14. 焼肉パーティーは豪勢だった

「お父さんは帰ってこないの?」


「あら紗良、ママよりもパパが恋しいの?」


「違うって。普通にママが帰ってきたのならパパも帰ってくるのかなって思っただけ」


 ダル絡みする母さんをスルーして真顔で問いかける紗良。 どうせなら一家一同揃った方が良いというものだ。


「パパなら遅れて帰ってくるわよ。ちょっと仕事が立て込んでいるみたい」


 子どもの僕が思うことでもないのだろうが、海外での仕事をやって行けているようで少し安心した。


「そうだわ。明日土曜日だから二人とも学校休みでしょう?」


「「……?」」


 何かを思いついたように僕たちにそう聞いてきた母さん。


「明日の夜に家で焼肉パーティーをやることにしたの。だからその食料調達に二人の手を借りたいの。お肉いっぱい買わなきゃいけないし、久々に一緒にお買い物したいわ」


「僕は構わないけど………」


「わ、私は……!」


 僕を嫌う紗良が母さんを入れた三人での買い物に賛成しないだろうと思うのだが。


「あらあら良いじゃない、久々に、ね?」


「………うん」


 母さんに押されて渋々か嫌々か、こうして明日三人で買い物に行くことになった。




 紗良が勉強をしに2階の部屋へと上がって行った。


「まだあの子と喧嘩しているの?」


 それを確認してか、夕飯を作りながらそう言ってきた。


「……喧嘩というか、僕が一方的に嫌われてるようにしか見えないんだけど」


 僕が紗良に何かした覚えは全くない。いや仮に何かしてて覚えてないのだとしたらそれまでなのだが……


「確かにそうだけど、そうじゃないかもしれないわよ?」


 何か知ってるような思わせぶりだが、おそらく今の母さんは僕が嫌われている理由を教えてはくれないだろう。


 父さんはいないが、母さんを入れての夕食は懐かしいものがあった。


 風呂に入り、自室のベッドで寝るまでに小説『指先の薔薇』の残りのページを読み進めることにした。既に一周読み終わっているのだが、小説は二周目にして気付かされる部分が多いため飽きることは無い。


 単純に少年が復讐のためだけに行動していたと勝手に想像していたが、その真意は少し別のところにも存在していたのだ。

 むしろ僕は二周目の方が読んでいく中で興奮する場面が大きかった。


 そんな矢先、スマホから聞き慣れない着信音が鳴り響いた。


 出ようか出まいかと悩んでいる間も着信音は鳴り続き一向に止まる気配はない。誰からの着信なのかは最早確認するまでもないが、このまま無視し続ければ学校で会った時に、あの時何故出なかったのかと問われるだけだ。


 スマホを手に取り、渋々画面をタッチした。


「………もしもし」


『あ、やっと出た!全然反応無いから無視されてるんじゃないかって心配になったよ』


 見事に核心を突かれて動揺を隠すのに全神経を使う。

 初めて耳にする電話越しの桜ヶ丘さんの声は普段の声より少し低く聴こえる。


「ど、どうしたの。いきなり電話してきて……」


 無言が続く前に桜ヶ丘さんの用件を問いただす。電話での互いの沈黙ほど地獄なものは無いと思っているからだ。


『あ、えっと……その、特にこれといった用は無い……というか…』


「………え?」


『あ、ちが、そうじゃなくて。……明日もし良かったら会わない?』


 どうやら桜ヶ丘さんから休日のお誘いの電話のようだ。

 だが──……


「ごめん、明日は用事がある」


『そ、そうなんだ。……そっか、急でごめんね』


「いや、こっちこそ。よかったら、また誘ってほしい」


 誘われて気を悪くする者はいない。その相手が桜ヶ丘さんであれば尚更、学年中の男子がイエスマンとなるだろう。


「……それじゃ」


「うん……。それじゃ」


 通話を終えるボタンをタッチするより先に、画面が切り替わって通話終了とトーク画面に映し出された。


 通話が終わり、思い返してみると気づくこともある。

 母さんたちと買い物をしに行くのは午後、おそらく15時くらいだろうか。つまりそれまでの時間は空いているため桜ヶ丘さんと会うことくらいできるということ。


 そのことを伝えるために今度はこちらから電話をかけるというのも、それはそれで躊躇われる。断った手前、午前だけなら会えると言っていいのだろうか。


 悩んだ結果、電話をかけることなく、小説を読んで寝ることにした。



 ────────────────────



「あっこのお肉安いわよ!あらこっちも美味しそうねぇ」


「……もうちょっと静かにしてよお母さん。周りの人に見られてるよ」


「え〜別にいいじゃない」


 カゴを乗せたカートに身体を預けるようにして肘をつきながら、周りの目を一切気にすることなくお肉を物色する母さんとそれを恥ずかしそうに止めようとする紗良の様子を少し離れた場所から眺めている。


「あれ……?もしかして、わた?」


 後ろから懐かしい呼び名が聞こえた。首を振り向かせると、私服姿の藤沢が立っていた。


「藤沢?こんな所で何してんだ?」


「お母さんの買い物に付き合って来たの。別におかしなことじゃないでしょ。わたも?」


「あ、あぁ」


 中学の頃の呼び名を連呼されるとどうしても調子が狂う。


「前から思ってたんだけど、なんでわたなんだ?」


「え?だって渡貫でしょ。だから「わた」。言いやすいんだよね」


 わたわた言われると綿を連想してしまうため、僕はこの呼ばれ方はあまり好きではない。


「あの人、さっきからずっと騒がしいよね。妹さんかな?ずっと注意してる」


 バナナを抱えた藤沢が眺める方向には母さんと紗良がいた。


「………うちの母なんだ」


「え、嘘!?若!じゃあもう一人のあの子は?」


「僕の妹だ」


「あーー…なるほど、何となくだけど状況を理解した。親が子に迷惑をかけるパターンもあるわけね」


 今も独り言を呟くどころの声量ではない大きさで騒いでいる母さんを見ながら苦笑いする藤沢。


 制服姿かユニフォーム姿の藤沢を見ることがほとんどだったこともあって、私服姿は新鮮味がある。

 短い髪の毛を頭の後ろで結ったシンプルな髪型をしている。

 イメージによらずスカートを身につけている藤沢を見ていると、少女という言葉がしっくり来てしまう。


「な、なんだよそんなに見つめて。なんか変なとこある?」


「あ、いや。なんと言うか、妹よりも妹だな、と……」


「あーー!小さい言うなー!!」


「それは言ってないって!?」


 小さい身体で突進してきた藤沢だが、僕には全くのノーダメージだ。


「まったく、どいつもこいつも私をバカにして」


 藤沢としばらく話していると、大量のお肉のパックを持ってくる紗良を見つけた。


「あ……じゃあ、また学校でね」


「あぁ」


 何かを察してか、話をやめて別れを切り出した。


 反対の野菜売り場へと向かった藤沢だが、その途中に振り返り屈託のない笑顔を向けてきた。


「また、バスケやろうなー!」


「おーー」


 今度は振り返らずに、カートを引く母親と思しき人の元へと駆け寄った。


「こら、バナナはまだ家にあるんだから。それは戻して来なさい」

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