第5話 デート

「ごめんなさいね。真実味を担保するという点では、別にデートする必要性はないのだけど。どうしても冬夜にアピールするためにはこうする必要があるから」

 

 放課後、駐車場に行くまでの道すがら麻黒さんはそう謝罪を入れてきた。

 確かに驚きはしたが、別に迷惑ではないし、むしろ冬夜から闇討ちされる危険性があると聞いているので心理的には助かる。

 

「今のあいつからして、何処かからこっちを見てないと言うことはなさそうだしね。むしろこれまでで一番高いと言っても過言じゃないし」


 それに今このタイミングで麻黒さんがこう提案するのも理解出来た。

 ここを逃すとあいつが俺と麻黒さんに関心を持ったなくなる可能性も十分にあるのだから。

 できるだけ付き合うと言ったあの時の衝撃が残っている今が望ましい。


「もしかしたら、多少危険な目に遭うかもしれないけど」


 それについては麻黒さんに事前に聞かされているので覚悟は完了している。


「いいよ。婚約保全に関わろうと決めた時にそのことについてはよく覚悟していたことだから」


「ありがとう。言い出しっぺの癖にあなたに頼るのはどうかと思うけど、あなたのデートプラン教えてくれないかしら。私デートなんてしたことがなくてどうしたらいいか」


 不謹慎だが、麻黒さんは全てにおいてつつがない印象があったので、申し訳なさそうにしているのにギャップを感じて、可愛いらしいなと思ってしまった。

 俺が冬夜本人あれば、こんなに真面目で気立のいい子は放っておかないとおもうのだが、あいつは何を考えていたのだろうか。


「冬夜はそこまでわからずやだったのか。陽菜、俺がいつもマヤと行ってるデートプランだけどいいかな」


「むしろあの女にも揺さぶりをかけられる可能性が高いから、ちょうどいいわ」


 俺の提案に対して、意気揚々と麻黒さんは答える。

 あいかわずの抜かりのなさに、華奢な体に反して頼もしさを感じずにいられない。


「じゃあ、それで決定だね」




 ー


 麻黒さんの家の車に乗り、目的地を黒桐さんに告げると、5分もかからないうちに目的地に到着した。

 年季は入っているが清掃の行き届いているアーケードに歩を進めていく。


「デートプランって言っても、帰り際に寄れる大通りの店をぶらつくくらいだけどね」


「すごい……」


 物珍しそうに通りのお店を見る麻黒さんに、このデートのざっくりとした内容を伝えておく。

 興味津々な様子から見るに、この場所は麻黒さんには気に入ってもらえたみたいだ。


「この通りの名前は?」


 こちらがひと心地着くと普段より高い声で、麻黒さんがそう尋ねてきた。


「ここの通りの名前は大宮通り。夏にある祭りではここら一体が屋台で囲まれるんだよ。主催者が誰かはわからないけど、派手な花火が大量に打ち上げられるんだ」


「大宮通りて言うのね」


 麻黒さんは通りの様子が気に入ったのか、噛み締めるようにそう呟いた。

 もしかして何かこの通りが関係した何かいいことでもあったのだろうか。


「もしかして、ここ関連で何かいいことでもあった?」


「幼い時にここで昔行われた夏祭りに行ったことがあるの。その夏祭りで忘れられないくらい幸せなことがあって」


「すごい偶然だね」


「ええ、本当にすごい偶然。まだ何もしてないのに胸がいっぱいいっぱいになってきちゃった」


 麻黒さんがそう言う様子からは本当に嬉しそうな感情が伝わってきた。

 よほど良いことがあったようだ。

 関係者は当事者の彼女にこれだけ言ってもらえてるのだから、ひどく幸せ者だろう。

 当時幼かったとはいえ、麻黒さんにここまで言わしめる事柄がなにか想像もつかない。

 

「いい思い出だったんだね」


「そうね。初恋の人と会った場所だから」


 そう小さく呟くと麻黒さんは我に返ったようで、恥ずかしそうに頬を朱に染めた。


「ごめんなさい、私が提案したことなのに、いきなり脱線させちゃって」


「別にいいよ。むしろ陽菜のことを知れて嬉しいし」


「……」


「ごめん。陽菜失言しちゃった?」


「いや、秋夜がいい人すぎてちょっと思考回路がフリーズしちゃっただけよ」


 なんとなく冬夜の麻黒さんに対する扱いが察せられた。

 いつも泰然としている彼女でも、このまま冬夜に冷遇されていた時の話題を続けて気分を害さないわけでもないだろう。

 話を変えよう。


「冬夜基準で言えばそれはね。というよりも夏祭りの時とは外観が結構違うのによく気づけたね」


「そうね。所々に目立つように何かしら紋様が飾られているじゃない。他の人にはどうかはわからないだけど、どうにも私には特徴的な印象を感じずにいられなくて」


「ああ、この家紋ね。噂によるとここの祭りに出資してる金持ちのヤクザの代紋とかなんとか言われているよ」


「このあたりで有力な暴力団といえば花園組だけど、その系統かしら」


「陽菜、なんで極道のことを詳しいの? 俺の中で、世の頂点にいるお金持ちが世のアンダーグランドに潜む極道について見知る機会なんてないと思ってたんだけど」


「それはお金持ちの仲間に極道も含まれるからね。花園組の当主なんてトップ層のお金持ちで私の家ーー麻黒家、金山家、花園家と並んで御三家と言われているわ」


「そうだったのか。冬夜と麻耶に裏切られた次くらい予想外だったよ」


 庭園で優雅にお茶を飲むお金持ちと銃弾飛び交う鉄火場で血を啜る極道が同じ世界に住むもの同士なんて、全くもってイメージと真逆だ。


「創作に感化されすぎよ秋也。花園組の人たちも表ではちゃんとした企業として通ってるし、堅物で名高い私の父と花園組の当主は幼馴染で親友だから、そんな血腥いことをやるような人たちではないはずよ」


「陽菜のお父さんか、確かに陽菜を大人にしたような人だと思うと、そんな人とはいつまでも関係もつはずないか。それにしても暴力団の現当主と一大企業を取り仕切るお金持ちって、すごい組み合わせだね」


「他の人にはよく二人が組んだら日本を牛耳れそうだねとか冗談を言われるわ」


 エッジの効いた冗談だ。

 冗談をいう側は本気で尋ねているかもしれない。

 おそらくだけど、こういう際どい人間と親が付き合いがある背景からも麻黒さんが悪役令嬢と言われてる謂れがあるのだろう。

 

「あ、ちょうど今最初のデートスポットが見えてきたらから紹介するね。あそこは『焼提灯』。結構前に芸能人が来たこともあるここら辺では有名な小判焼き屋さん」


「小判焼きね。聞いたことのない名前の食べ物ね。どんな感じのものなの?」


「円盤状の形をした餡の入った和菓子だね。強いていうなら厚いホットケーキの中に餡子つめたみたいな感じかな」


「素朴なお菓子だけど、美味しそうね」


 麻黒さんを連れて、『焼提灯』のなかに入ると定番の餡子入りの小判焼きを二つ頼んだ。

 いつもこの時間にくるから準備をしてたみたいで、瞬きをする間に焼きたてのものが二つ出てきた。


「このお菓子だったのね」


 麻黒さんは感慨深そうに小判焼きを見つめるとつぶやいた。

 どうやら以前にも食べたことがあるようだ。


「以前にも食べたことがある?」


「さっき言った夏祭りの時に」


「確かにそういえば、昔、夏祭りの時に雑貨と一緒に売ってたね。俺も昔迷子の子と一緒に食べたことがあるよ」


「奇遇ね。私も迷子になった時にもらったの」


「意外なことがあるもんだね」


「本当にね……」


 麻黒さんが俺のことを勘繰るように見つめてくる。

 おそらく俺がその渡した相手と疑っているようだ。

 常識的にその迷子の子が日本一お金持ちの麻黒さんとは、到底思えない。

 もし迷子とはいえ令嬢を連れ回したとなれば、流石に麻黒家から何か苦情なりがあるはずだろう。

 だが当時そんなものが俺の家に来た覚えはない。

 これ以上見つめられても気まずいのし、麻黒さんの口に小判焼きに合うのかも気になるので、小判焼きに注意をそらせてもらうことにする。


「焼きたて、冷めちゃうし、小判焼き食べよっか」


「ああ! そうね。じゃあ頂くわね」


 見つめていたことに気づいたようで先ほどのように赤面すると、麻黒さんは小判焼きを一口齧った。

 このお店のものが口に合うのか、わからないが、どうだろうか。

 少し緊張と期待が無いまぜになった眼差しで見つめると涙をポロポロと麻黒さんが流し始めた。


「そ、そんな泣くほど?」


 想像よりも遥かに上の反応に、流石に慌てる。


「そうじゃないけど。当時の記憶が刺激されて、ちょっと感動しちゃって」


 俺がそれほどまでに昔のことに思い入れがあるのかと思っていると、見知った声が耳に響いた。


「ああ、大丈夫ですか? もしかして舌火傷したとか? ごめんなさい、ちょっと駄洒落に、ふふ」


「杜野崎先輩、そういうわけじゃないから大丈夫です」


 声の主、慌てて出てきたこの店のマネージャーをしている三年生の先輩ー杜野崎杏子さんに断りを入れる。

 相変わらず大手飲食チェーン店のお嬢様であるとは思えないほど完璧な接客をする人だ。

 会社を継ぐ前の現場研修みたいなものだと聞いているが、いつもカウンターに立つ時のハマり具合に驚かされる。


「秋也君!? びっくりした今日女の子が違うから上手く認識できてなかったよ」


 杜野崎先輩は俺の顔を見るといきなり際どい言葉を放った。

 これが普通のカップルなら破局レベルの発言だ。


「摩耶とはもう別れたからね」


「ごめん、悪いこと言っちゃった」


「もう彼女がいるんだから悪いことじゃないわよ」


 地雷を踏んだ杜野崎先輩に対して、麻黒さんがすかさずフォローに入る。

 おそらく冬夜まで話が広がることを期待して彼女としてアピールしておきたいという気持ちもあったと思うがナイスだ。


「あなた、悪役令嬢の麻黒さん。すごい不思議な組み合わせね」


 この人、悪気はないけどあんまり考えて喋らないからな。

 癪に触るようなことを先輩に言われたと思うが、麻黒さんはあまり気にしてないようでよかった。


「そう言うあなたと秋也も意外な組み合わせだと思うけど。あなた基本商売相手としか付き合いがないそうじゃない」


「よく知ってるね。そこにいるあなたのダーリンが商売相手なのよ」


「秋也が」


 安堵したのも束の間に、俺が伏せてきたことを杜野崎先輩が麻黒さんに開示した。

 麻黒さんも驚いた顔でこちらを見て、追求から逃れられなそうだし、第一俺が彼女に黙っていたのは顧客の情報の守秘義務があったからでその顧客本人から話すように水を向けられた都合上、別にこれ以上隠し立てする必要はない。


「ああ、そうだね。俺、ここの店員さんに色々教えたりしてるんだよ」


「教える? 秋也、ここで働いたことがあるの?」


「あるよ。1日だけどね」


「1日だけなのに、教えるってどう言うこと」


 俺が事実を一つずつ開示していくと、肝が据わっていそうな麻黒さんも流石に怪訝そうな表情になった。

 自分でもズレていることは経験からわかっているので、説明するために言葉を紡ごうとすると、杜野崎先輩が先に口を開いた。


「秋也君、めちゃくちゃ覚える要領いい上に、教えるのが異常にうまいのよ」


 おそらく第三者の証言を入れることで、俺の言葉がハッタリでないと証明しようとしてくれているのだろう。


「秋也、すごいのね」


 麻黒さんも杜野崎先輩からの言葉を聞いて、ひとまずのところ信じてくれたようで、素直な賞賛の言葉を送ってくれた。

 商売ということもあり、あまり褒められることは少なかったので、麻黒さんの言葉は普通に嬉しかった。

 おそらく麻黒さんが俺が能力を認めている人間だというのもあるだろう。


「褒められて嬉しいけど。器用貧乏なだけだよ。何かを一生懸命やって最先鋒で何かをやるっていうわけでもないし」


 実際に俺は教えている人からよく器用貧乏の代名詞と言っても過言ではないゲームの『チュートリアルキャラ』みたいだと言われることが多い。

 一定の水準以上になんでも高速で主人公に教えれるけども決して主人公に以上に上手くはできない存在である『チュートリアルキャラ』。

 それを聞いた時、確かに俺の特徴を取らえているなと思った。

 なんでもはできるけど、最終的にはその分野の最高と言われる人には一度も及んだことがなかった。


「でも聞く感じによると、教える点においては最先鋒でも通用するのではないかしら。あまり物差しで測られることはないから目立つものではないけど、とても優れた能力だと思うわ。少なくとももう目の前の先輩からはかなり頼られているしね」


 麻黒さんの言葉に気付かされた。

 俺はすぐに教えることができる一方で、それを教えた相手に易々と抜かされることがままあったことで、そこから生まれる劣等感で自分の能力の大事な部分が見えてなかった。

 俺の能力で一番大事なのは習得した能力の技量ではなく、教えることだった。

 同年代で俺のように教える人間がいない現状、このことを実感することはできなかったが、麻黒さんの言葉のおかげでやっと実感できた。

 俺は教えることに限っては、最先鋒に立てる。


「最先鋒で通じると言ってくれたのは麻黒さんが初めてだよ。ありがとう」


「これだけの能力があっても周囲にそれを肯定する人がいなかったの?」


 俺が素直に嬉しい気持ちを伝えると、麻黒さんは俺の言葉に衝撃を受けていた。


「みんな、秋也の能力は最高で当たり前と思っていたから。伝えるまでもないと思ってたのよ。実際、秋夜は天才家庭教師として触れ込みで紹介されていたから」


「秋夜、家庭教師のバイトをしていたの?」


「うん、学費を稼ぐためにね」


「もしかして、杜野崎さんとのつながりもそこからできたの」


 確かに俺と杜野崎先輩の繋がりは、家庭教師として杜野崎先輩のところに呼ばれてからだ。

 麻黒さんの推測をすぐに肯定したいが、俺だけでなく顧客の情報であり、簡単には判断がつかないので一旦杜野崎さんを伺う。

 杜野崎さんは特に止めもしない様子なので、この話題については大丈夫なようだ。


「そうだね。杜野崎先輩とは家庭教師をする関係からで。その延長でさっきのバイトの件もあったて感じだね」


「なるほど、じゃあその関係で言えば学校ではそれなりに顔がきくのね。秋也」


「あら、秋也くんたち奇遇ね」


 麻黒さんが思案顔になると、常連のタマコさんがやってきた。


「タマコさん、お久しぶりです」


「あの人もバイト関係での知り合い?」


 タマコさんを見ると麻黒さんがそう尋ねてきた。

 タマコさんは実際のところ俺たちと同い年の子供がいる女性だが、見た目女子高生くらいにしか見えないのでそう尋ねてきたのだろう。


「いや、違うね。あの人はよくここにくる常連さんだよ」


「秋也くんの新しいお友達かしら」


 声を上げたことで俺の隣にいる麻黒さんに関心が向いたようで、タマコさんが興味津々な円な瞳で向けて訊ねてくる。

 おおよその年齢を伺っている今でも年齢がわからなくてなってくる。


「いえ、彼女です」


「あら、秋也君も隅に置けないわね。まあ確かにあの子と秋也君とじゃあ釣り合いが取れていない感じはあったからよかったかもしないけど」


 温厚なタマコさんのことだから、嗜められるかと思ったが、それとは逆に肯定されるとは思ってもみなかった。

 見た目は若いのに、こういう言葉を言うときに説得力があるのが不思議だ。

 ものをはっきり言ってるせいだろうか。


「それは私も同意見です」


 俺が流石に元カノをディスる言葉に肯定するのは悪い気がして答えに窮していると、麻黒さんがほぼノータイムでそう答えた。


「いい彼女を見つけたわね。彼女はしっかりとあなたのことを考えてくれているのもの」


 麻黒さんの思いを聞くと、タマコさんはにっこりと微笑んでそう言った。

 確かに麻黒さんは俺のことを真摯に考えてくれている。

 本当の彼女ではないのに、ここまでしてくれるのだ。

 冬夜がなんで彼女を無碍にしたのか、俺には本当にわからないくらいだ。


「ふふふ、おばさんが口うるさくしすぎたみたいね」


 俺の表情を見ると、タマコさんは一歩引いてカウンターに近づいてくと、ちょうど奥から杜野崎先輩が出てきて「いつものどうぞ」と言って小判焼きの小包を彼女に渡した。

 いつも杜野崎先輩は自分で作って焼いたものをタマコさんに渡すので、例に漏れず今日もそのパターンだろう。

 俺が来る前からこんな感じで、杜野崎先輩はタマコさんに甲斐甲斐しくしているので、どうやら常連というだけあってタマコさんがかなり売上に貢献しているのだと思われる。


「ありがとうね。絵留ちゃん。若い子たちの邪魔になっちゃいそうだし、私はこれで帰るわね」


 いつもはここである程度杜野崎先輩と雑談していくのだが、俺たちに遠慮してタマコさんは店から立ち去っていった。


「あの人どこかで見た気がするわね。どこだったかしら……。後で確認してしたほうが良さそうね」


「麻黒さんの関係者の疑いか……。気の置けない人だと思ってたからあんまり権力者系列の関係者だとは思いたくないんだけど」


 今まで友達のお母さん並みの感覚で接してきたのに、それが権力者などとなったらあまりにもギャップが大きすぎる。

 モモンガと思って接していたものが、グレムリンだったみたいなものだ。

 今まで知らないうちに自らの命をタマコさんと接するたびにbetしていたと思うと背筋が震え上がる。


「気おくれするのはわかるけど、今は対立している都合上、縁者であったら対立する可能性も十分あるから」


「そうだね」


 麻黒さんが俺の顔色を見たせいか、そう覚悟をしておくように念押しをしてくる。

 確かに大企業である冬夜の家の関係者は会社の構成員だけでもかなりいるし、麻耶も交友関係はかなり広いことから考えればこの街のどこの誰が冬夜たちと深く関わっていても不思議ではない。

 麻黒さんのいう通り、覚悟は決めておいた方がいいだろう。


「何、ヒソヒソ話して……もしかしてエッチな話」


「いやそう言うわけじゃないですよ。先輩、そういう際どい話題をさらっと出してこないでください」


 手持ち無沙汰になった先輩がちょっかいをかけてきたので、その話題についてすかさず否定を入れておく。

 女の子の前でされると一番と困ることを言ってくる当たり、先ほどのタマコさんとの雑談が不発に終わったことで、消化不良になっているようだ。

 麻黒さんは別段気分を害したような感じではなく、先ほどと同じように真剣みを帯びた顔をしているのでまだよかったが、これで露骨に出されたら大変なことになっていた。

 デートの振りとか云々の話でもなく、潔癖の人ならば関係断絶もあり得たのだから。


「あ、ごめんごめん。付き合いたての人たちに振る話じゃなかったね。私は下がるのでごゆるりとどうぞ」


 流石にまずいことを言ったかもしれないと感じたようで、そそくさとカウンターの奥に戻っていく。


「秋也、別に気にすることはないわ。私は浮気現場でもっと生々しいものも目撃しているし、猥談で気分を害するほど潔癖じゃないもの」


 麻黒さんは俺に対してそう言ってくれたが、そう言われると逆に気を遣わなければならないような気になってくる。

 機会も少ないと思うが、言いそうな子にはあらかじめ彼女といるときは話題を振らないように言っておこう。



 ーーー


 当たり障りのない話をして、茶を濁すと俺と麻黒さんは次の場所に移った。


「マヤは服が好きだったからよくこのお店に入ってたんだ」


「このお店って確か有名ブランドのお店よね。かなり値が張るような気がするのだけど」


「大丈夫。いつもバイト代でここの新作一式を買うくらいのお金を仕入れてるから」


「い、一式ね。ほ、本当にいいのかしら」


 いつも買っているブランド品の量に麻黒さんが引いている。

 どうやら摩耶が買っていたブランド品の量は、お嬢様である麻黒さんを持ってしても多かったようだ。

 あいつがこれが普通普通と言っていたのでひとまず信じていたが、やはりこの量は異常だったようだ。

 一度言ったことを引っ込めるのもなんだか悪いし、このままで行くか。


「遠慮しないでいいよ。俺女の子が喜んでいる顔を見るのが一番幸せだから」


「普通の人が言ったら軟派な感じがするけど。あなたが言うと幸薄そうで、すごく切ない気分になるわね。そう言うのなら、遠慮なくそうさせてもらうのだけど。流石に新作を全部というのはいいわ」


 良かれ、良かれと思って進めてしまったが無理強いをしてしまったようだ。

 というよりもまず持ってして、このブランドの服が麻黒さんのセンスに合っているのか、まだわかってなかった。

 確か麻黒さんは服飾関係の会社のお嬢様なので、結構こだわりが強いかもしれない。


「そうだね。普通にこのお店の趣味がまず陽菜にあうかどうかわからないし」


「大手のお店だし。無難なものと言ったらこれといった感じのところだからあまり気にしなくてもいいわ。でもやっぱり新作がいっぱいあるというのも嵩張るし、私は必要のないものはあまり手元に置かない主義だから」


「確かに使わないブランド品をコレクションするってタイプじゃなさそうだもんね、陽菜」


 どちらかいうとミニマリストといった感じの方がしっくりくる。

 むしろブランド品に溢れかえった家にあげたら、断捨離し始めそうな気がする。


「そう、使わないものは私はそばには置かないから。ここではいつも付けれるものを買うことにするわ」


「常用するものね。バッグとかかな」


「バッグは確かに使えるけど。学校に持っていけるものじゃないと意味がないから。どちらかというと小物ね」


 そう言いながら、ヒントが本当であることをしますように麻黒さんはお店の中に歩を進め始めた。

 小物コーナーに来るとクルリと踵を返して振り返って、こちらに訪ねるように見つめてきた。


「小物はいっぱいあるからなかなか想像しにくいな」

 

「じゃあヒントをあげようかしら。ヒントはペアものよ」


「もしかしてブレスレットとかかな」


 周りの細々としたものを見ながら直感でそう答えると、麻黒さんはにこりと笑った。

 想像の斜め上の反応をされたので思わずドキりとする。

 クイズの正誤よりも麻黒さんの仕草でのドキドキの方が大きくなりそうだ。


「正解。よく当てられたわね」


「ペアで使える小物となるとブレスレットていう感じがして」


「奇遇ね。私もブレスレットはペアじゃないといけないタチなの」


 ペアじゃないといけないか。

 麻黒さんにとってブレスレットはペアであることに何かしら思い入れがあるようだ。

 家族とか大切な人とお揃いのブレスレットでも持っているのかもしれない。

 そういえば俺も昔、夏祭りで射的で取ったおもちゃのペアブレスレットを片っぽ、迷子の女の子に上げたな。


「あったわね。どれにしようかしら」


 気づくと麻黒さんは商品ケースに目を向けており、ちょうどブレスレットコーナーを発見したようだ。


「ブレスレットって言っても色々あるね。いつも脳死で店員さんに新作で指定して買うだけだったから、こうしてゆっくり見るのは新鮮だな」


「制服に合わせるなとなるとあまり派手なのはダメだし、できるだけシンプルなのがいいわね」


 麻黒さんは制服の裾を商品ケースの上から陳列されたブレスレットに翳して商品と制服の相性を見定める。

 基本的に摩耶は組み合わせとか見ずに、即買いだったので新鮮だ。


「よく見たら新作の方にあるね。ほら、あの派手なのに隠れているヤツ」


 ロゴマークを象ったプラチナ製のブレスレットの後ろに、特に装飾もないシンプルなペアブレスレットがあってそれを指で指し示す。


「引き立て役にされてるみたいね。でも確かにこれなら制服につけても浮かないし、ちょうど金銀の2色あるしちょいどいいわね」


 麻黒さんもおおむね気に入ってくれたようだ。

 服飾関係の企業の令嬢ということで庶民の俺のセンスとはかけ離れているだろうなと思ってただけにかなりホッとした。


「じゃあ、これで決定だね」


 麻黒さんがこくりと頷くのを確認すると、店員さんを呼んでペアのブレスレットの購入代金を支払った。

 いつもにこやかな店員さんだったが、今回は「いい人と出会えたんですね」と涙組んでいた、

 どうやら学生である俺が麻耶に言われてブランド品を大量購入していくことを心配していたようだ。

 まさかここでも摩耶と別れたことを祝福されるとは思ってもいなかった。


「ブレスレットを買ってもらったし、家まで持っとうかしら」


「ああ、大丈夫。ここに入った後は何か手持ち無沙汰な感じがして、何も持ってないとそわそわしちゃうから」


 お店から出ると麻黒さんが荷物持ちを買って出てくれたが、多分手持ち無沙汰になった瞬間に落ち着かなさそうになるだろうからそう答えると麻黒さんは引き下がってくれた。

 麻耶からそういうことを言われたことはなかったので知らなかったが、こうやって俺のしたことに対して純粋な善意を返してくれることは嬉しい。


 ーーー


 ブティックから出ると直進して、道路の向かいにある噴水公園に向かった。

 噴水の近くにあるベンチに座って、一息ついてからこの場所を説明をすることにする。


「いつものデートはここで最後かな。この噴水公園で荷物を運んでもらうためのタクシーを待つって感じだね」


「確かにあの量なら両手で運ぶのは一苦労ですものね」


「月によっては両腕が袋でパンパンになることもあるからね。女の子を結構な間歩かせちゃうのもあるし。それにこの待っている間にする他愛のないことが好きだから」


 俺個人としては1番好きな時間だ。

 諸所のデートスポットよりもここで他愛ない話をしていることが一番デートをしているという感じがする。


「秋也にとって1番デートで楽しみにしてるところかしら」


「だね。1番これが楽しい。喜んでいる顔を見るのも好きだけど、その人の心が1番近くに感じられる気がするからね」


 大概は摩耶もここにいる時は大量のブランド品を手に入れた後で、機嫌良くいつもよりも喋ってくれるのも親近感を強く感じているのに一役買っている気もする。


「冬夜とは真逆ね。冬夜はあまり人の話を聞くのが好きな人じゃないから」


「そうだね。冬夜はどちらかと言うと自分の武勇伝とかが好きだ」


「今は多分前の件のことが尾を引いて、むっつりしてそうね。嫌なことがあるとなにも話さなくなる人だから」


 冬夜と嫌なことがあるとなにも話さなくなると言うのは意外だった。

 あいつはいつも余裕があるような感じで、機嫌はいつも変わりない気がしたからだ。


「あいつが不機嫌な時はあんまり見かけたことがなかったから。知らなかったな。そう言う時は俺から距離をとっていたのかな」


「多分だけれどあの女と近づく必要がある時以外は距離をとっていたと思う。今日見たかぎり、あなたは規格外に能力が高いし、怖かったんだと思うわ」


 思えば確かに摩耶といる時以外あいつと接した覚えはなかったので避けられていたことは間違いないが、恐れていたと言うのは俄に信じられなかった。

 あいつは生まれながらにして全てを持っているような人間なのだ。


「俺が? 言っても俺はあいつが持ち得ているものを何一つ持ってないよ」


「持っていないからよ。持っていないはずのあなたが、持っている自分と自分と同じことを可能としているのだから。おそらく自分より上の人間かも知れないという疑念が消えなかったのね」


 上かも知れないから恐れる。

 なんとなくその危惧についてはわかったが、実情としてそんなことは起こらないと知っている俺にはひどく理不尽なことのように感じられた。


「そうは言っても学費を稼がないといけないし、ブランド品分のお金を稼ぐだけでも割とカツカツなのにこれ以上は出来ないし、あいつの家みたいな後ろ盾もないからそんなことになることはないけどな」


「それでも可能性として消えないからね」


「あいつもあいつなりに色々と苦しんでたのかな」


「たとえそうだったとしても冬夜はあなたに対してやってはいけない裏切りをしているし、あの女との思い出を汚したわ。許していいことではないわ」


 あいつの事情からして少し共感しそうになったが、麻黒さんに言われて我に帰った。

 恐れているからと言っても、したことが許せるものではない。

 それに俺は安全、麻黒さんは婚約を脅かされているのだから、これが終わるまで許すと言う選択肢は取れない。


「そうだね。あいつらを見逃すことはできないし、見逃した後に俺に待ち受けているものは破滅だけだしね」


「破滅する件については問題ないわよ。あなたおそらくバイト先の方々から気に入られてるのか、ガッチリ守りを固められているもの」


 まさかの援軍だ。

 バイト先の顧客がそこまでしてくれるとは思いもしてなかった。

 そんなそぶりもなく基本機械的なやりとりしかしてないし、冬夜と揉めているとも言った覚えがないのだから。


「そんなことまで。全然把握してなかった。というよりもそれを知ってるてことは本当に冬夜が俺を襲うように何者かに仕向けたってこと」


「ええ、おそらく冬夜の方からで間違いないと思うわ。他のところの人が襲撃者を回収していたから詳細はわからないとのことだけど」


「とんでもないことが起きてたんだね。事前に聞いていたとはいえ、こんな早くに冬夜が動くとは思わなかったよ」


「それだけ冬夜もあなたを認めざるを得なかったということよ。それとなく秋也の方でもあなたに守りを入れてる顧客について探りを入れてくれないかしら」


「わかったよ。誰かはわからないのがネックだけど、味方についてもらえるって確約してもらえたら安心感が大違いだしね」


 それにお礼をしないでそのままというのもなんだか薄情な気がするので個人的にお礼も言いたいし、どうやって俺が揉めているのを察知したのかを知りたい。


「タクシー来たね」


 顧客のことに頭を巡らせるとタクシーがやってきた。

 デートはこれで終わりだ。

 俺は麻黒さんの色々な側面が知れて楽しかったが、麻黒さんはどうだったのだろうか。


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