第6話 勉強会
タクシーから降りて、家に到着すると早速勉強をしようということで、2階の自分の部屋に麻黒さんを案内した。
「オブジェじゃなくてこれ全部趣味でやっているの?」
麻黒さんは俺の部屋に入ると、室内に大量に配置された楽器やらスポーツ道具を見てそう質問した。
「趣味じゃなくて、教えてて頼まれた時に貰ったり使ったものをそのままにしてるだけだよ」
何十にも及ぶあれ全部を趣味で保持していたら、超人だ。
「それでもすごいわ。全部プロレベルでできるってことよね」
「トップではないけどね。一度コツを掴んだやつは忘れないから」
「全部バイトでやるもの?」
「バイトは高校に入ってからだから。この中のものはバイトではほとんど使ってないよ。バイトのは主に家庭教師みたいなのが多いし」
「バイトじゃないってことはそれだけのクオリティを出せるのに料金をとてこなかったてこと」
「そうだね。高校は学費のことがあったからやむに止まれずってところがあるから。それに言われるまで取れるものとも思ってなかったし」
「もったいないような気もするけど、改めて考えると幼い頃だから対価を求めない方が健全でいいかもしれないわね」
他愛ない会話をしつつ、折りたたみ式のちゃぶ台を組み立てて、座布団を取り出す。
「座布団、どうぞ」
「ありがとう。そういえば、今回あなたと勉強会をする上での対価を話しあってなかったわね」
「対価?」
「申し訳ないけど今回の勉強会、あなたに教えてもらいたいの。だからその対価よ」
おそらく麻黒さんの学力からして、勉強を教える必要などないから、噂の評判を確かめようとしているのだろう。
対価も正当な報酬をというのもあるが、なるべく噂にある俺の状況を再現したいという気もする。
「対価についてはどれくらい満足してもらえるかわからないから後で決めてくれればいいかな」
「じゃあ出来によっては私が出せる全てを出すことにするわね」
「一夜で日本一お金持ちな高校生になることも可能ってことだね。張り切りがいがあるよ」
報酬については受け取る気はないが、麻黒さんが発破をかけてくれたので無下にしないためにも減らず口を叩くことにした。
麻黒さんは俺の言葉を聞くとニコリと笑い、早速数学の教科書を取り出した。
早速スタートでいいという意思表示だろう。
「じゃあ、手始めに基礎のところ初めようか」
彼女の期待に応えて、早速指導を始める。
大見得をきっておいて、麻黒さんに申し訳ないが、俺のやり方は別に特別なところがある訳ではない。
範囲の問題の数式の意味や必要性を説明して反応を見て、反応が鈍い場所を順序立てて丁寧に説明する。
ただ淡々とそれをひたすら繰り返して、わかるようになってもらうだけだ。
一通り進めると麻黒さんが少し驚いた顔をこちらに向けてきて、少し構える。
何か指導している途中で勘に触ることをしただろうか。
「私がわからないところを見抜くのもそうだけど、なんでそんなに私にとってわかりやすい教え方をできるの。まるで未来の自分に教えてもらっているみたいよ」
未来の自分に教えられてるみたい。
そこまで褒めてもらえるとは思っても見なかった。
流石にお世辞も混じっているだろうが、普段摩耶も顧客も当たり前みたいな感じで特に感想はなかったので嬉しい。
少し張り切ろうかな。
ーーー
「あ、もう範囲終わったね。ごめん、お茶も出さずに長時間も」
気づくと1時間ちょっと経っていた。
乗っていたとはいえ、流石に無遠慮が過ぎた。
お茶を出しに向かう。
親は仕事でまだ帰ってないので、まず台所の明かりをつけるとこから始めなきゃいけないのが煩わしい。
無難に緑茶でも入れようかなと思ったが、切らしていたのでココアと抹茶オレのどちらかを選ばなければならない。
比較的無難な方なのはココアであるが、市販品の安物でいつも高級品を飲んでいるだろう麻黒さんの口に合うのか微妙だし、抹茶オレはマイナーすぎるような気がする。
どちらにするか。
消去法的に大丈夫な可能性が高いのはおそらく飲んだことのないだろう抹茶オレだが、麻黒さんがココア好きでココアなら多少不味くても大丈夫という可能性もなくはないが。
抹茶オレにしよう。
ココアはいくらんでも両極端すぎる。
その点、抹茶オレは知らない飲み物という物珍しさからぎりぎり許される可能性が大きい。
「抹茶オレにかけるしかない」
抹茶オレの元の封を切って、カップに入れる。
そのカップに熱湯を注ぎ、盆におく。
準備完了。
若干緊張しつつ、2階に行き、自室のドアを開ける。
「お待たせ」
見ると麻黒さんは部屋の隅にある箱を見つめていた。
「あ、それ気になる?」
「気になるけども、無理には見せなくてもいいわ」
「大したものじゃないし、大丈夫だよ。それに勉強も結構進んだから余裕があるしね」
麻黒さんに箱の中身を見せることについて約束すると、ちゃぶ台に盆を置いて、抹茶オレを差し出した。
「ありがとう。これはピスタチオ系統のジュース?」
ピスタチオのジュース。
抹茶オレは知らないという予想はあたったが、逆に俺の知らない類似品の名前が出てきた。
ピスタチオのジュースてこんな色をしているのか。
「これは抹茶オレだよ」
「抹茶オレ? 京都のお菓子みたいな味がしそうね」
麻黒さんは特に躊躇うことなく、上品な手つきでカップを傾けた。
「美味しいわ。抹茶もちょうどいい濃さで。私は好き」
「よかった。緑茶とかと比べるとマイナーだからちょっと心配だったんだよ」
「お茶くらい気にしなくてもいいのに、律儀ね。でもそういうところ悪くないわ」
麻黒さんのお茶も気に入ってもらえて一息付けたので、箱の中身について紹介することにする。
この中には俺の思い出の品……アルバムとか、人からもらったものが入っている。
「じゃあ、箱の中身について」
一つ一つ出して見せるほど面白いものではないので、持ち上げて彼女に向けて箱の中身を見せた。
「こんな感じでアルバムとか人からもらったものが入ってるんだ」
特段驚くものは入っていなかったと思うが、麻黒さんは目を見開いて驚いた顔をしていた。
しばらく開いてなかったから、もしかして例の黒い悪魔がいたか、ドキマギしていると麻黒さんが口を開いた。
「そこにあるプラスチックの腕輪を見せてもらっていいかしら」
「いいけど」
俺の杞憂とは裏腹に昔、女の子とはんぶんこにしたペアリングに麻黒さんは興味を示した。
祭り関連のものが好きだから、例の祭りでも見かけたのかもしれない。
結構どこでもありそうなものだし。
「これ、どこで手に入れたの?」
単純な興味だとは思うが、麻黒さんの食いつきがかなり強い。
あのお店でも腕輪については一家言あるような感じだし、腕輪という点からも興味があるのかもしれない。
「昔の夏祭りの時に射的で当てて。本当はペアリングだったんだけど。その時一緒に回ってた迷子の子に片っぽあげたんだ」
「その迷子の子って。どんな子だった」
「髪の毛をロールに巻いた人形みたいな子だったよ。あの時はあんまり格好のことは気にしてなかったけど今思うと浮世離れした子だったな」
「変なこと聞くけど、その腕輪の写真撮らせてもらってもいいかしら」
「いいけど……」
流石に写真を撮らせて欲しいと言われるとは思ってなかったので言い淀んでしまった。
しかも写真を撮らせて欲しいということから推測すると、麻黒さんがあの時の子で、腕輪が当時のものか確かめようとしてるとしか思えない。
だが麻黒家からの介入のなかった件もそうだが、当時の容姿もあの子のゴリゴリのお嬢様な感じと麻黒さんはあまりにもかけ離れているのだ。
どちらかというと麻黒さんは隠そうとしているけども高貴なオーラがダダ漏れになってる感じだ。
対局と言ってもいい。
考えてきたら冷静になってきた。
そんな都合のいい偶然はないだろう。
麻黒さんが物珍しくて写真に撮った方がまだそれらしい。
しばらく勉強をすると麻黒さんの迎えが来たということなので、解散ということになった。
「あなたは大丈夫でしょうけど。テストの日まで気を抜かないようにね」
「どうかな。俺は国語が毎回0点だからな」
「それについては今回は気にしなくていいわ」
「え」
100%記述式のテストで対策の余地が少ないものなんだが、それに気にしなくといいという麻黒さんに驚かされた。
そういえば国語の担当教諭が代わっていたな。
それがあるからということか。
「先生が違うからってこと」
「そう思ってくれて構わないわ」
麻黒さんは靴を履いて立ち上がると「また明日ね」と言って立ち上がった。
玄関まで出て見送る。
「今日は楽しかったわ。ありがとう」
「俺も楽しかったよ。ありがとう」
車に乗る直前、麻黒さんが振り返ってそう言ってくれたので、俺もそう返した。
麻黒さんがどう思っているか少し不安だったのもあって、感想を言葉にしてくれたことはたまらなく嬉しかった。
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