第3話 初めての共闘
あんなことがあった割にはそこまで寝起きの気分は悪くなかった。
多少なりともあれだけで終わりでなく、麻黒さんに協力するという形で前向きな形で一日を終えられたことが影響しているのかもしない。
だがそれでもやはり学校に行こうと思い立つと多少なりとも抵抗感が出てきた。
「昨日の今日。なんだかかんだであいつらも多分辛いだろうし、俺も気まずいしな。同じクラスだから絶対に遭遇するのは避けられない」
昨日あれだけ和気藹々と接してきた人間たちにあんな裏切りがあって一体どうやって触れ合えばいいのかわからないし、あちら側も気まずいような状況になることが目に見えている。
できれば避けたい状況だ。
「昨日、陽菜さんと協力するていう約束したばっかだし、バイトを今更切って、重鎮たちの恨みを買うことも元々できないしな」
麻黒さんとの約束の他にも、バイトは依頼している人は結構な実力者ばかりのため、途中で放り出すような事態になるのは誠にまずい。
遺恨を持てばその後の俺の将来に何らかの影響を、指先ひとつ動かせばできるような人たちばかりなのだから。
一緒にお金持ちの学校に行くという摩耶との約束を果たすために、学費を稼ぐ手段として、その親御のお金持ちの有力者たちを相手にするしか方法がなかったとはいえ、改めて自分が厄介な立ち位置にいることを自覚させられる。
取れないし、取る気もない選択肢のことを考えてもしょうがないし、そろそろ学校に向かうとしよう。
「おはよう。秋也」
玄関の扉を開けると高級車を背景にして麻黒さんが立っていた。
いきなりの登場に流石に驚きを禁じ得ない。
なぜと思いかけたが、昨日のことを思い出し、恋人工作の一つだろうことを思い至った。
「陽菜、おはよう」
「ありがとう。ちゃんと約束覚えてくれたのね」
工作の約束を思い出し、しっかりと下の名前で呼ぶと麻黒さんは感謝の言葉を返した。
おおよそ想像どおりといたところだろうか。
「そりゃそうだよ。今の玄関の状況を見てたら忘れてても思い出すよ」
「大事な約束でも半日経たずに忘れて、以後思い出すこともない人がいるもの。私にとってはなかなか珍しいから。ちょっと大袈裟すぎたみたいね。気をつけるわ」
その言葉を聴いて、麻黒さんとの約束を冬夜が頻繁に破っていただろうことが何となく察せられた。
麻黒さんの苦労がそこはかとなくわかってしまう。
「別に気にしてはないよ。俺もすぐに自分のことに照らし合わせてごめん。違うのが当たり前なのに」
「お互い様ね」
事前に言われてたことに対して、少し配慮が足りなかったと思い、フォローと謝罪を入れると麻黒さんがそう会話を締めくくる。
若干まだ車で登校するには早くないかと思いつつも、そのまま黒桐さんに促されるまま高級車に乗らせてもらう。
俺の足で行って、ちょうどいいこの早い時間の車通学ということはなんとなくではあるがこの後に控えてることがすぐさせられた。
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「少し早く到着してしまいますが、お二人ともよろしかったでしょうか」
「大丈夫よ。それも込み込みでこの時間なのだから」
黒桐さんが確認を入れると、麻黒さんは計画の上であることを答えた。
俺の行動を把握した上で、その跡の段取りを組むとは麻黒さんはかなり高度なスケジュール能力を持っているようだ。
「早速何かをするっていうことだよね」
「ええ、あの二人ともと今の立場をはっきりさせる必要があるから」
早速、昨日裏切りが露見した二人に今の関係について釘を刺しに行くようだ。
俺と麻黒さんの姿を見せることはあちら側に自分達のやっていることを客観視させることになるので、できるだけ早めにした方がいいし、裏切ってから初っ端なということで心の中でのインパクトも大きなものになることは確かなことだ。
麻黒さんがしっかりしているおかげか、気が引けていたのも緩和されてるし、おおよそ今が一番いいタイミングだろう。
「確かにそれも必要なことだね」
「それにあの人たちは私たちを発見したらそのまま勢いで近づいて来ることは火を見るよりも明らかですし」
「間違いない」
摩耶は自分に非があるときは相手を先んじて責める気があるし、麻黒さんの冬夜の本性を聴いた限り、同じような節があるようだ。
二人とも人の行動を宥めるタイプの人間ではないし、確定と言っても過言ではないだろう。
「ありがとうございます。黒桐さん」
「黒桐、ありがとう。帰りもまたお願いするわ」
「この老骨にもったいないお言葉。お二人とも、いってらしゃいませ。また時間通りにお迎えに上がらせていただきます」
まもなく校門前に到着したので、黒桐さんに礼を行ってから車から降りた。
目の前には近代建築の髄を集めたような校舎が佇んでいる。
学校というより都会のオフィスビルに近い外観を持ったそれには、一年近く通っている今でも違和感を抱かずにいられない。
今日という日はあの二人と対立するという初めての体験をすることも違和感に一役買っているように思えなくもないかも知れないが。
麻黒さんはこちらとは異なり冬夜と摩耶と幾度かこれまでも衝突してきた経緯も影響してるのか、特段変わった様子はない。
「あの二人の登校時間はそろそろなのだけれど」
「登校時間までよくわかったね」
「昨日まで証拠集めをしていたから。知りたくなくても覚えてしまったわ」
麻黒さんがそう語る様子からは歴戦の風格が漂っている。
大失敗したとしても彼女ならばリカバーを入れられそうなきがしてきた。
「来るわね」
久方ぶりに他者に対して期待の感情が湧くと、ちょうど摩耶と冬夜が向かいの駐車場側から歩いてくるのが見えた。
「秋也、お前死んだんじゃ」
「というよりもどうしてその鬼畜女と一緒にいるのよ」
するとあちら側もこちらに気づいて声を上げた。
冬夜も摩耶も驚いた顔してこちらを見ている。
問われたことをわざわざ説明するのも馬鹿馬鹿しい上に、ここでは端的に事実だけ告げることにする。
「見ての通り、生きてるよ。それと俺と麻黒さんは付き合うことにしたよ」
そう切り出すと冬夜と摩耶は苦々しい顔になった。
大方、今ので俺と麻黒さんが組むということは伝わったのだろう。
「お、お前まさかその女と手を組むって言うのか」
「あたしたち付き合ってるのに、流石にひどくない秋也」
「あなた人の婚約者に手を出して置きながら、図々しいわね」
俺に復讐されることに焦ったのか、冬夜は冷や汗をかき始め、摩耶はなんとか責任転嫁しようとしている。
どうやら今の言葉は効果抜群のようだ。
昨日の件で『身代わりになって轢かれた親友を、不倫発覚を恐れて碌に救護もせずにその場から立ち去った』ていうスキャンダルを俺は持っている上に、それを大々的にアピールできる力を持った人間と手を組むと言っているのだから、あいつら側としてはそれは恐ろしいのだろう。
しかも俺が死んで、そういった不安から解放されたと思った直後のことだからななおさらのこと。
こちらの目的はあくまで冬夜に顧みさせて、婚約者としての対面を取り戻させることだが、こいつらのビビり方からして自分達の醜聞を広めて破滅させようとでも思ってるとでも思われてってところか。
「い、いいのか。そんなことをして。俺には婚約破棄することだってできるんだぜ」
分が悪いと見たのか、自分もダメージを負うというのに苦し紛れに婚約破棄をチラつかせてきた。
「してみたらいいんじゃないかしら。こっちはあなたたちのことをバラすだけなのだから。さて、客観的に見てどちらが悪く見えるんでしょうね」
「やってることが薄汚いわよ。あんたたち」
摩耶は自分のことを棚に上げてこちらを批判してくる。
不倫が露見しそうになって身代わりにトラックに轢かれた恋人を放置する人間にそんなことを言われてもと思わないこともないが、もとはといえば俺にも責任がないわけでもないので批判については触れずに話を戻す。
「別に婚約破棄しなければいいだけの話だろう。しかもお前たちのことを世間的に公表して困るのは麻黒さんも同じだ。そこまで構える必要がない」
「そうか、そうだよな。秋也、やっぱりお前は話がわかる奴だと思ってたよ。じゃあ、そいつと付き合うことは」
「不可能よ」
俺が答えようと思うと麻黒さんが、代わりに答えた。
「あなた、私の手から秋也君が離れたらあの手この手をつかって、消そうとするでしょう」
「そんなわけないだろ。親友をそんなむざむざと……」
「顔に出てるぞ、冬夜」
麻黒さんに指摘された途端に目を白黒させていた。
嘘を指摘されるとすぐに冬夜はすぐに顔に出るようだ。
「当たり前だろ! お前みたいな貧乏人とは俺は抱えているものが違うんだよ!」
「そうよ。いつも冬夜は苦しんでいたのよ、好きでもない邪魔な許嫁の存在と安穏として生きている秋也の姿に」
「あの場にいた私から言わせてもらうと、自分の立場を全力でエンジョイしてるように見えてたけど。しかもあなた私のことをお友達にキープとか言ってるらしいわね」
「ちょっと、冬夜! どういうことよ、この女は時が来たら婚約破棄するはずでしょうが!」
「あら、そんな計画があったのね」
フォローを入れた瞬間に、ちょっとした摩耶への裏切りを持ち出してくるとは麻黒さんも結構えげつないことをやる。
効果覿面のようで数珠つなぎに新事実が発覚していく。
まさか麻黒さんの婚約破棄が脅しでもなんでもなく、既定路線だったとは。
流石にこのことが発覚すると周りから「最低」だの「クズやろう」だの否定的な言葉が飛び始めた。
「ち、違う。そんなこと言う訳ないだろう」
「じゃあ、今この場で婚約破棄するって言ってちょうだい」
「そ、それは」
「何よ。私よりもこの女をとるって言うの」
「わかった。現時点をもって、麻黒陽菜との婚約を解消する」
「正気で言っているの、あなた」
「正気だとも、お前がこんな馬鹿げたことがしたからな。流石の俺も愛想が尽きた」
冬夜はいやいや言いつつも、すっきりした顔をしていた。
どうやら摩耶に既定路線だと嘯いていたことは本当のことだったようだ。
「お前、どこに行くんだ」
「もうお前らについては用が済んだからな。相手にする必要がない」
「じゃあまたね」
要は済んだと言いつつも、これ以上ボロを出るのを誤魔化したいことを隠したい気持ちが大きいように感じる。
「あの様子だと遅かれ早かれ言った感じだったみたいね」
「なんだか、ごめん。俺のことが発端となって色々と迷惑かけてる見たいで」
「対処しなければいけない問題が浮き上がってきた見える形になったのだから、むしろこちらとしては感謝したいくらいよ。タイミングとしてもこっちが手を差し伸べてる中で、冬夜が反故にしたと言ってもいい状況で有利だし」
大きな問題が起きたと思ったが、麻黒さんは冷静に状況を分析しながらそう告げる。
頼もしい感じがするのは本当だが、今まで考えなくてよかった生々しい問題を解決しなれてる同級生に対して少しだけ悲壮感も込み上げてくる。
「そう言うならばいいけども。元々これを避けるためにやっていたのだから結構大ごとなんじゃない」
「事柄自体は大ごとであることは確実だけど、責任の所在が冬夜側にある状態だから少なくとも私たちの側で大きな問題になることはないわ」
確かに麻黒さん側は、冬夜の浮気について証拠があるらしいし、冬夜に至っては昨日のトラック身代わりの醜聞がバレるわけには行かないので、俺と麻黒さんが組んでいるという情報を出すわけには行かない。
婚約破棄を冬夜が決定したと言う情報が各々の家に渡った時に、情報として表に現れるのは、冬夜が浮気していたという情報だけだ。
もし冬夜が破れかぶれになって麻黒さんと俺が付き合い始めたと言う情報を出したとしても、麻黒さんは昨日の醜聞のことと俺の保護を名目にすれば言い訳がたつ。
むしろ浮気したと言う情報だけの時よりも冬夜は追い詰められることは想像に難くない。
「私と秋也が組んだ時点で、天地がひっくりかえったとしてもこちらが不利になることはないわ」
「陽菜と組んどいてよかったよ」
麻黒さんはやはり歴戦の予感がしていたが、本当に傑物だったらしい。
冬夜たちがこちらにつかかってきた状態で既に積みとは。
「こちらこそ、あなたがいなければどう足掻いてもこんなに上手く行かなかったもの。それにまだこれから迷惑をかけてしまう可能性が高いもの」
少し自重的に語る麻黒さんではあるが、今日垣間見た安定感からこちらに迷惑がかかるといった状況が想像できない。
もしかしたら、長年見ないふりをしてきた冬夜たちの悪癖を矯正することも可能かもしれない。
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