16. 運命的な遭遇に何の意味があるのか
もうすぐ15時になろうかという時間。ガラ空きになった大型フードコートで食事を済ませた後、他に寄るところも目的もなく自然に帰宅する流れになった。
そう遠くない駅までの道のりを二人歩いていく。
「わた………凪は、今もバスケ、好き?」
一つ前、仲良くなり始めた頃の呼び名にわざわざ戻したのはなんだろうか。
「……うん、バスケは変わらず好きだ」
「でも、やらないんだよね?」
「………うん」
俯きながら、必死に言葉を並べようとしているのが伝わってくる。
「藤沢は好きなんだな、バスケ」
「好き」
即答した言葉からは本心であることを示すような勢いがあった。
「体育の授業の時にさ、久しぶりの藤沢のバスケする姿見たよ。中学の頃より全然上手くなってて驚いたっていうか、すごい頑張ってるんだなって思った。所詮体育の授業だけど、それでもよく分かったよ」
さらにスピードにキレが増していて、自らの体格を活かしたプレーが良く目立っていた。中学の時にあれだけコンプレックスだと言っていた身長の低さを逆に利用する手は、あの頃の藤沢だったら考えもしなかっただろう。
「……ありがと」
「それにしても、素人の桜ヶ丘さんがあれだけ動けたのは流石に驚かされた。バスケできるなんて知らなかったな」
思い出すと少しだけ関心の笑いがもれた。
「桜ヶ丘さんと仲良いの?」
「仲が良いって言うか、よく喋るくらいの関係……?」
仲が良いと限定的に言っていいものなのだろうかと迷った結果、よく喋る関係というなんとも曖昧な答えになってしまった。
「桜ヶ丘さんって、確か宮下と付き合ってるよね」
「あぁ、けど最近になって別れたっていう噂を聞いたぞ」
「え、そうなの……?」
知らなかったと言うような表情で返してくる。
何やら独りでにぶつぶつと言っているのだが、隣を歩いているのにその声は僕の耳まで届いてこない。
「はっ……!?もしや体育のあれは、下克上だったのか……?」
「いや、でもあの人は知らないはずだし……」
一人で自問自答を繰り返す藤沢の表情は喜怒哀楽が激しく見ていて面白い。
「な、何笑ってるんだよ…」
「いやごめん、さっきからコロコロ変わるその顔が面白可笑しくて」
「ぐぬぬ……!こっちはよからぬ強敵を目の当たりにしてるんだぞ!!人の気も知らないで!」
電車に乗り、駅で降りるまでずっと考え事をしていたようだが、いつもの調子を取り戻したのかその顔からは決心がついたような表情が窺えた。
────────────────────
新しい一週間の初日から、いよいよ本格的に文化祭の準備が全クラスでスタートした。
休み時間、放課後の時間を利用して各々が作業に取り掛かる中、担任へとある承諾を得るため職員室を訪れたその帰りにある男子生徒が視界に入った。
相変わらず暇そうに、というよりサボっているだけなのだろう。廊下をゆっくり歩いている伊上を見つけた。
関わらない方がいいと助言を貰ったわけだし、話しかけるのなんて以ての外。後ろから近づき横を素通りしてその場を乗り切ろうとした。
「おい」
「………え?」
「ちょっと付き合えよ」
なんてことなく捕まってしまった。
「お前、二組の渡貫だろ」
「そうだが……」
何故か伊上に認知されていることに疑問を覚えるも、先日伊上が八瀬と言い合っている際に僕を視界に捉えたのならおかしな事では無い。名前まで知られているのはどういう事なのか。
「んだてめぇ、俺のこと覚えてないのか?」
「いや、面と向かって話したのは今が初めてだと思うんだけど……」
「はぁ?とぼけてんならぶん殴るぞ」
ものすごい形相で迫ってくる伊上は、握りこぶしを作り今にも本当に殴りかかってきそうな程だ。
「……陵南東中だろ」
「……!」
それは僕の出身中学校の名前だ。
「地区予選決勝でテメェらが打ち負かした荒垣中出身だ」
荒垣中学校、覚えている。
「あの時のエースか!」
荒垣中に一人だけ、ずば抜けたスキルを持つ人間がいたのを覚えている。攻守ともに中学生とは思えない動きでコート内を支配していた。
「……伊上っていう名前だったのか」
「ちっ、名前すら覚えられてなかったのかよ」
怒鳴り散らすでもなく、意外にも悔しそうな表情を見せる伊上。
「それで、なんで高校でバスケやってねぇんだよ」
これが本題なのか、真正面から僕の目を見て離さない。
「バスケは、もうやらないって決めたんだ」
「………なんだよそれ?なんか理由でもあんだろうな」
「………理由はない。ただ、もうやりたくない」
「ふざけてんのか!!?」
力強く胸ぐらを掴まれ身動きが取れない。けれど別に、抵抗する気力はない。
「バスケはもうやりたくないだ?あれだけの才能を持って、俺をたたき落としておいて無断で退場かよ」
「………」
返す言葉すら見つからない時点で、伊上の言うように僕は身勝手に退場したのだ。もう傷つきたくないと、戦いから逃げた。
「──凪くん?」
「………くそ」
階段を登ってきた桜ヶ丘さんを目にした後、胸ぐらを掴む手を離してどこかへ去っていった。
「どうしたの!?大丈夫?」
立ったままの僕の元に駆け寄り、乱れた首元を正してくれた。
「……あいつに何かされたの?」
「いや、違うんだ。全部僕が悪いから」
心配そうに見つめてくる桜ヶ丘さんには悪いと思いつつもこの場を後にした。
帰り間際に、同じ教室にいるにもかかわらずラインで心配するメッセージが桜ヶ丘さんから送られてきた。
今はまだ事情を説明できないが、いずれ必ず話すからと連絡を入れて一人で教室を後にした。
最近になって、学校がある日はほぼ毎日桜ヶ丘さんと会って一緒に帰っていることに変な不思議さを覚える。
頭の中では未だに伊上の言った言葉が繰り返し流れている。
その度によみがえる、中学の頃の記憶。
「あっ」
曲がり角に入ろうとした時、向こう側から来た人とぶつかりそうになった。間一髪で避けることに成功し、相手の人に謝ろうと顔を向けた所、そこにはつい先日見知った顔の人物がいた。
「…………
「おっ、また会ったね」
二日連続で遭遇したのは、何かの運命なんだろうか。
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松下水美
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