15. なつかしいあのころ

 日曜日、僕は駅に向かって歩いている。久しぶりに気温が20度まで上がり、まだまだ秋の陽気を感じられる一日となりそうだ。


 なぜ駅へと向かっているのかと言うと、ある人物と会う約束をしているからだ。

 先に言っておくと桜ヶ丘さんではない。昨日の夜に申し訳程度に電話をかけたのだが、日曜日の今日は友達と約束があると言って断られた。


 せっかく誘ってくれたのにごめんねと、何度も謝られて大変だった。謝られる度に、土曜の誘いを断った僕への罪悪感がただただ募っていった。


 今日これから会う人物。

 その人物は、ついさっきラインで急遽会いたいと言ってきたのだ。


 会ったついでにお昼も済ませたいとの事で、僕は11時に家を出てこうして駅へと向かっている。


 平日の通勤時間帯とは打って変わって空いている駅構内を歩き改札を通り抜ける。最寄り駅の隣の駅が待ち合わせ場所になっている。


「あ」


 ホームを降りて、誰も並んでいない一番車両の乗り場まで行くとそこには今日の待ち合わせの人物が立っていた。


 耳にはイヤホンを付けているのか、目をつぶって音楽に意識を向けているように見える。


「……おいっ」


 低い位置にある両肩に手を乗せてやると身体をビクッとさせて驚いた様子を見せた。


 イヤホンを取り、後ろを振り向くとその正体が僕だと分かり安堵の表情に変わった。


「──ッ!心臓止まるかと思っただろ!!」


「ごめんごめん」


 涙目になりながら今も僕を睨み続ける目の前の少女を見て、さすがに驚かせすぎたかなと少々反省する。


 このタイミングで電車もやってきた。がら空き状態の列車内で、僕と藤沢は二席だけを利用した。


「それで、なんでいきなり会いたいだなんて行ってきたんだ?」


 藤沢が落ち着いてきたのを見計らって今日の用件を聞き出してる。


 交友関係が深かった中学生の一部の時期であっても藤沢とこうして遊ぶことは一度もなかった。それにはまた違う理由が存在するのだが、それでもこうして遊ぶほどの仲ではなかった。


「別に理由なんてないぞ。そういえばわたと遊んだことないなーって思ったから誘ってみただけだし」


「あ、そう………なんだ」


 何も考えていなそうな顔を見るにこれが藤沢の本心なのだろうか。


 目的の駅に着くも、特に何も決めていないと言うので適当にショッピングモール内をぶらつこうという事で意見が一致した。


「その、実はわたに謝りたいことが一個あって」


「……?」


 歩きながら突然そんなことを言われるも、心当たりがなくそのまま続きを待つ。


「昨日さ、またバスケやろーって言ったこと。もしかしたら私、傷えぐっちゃったかなって思って、それで……ごめん」


 確かに昨日の去り際にそんなことを言われたのを覚えてはいるが、それは藤沢の純粋な一言だったことは分かっている。


「別に気にしてないよ。今は……まだ分からないけど、誘ってくれて嬉しかった」


「……ホント?」


「もちろん」


 そう返すと明るい笑顔を見せて上機嫌になった。

 そんなことを気にしていたのかと思ってしまったが、藤沢にとっては軽いものではなかったのかもしれない。


 モール内に設置されている大きなゲームセンターに入ると、色々なゲームがあった。定番とも言えるカーレースや、ガンシューティング、音楽に合わせてリズムに乗るゲームなど、その種類は数十個に及ぶ。


 特に予定がない僕たちは、時間が許す限りゲームセンターで遊ぼうということになった。


 アレをやりたいコレをやりたいと藤沢の興味が尽きることなく、僕はそれに振り回されながらもゲームを楽しんだ。


 気づけばゲームセンターに足を踏み入れてから二時間ほどが経過していることに気がつき、一度出て休憩することにした。


「結構ゲーム得意なんだな、藤沢」


「小さい頃に親に連れられてよくゲームセンターで遊んでたからかも」


「親がゲームを好きなのか?」


「あぁいや違くて。私がやりたいやりたいって駄々こねてたらしくて仕方なく連れて行ってたんだって」


「じゃあその頃から藤沢のゲーム好きな性格は変わってなかったんだな」


「あははは……」


 若者に人気絶大のカフェへと入店し、それぞれドリンクを購入してから店を出た。店内は既に多くの人で席が埋まっていたため、モール内の所々にあるソファの一つに二人で腰掛けた。


「こうやって二人で休憩するの、なんか久々じゃない?」


「………あぁ、でもあの時はスポーツドリンクだったから、ちょっと雰囲気が違うな」


「確かに!」


 抹茶カフェラテの入ったカップを口につけて美味しそうに飲む藤沢。

 そっちも迷ったが、僕が買ったのはカフェオレだ。上品な甘さが口の中でよく溶けてとても美味しい。普段一人でこういった店に入ることはほとんど無いため、藤沢がいてくれて助かった。


「わたとはさ、初めて会った時からやたら気が合うなって思ってたんだよね」


「やたらは余計だろ。でもまぁ、考えがぶつかった事ないもんな」


 色んな意味で、気の知れた仲だったのは藤沢だけだったかもしれない。この事を本人に言えば絶対調子に乗るだろうと分かっているため、口が裂けても言うことはない。


「……さっき、私謝ったけどさ。やっぱり私、わたとまたバスケしたい……!」


「………」


 藤沢の切なる願いにも、今すぐ答えを出すことはできない。

 軽い気持ちで自ら足を退けたわけではない。

 分かった、と一言でまたコートに立つ自身も勇気も、今は何一つ持ち合わせていない。

 中途半端に手ぶらで戻るのは自分のプライドが許さない。


「ねぇ、……あの時のことを気にしてるのなら」


「いや違う。別に引き摺っているわけでもトラウマを抱えてるわけでもない。ただ、決心ができないだけなんだ」


「……!そうだよね。……ごめん。私があの時、もっとちゃんと、わたを守っていたら──」


「あれ?そこにいるのって、もしかして心?」


 ふいに後ろの方から藤沢に話しかける声が聞こえた。

 久しぶりに出会った旧友を懐かしむように騒いでいる。


「え!?心って、藤沢心?」


「そーそー。中学の女バスでエースだったやつ」


 藤沢の中学の頃の友達なのか、三人組の女子は近くまで寄ってきた。


「久しぶり。元気してた?」


 その中で一人、大人しそうな女子が藤沢に話しかけた。


「あ……うん、元気だよ」


 一瞬僕へと視線を送ったが、どうでもいいのか敢えて触れないのか、すぐに藤沢へと視線を戻した。


「こんな所で何してるの?」


「えっと、ちょっと休憩をと……」


 僕と藤沢を探るように、時折こちらを見たり藤沢を見たりしているのが分かる。


「ふーーん。ま、いっか。じゃあね、心」


「あ、うん。水美みなみも、また、ね」


 興味が逸れたのか、途端に目から色が抜けるように黒く小さくなった。


「えっ、水美もういいの?」


 予想外の早さに困惑しながらも、水美と呼ばれた女子を追いかけていく。


「あっ。渡貫凪くんも、またね」


「……!」


 振り向き様にそう言うと、そのまま向こうへ去って行った。


 どこかで見たことあるな。そんな風に見ていたら突然言われた僕の名前。

 声質と特徴的な喋り方ですぐに分かった。主犯となって僕を陥れ、バスケを辞める原因となった一部の人間だ。

 そしておそらく、藤沢の元クラスメイトだ。

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