13. 帰宅は突然に!

今さらですが誤字脱字はお許しください……!

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 11月に入ると途端に冬休みまでのカウントダウンが心の中で始まろうとするのだが、まだ1ヶ月以上もあるため気が遠い。


 中間試験が終わったと思えば学校は再び騒がしくなり始める。ある者にとってはこれが一年間の中でトップ2に入る行事であると同時に、ある者にとっては憂鬱な行事が始まろうとしている。


 我が一笠いつかさ高校の文化祭だ。

 実はというと、中学では無かった初めての文化祭に多少なりとも興味があるのだ。


 クラスによる厳正な討論の結果、我ら一年二組はお化け屋敷を開くことになった。


 廊下に張り出された各学年各クラスの催し物を見てみると、主に飲食系が多く見られる。おしゃれなカフェや、たこ焼き屋と書かれたクラスがある中で、一際目立ったのはラーメン屋と書かれたクラスだ。


 たこ焼きの場合、家庭に一台たこ焼き器があっても不思議ではないため、それら数台を持ち込んで行うことは出来るにしてもラーメンは流石に無理があるのではないだろうか。


「あ、ねぇねぇ見て凪くん。『遊園地』だって。どんな事やるんだろ」


「あ、ほんとだ。なんだろ、ジェットコースターとか作るんじゃないか?」


「テレビで見たようなやつかな?」


 各クラスのさまざまな催し物を見て一喜一憂している桜ヶ丘さんは、もう既に当日行きたい所をマークしているようだ。

 いくら何でも早すぎるのではないか。


「私たちのクラスはお化け屋敷かー」


 帰り道、隣を歩きながらそんなことを大々的に呟いている。


「賛成じゃなかったの?」


 最終的な決定打はクラス内多数決であったため、少数派に票を入れていたのだとしたら不満があるのも仕方ないだろう。


「違うよ、ただ……」


「ただ……?」


「あー…何でもない!」


 結局その先を言うことなく濁した。


「ねっ、『なんでも命令できる券』どう使うの?」


「……まだ決まってない」


 中間試験の前に桜ヶ丘さんから突如持ち掛けられた点数勝負は、62点差をつけて僕の勝利で幕を閉じた。


 正直な話、桜ヶ丘さんには言っていないが自分でもこんな高得点を取れるとは思っていなかった。何がこんなにもモチベーションを高めたのかは、おそらく言うまでもない。


「でも悔しいなぁー、五教科で427点取れて大喜びしてた私が恥ずかしいじゃん」


「そんな事ないと思うけど……一学期の頃と比べると断然点数が上がったって言ってたように、確実に伸びてるんだし。頑張ったと思うよ」


 試験前夜にもラインで分からないところを聞きに来るほど、桜ヶ丘さんは熱心に取り組んでいた。


「…………嫌味?」


「えっ」


 言われてハッと気づいた。勝負に勝った人間がどう慰めようと、敗者には嫌味にしか聞こえないではないかと。


 ジト目で睨んでくる桜ヶ丘さんには何を言っても嫌味にしかならない。不要な発言は控えた方がいいのかもしれない。


「なんでも命令できる券は期限があるからね」


「え、初耳なんだけど」


「文化祭当日が期限だから。それ以降は使えないからね」


 そう言い残して分かれ道の先へと去っていった。

 文化祭当日というと、今からちょうど一ヶ月後に効果が無くなる。


 なんでも命令できるとは言っても最低限のモラルは守らなければいけない。

 でなければ桜ヶ丘さんに嫌われるだけでなく学校を退学、最悪逮捕されてしまう。


 いっその事、適当なことに使って終わらせたい気持ちが無いでもない。命令するということ自体にあまり興味が惹かれないので、尚更この券の使い道が分からなくなってくる。


 ──ピロンッ

『命令だからね』


「!?」


 思わず周囲を確認してしまった。


 思っていることを読まれてラインを送られるとは思わなかった。


 必ず命令としてこの券を使えということだろう。

 この一ヶ月の猶予の中でじっくりと使い道を考えるとしよう。


「ただいまー」


 誰が居る居ないではなく挨拶することの大事さを身をもって習慣づけることが大切なのである。


「あら、おかえり凪」


「あー、うん」


 靴を揃えながら慎重に脱ぎ、リビングに置かれたソファの横端にバッグを置く。


「パパは仕事があるから私だけひとまず帰ってきたのよ」


「へー、そうなん、だ…………………!?」


 驚きキッチンに振り向くと、そこには久しぶりに見る料理する母の姿があった。


「帰るんなら連絡くらいしろよ!!?」


「ごめんごめん、トウモロコシあるけど食べる?」


「食べるよ!驚いたじゃないか!」


 トウモロコシにかぶりつきながら、鼻歌を歌いながら料理する母の姿をテーブルから眺める。


 実に7ヶ月ぶりの母との再会なのだが、全くもって懐かしいとか感傷的になる感情は湧いては来ない。


 僕の高校入学直後に海外へと飛び立った両親からは度々連絡してくることはあったのだが、顔を見るのは入学式の時以来だ。


 昔から何に対しても軽いような楽観的な性格でありながらも、僕や紗良の前ではしっかり母親の顔を見せる人だった。


 いつもヘラヘラしているのは少しウザかったが、初めて見た怒った時の顔は今でも印象的でよく覚えている。


 いつの頃だったか、僕が友達と公園で遊んでいると少し離れたところで笑っている三人組と一人地面に座り込んで泣いている子がいた。


 弱いものいじめをしてケラケラ笑っていた奴にムカついて、横から思い切り顔を殴ってやった。

 たったの一発で地面に尻もちをついて泣き喚いた。

 その翌日、先生に呼ばれて校長室へと行くと、僕が殴ったやつが同じ学校の同学年であることが分かった。

 既に親と片側のソファに座って待っていたそいつの顔には傷の手当をした後があった。

 この状況を見ただけで理解した。こいつがチクったのだと。

 その後、うちの母も呼ばれてやってきたのか、この場に座る僕を見て驚いた顔を見せた。

 先生の話を聞いていると、なんともバカげた内容だった。突然僕に殴られた。何も言わずにその場を去っていった、と。

 呆れて何も言えずに僕はただ黙って聞いていた。


「うちの子がお宅の子に殴られて怪我をしたのですが、どう責任をとってくれるのでしょうか?」


 高圧的に、一方的に話される母を見て、とても申し訳なく思った。僕が余計な事をしたばかりに、そう思うと手にどれだけ力を入れて握りしめても足りなかった。


 僕の方を見た母は、何も言わずに一度ニコリとほんの僅かに微笑んでから、今も尚一方的に喋り続ける人に対して向き直った。

 その瞬間に切り替わった顔は、今まで見たことのない恐い顔をしていた。


 相手の親、先生に対して怒る口調はいつもの軽いものでは決してない。


 その時の僕は、母親のその姿に、ただただ驚いていた。


「……………………え?」


「あら紗良〜、部活はなかったの?」


 帰宅早々、持っていたバッグを床に落として久しぶりの母に驚きを隠せない紗良。


「僕だけじゃなく紗良にも知らせてなかったのか…………」


 結局は、良くも悪くも適当な母なのだ。

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