8. 勉強会は居心地が悪かった

 普段とは違う日曜日の朝を迎えると、時間に間に合うようにテキパキと支度を済ませていく。


 いつもであればベッドの上でぐうたらして気づけば午前中が終わっている。


 今日は午前11時にカストに集合して、そのまま昼をすごして15時くらいまで勉強会をやるという予定だ。


 主要科目の教科書や問題集を適当にバッグに放り込むと、時計を見てまだ早いことに気づく。


 遊ぶわけでもなく、勉強会に行くというのに何故かワクワクしている自分がいる。


「……行くか」


 家を出てカストまでは1キロもない。歩いて15分くらいだろうか。


 今日の僕は教える立場にいる。他人に勉強を教えると、教えている本人もより理解が深まる。

 そういう意味では今回の勉強会は僕にとってもいい復習の機会ということになる。


 結局、集合時間よりも30分早く目的地のカストに着いてしまった。


 どう時間を潰そうかとスマホをポケットから取り出すと、歩きながら声をかけてくる人物を見つけた。


「おっす、ナギ」


 学校で知り合って初めて私服姿の山田を目にした。


 黒みがかった緑のスウェットパンツに黒のパーカーを着ている。


 学校では金髪ピアスのチャラいキャラの山田だが、目の前にいるのはそんな印象とは少しかけ離れた姿の山田だった。


 さらに山田に限って言えば、元の素材が完成されているというのもあるのかもしれない。

 いやそれだと山田に失礼か?


「いやごめん、山田」


「え、なにが?」


「あぁ、いや違う。こっちの話だから気にしなくていい」


 学校でのチャラ山田と普段の爽やか山田のギャップを学校中の女子が知ったらどうなのだろうか。


「山田も早く着いちゃったのか?」


「いや?普通にちょっと早めに着いとこうと思ってな」


 何一つ嘘を言っている気がしない。

 この男、実は完璧なのでは?


 そんなわけで僕と山田は先にカストに入って席を取っておくことにした。


 日曜日のここのカストは異常なほど空いているため、昼時に4人席に居座り続けても店員さんからは何も言われまい。


 念の為先に店員さんに申し出ると、ひとつ返事でOKしてくれた。


「──で?」


「え、なにが?」


 ドリンクバーコーナーからストレートティーをコップに入れて戻ってきた山田が突然そう言い出した。


「何がじゃなくて、この勉強会のメンツだよ。どういう経緯があってーとか、ないの?」


 ストローで口に含ませながら当然の疑問とばかりに聞いてくる。


「別になにもないよ。桜ヶ丘さんから勉強会を提案されただけで」


「ほー……」


 どこか納得していないような表情をしながらもそれ以上は何か聞いてくることはなかった。


 ジュースを飲みながら山田と適当に雑談していると、スマホのロック画面にラインの通知が一件映し出され、続けてもう一つきた。


『もう着くよー』


『凪くん今どこにいる?』


 桜ヶ丘さんからの単なる状況報告のラインだった。

 もうカストに着いていることと山田と一緒にいることを伝えると、彼女も大田さんと一緒に向かっているという内容のメッセージが送られた。




「あ、いたいた」


 桜ヶ丘さんの声が聞こえ、二人とも到着した。

 集合時間の5分前だ。


「やっほー凪くん」


 僕の顔を見るなり微笑みながら挨拶してきた。


 薄青のジーンズに少しダボッとした長袖シャツを着ており、頭には黒のキャップを被っている。


 その後ろには大田さんがいる。


「っ……」


 目が合うとお互い気まずそうに視線をずらす。

 大田さんがここにいるということは、桜ヶ丘さんの提案に賛成したということ。


 それでも僕が嘘をついたことに変わりはないので、あとでこっそり謝ろうと思った。


「凪くん、奥行って」


「あぁ」


 ソファの中央に座っていた僕は両手をソファについて中央から端へと体を移動させる。


 僕のとなりに桜ヶ丘さん、山田のとなりには大田さんという配列で、ちょうど教える相手がテーブルを挟んだ目の前にいるという図になった。


「んふふ」


 となりの僕の顔を見て微笑む桜ヶ丘さんを不思議そうに見つめる大田さんと、僕と桜ヶ丘さんを交互に見て何かを考えている山田。


 これを居心地が悪いと言わないでなんというのだろう。


 ドリンクバーを注文した二人がそれぞれドリンクをテーブルに持ってきた。


 ここからどう進行していくのかと思っていると、僕の不安をよそにすんなりと勉強会が始まった。




 数学を山田に教えていた僕だが、結論から言うと山田は地頭がいい。

 一つ解き方を理解すれば、その公式を使った応用問題もすらすらと解いていった。


 授業のほとんどの時間を寝て過ごしていたのに、少し教えてあげればその先まで理解してしまう。


 もし山田が授業を真面目に聞いていたら、高確率で学年上位の成績を出しているだろう。


「──ねぇねぇ」


 問題を解いている山田を見ながら自分も数学の復習をしていると、桜ヶ丘さんが太ももをつんつんしてきた。


 静かにしなければいけない場ではないのに小声で呼びかけてくる。


「ここ、何でこうなるのか分からないんだけど……」


 そう言いながら英語が書かれたノートを僕の方に寄せてきた。


 とある英文とその和訳を見てなぜそう訳されるのかが分からない、ということだ。


「あぁ、ここはそうはならないよ」


「え、そうなの」


「確かにこの名詞の直前には付属でつけるっていうように授業でも言われてたけど、ここでは意味が異なってくる。この場合、一つのイディオムになるから、inじゃなくてtoが入るんだ」


 ここは特にテストでひっかけ問題として出される可能性が高いと個人的に予想している。


「あ、そっか。なるほど」


 理解できたのか、赤ペンでその部分に下線を引いて忘れないようにしている。


「ありがと、凪くん」


「……ん」


 こういう事で面と向かって礼を言われるのは慣れてないため、自然と照れてしまう。


「………っ!?」


 少し熱くなっていた顔の温度を一気に冷ましてくるように、前方右の位置から圧を感じた。


 謎のオーラを発しながらこちらに視線を向けてくる大田さんに、僕以外の二人は気づいていない。


 気にしないと思いながらも、監視されている感じで集中できない。


 まあ、山田に勉強を教えるだけならばそれほど気にならないので、自分の勉強を諦めることにして教科書を閉じた。

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