幸せになるように色々と頑張ってたのに」


 今の状態には不満しか感じない。

 しかもこれから開催されるテストで、更なる不幸が彼女には確約されているので、フラストレーションもひとしおだ。


「摩耶。さっきぶり、あと数日であいつらに泡を吹かせることができるんだから最高だな」


 教室を出る時まで不機嫌の塊のような状態でどこかに消えていた冬夜だったが、やっと治ったようで戻ってきた。

 今まさにそのことで憂慮していたのに、あまりにも楽観的な物言いにイラつきが爆発しそうになるが、ぎりぎりのところで何とか踏みとどまる。

 ここで怒ってしまえば、補償されつつある成功者としての未来が閉ざされてしまう。

 今ある自制心の総動員して怒りが通り過ぎるまで踏ん張る。


「悪役令嬢がピキってるところ見るの楽しみ。二人とも頑張らなきゃいけない感じだから一緒に頑張ろうね」


「心配性だな、摩耶は。学園一位のお前がいる上、前の結果では俺が陽菜より上だったんだから心配する必要はないよ。あっても若干秋也が多少調子いいくらいで対して勝敗を左右するものじゃないし」


 秋也の点数のことについて、冬夜が言及したことに対して少し違和感を抱いたが、前その話題について言うことを嫌がったのであえてスルーし、それよりも今伝えるべきことについて伝えることにした。


「せっかくならワンツーで行きたいから、冬夜もいつも以上に頑張ってくれたら嬉しいな」


 摩耶にとって、今一番伝えられなきゃいけないのは望み薄な自分以上に冬夜に頑張ってほしいということだ。

 秋也なしで勉強しているがてんでわからないのだ。

 それを真正面から伝えるのは摩耶のプライドが許さなかったので、あくまで一緒に頑張ろうという形で彼に伝える。


「ワンツーね、確かにそれくらいの方が箔がついていいかもな。久しぶりに本気出してやろうかな」


 冬夜を本気にさせて、摩耶はひとまず安堵する。

 冬夜はスペックだけは折り紙付きなので、本気になれば学年一位も夢ではないのだ。

 彼女の頭の中で、冬夜が勝ち、摩耶が負け、一勝一敗でドローに持っていく現状で最善の出来の青地図が形づくられた。








 

 

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