7. 私は信じてるから

※結構短めです



家に帰っても誰もいないことがほとんどだ。


父親が海外に転勤して以来、それに母親もついて行って今では妹の紗良と二人でこの家に住んでいる。


「ただいまー……」


誰もいない家の中でも「行ってきます」と「ただいま」を言う習慣を忘れまいと、いつもこうして誰でもない相手に言っている。


しかし今日はそうでもなかった。


「あ、おかえり」


洗面台から出てきた紗良が返したからだ。


「あれ、今日部活なんじゃないのか?」


紗良は中学でバスケ部に所属している。いつも通りであれば今日この時間はまだ帰ってきていない。


「……なに、私の帰ってくる時間まで把握してんの?キモすぎるんだけど」


中指で僕を殺した後、紗良は二階の部屋に行ってしまった。


安らぎの場であるはずなのに毎回家の中で罵倒されるのは何とかならないだろうか。


夕飯を作り始めようとキッチンへ行くと、朝にはなかった食器がすでに洗われて食洗機に立てかけられていた。


紗良がバスケを始めたのは中学生になる以前、小学6年生頃だったと思う。


突然バスケを始めたいと母さんにしつこく言っていたのを今でも覚えている。

僕が学校から帰る度に、バスケットボールを持ちながら教えてと迫ってきていた。


その一年後、僕がバスケをやめてから紗良も変わった。



────────────────────



あいつに聞こえるように音を立てながら階段を上りきり、部屋の扉をゆっくりと閉めた。


「………」


今日もまた、私、渡貫紗良はため息をつく。


お風呂に入っていない身体を、力が抜けたようにベッドに投げ落とした。


「お兄ちゃん………かー」


昔の自分の姿が今も頭に思い浮かんでくる。


あの頃にはもう戻れないのかなと、何度思いそして振り払ったかは覚えていない。


私の前を歩く背中はいつもカッコよくて、頼りがあって、期待を持たせてくれた。


私の一生の憧れの存在であることは今も変わらない。

けれど、今の姿は私の憧れていたあの背中を持っていない。


頼りなくて、弱々しくて、カッコ悪い。


そんな姿を見ていると、期待してしまっている自分が否定されている気がして、つい思ってもいないことを口走ってしまう。


しっかりしてよ。

なんて思いやりの言葉を軽々しく言えるわけもない。


なんでこんな関係になってしまったのだろう。

思い返してみても、その理由は私には分からなかった。


だけどきっと、こうなった原因をあの人は知っているのだろう。


ベッドから起き上がると、明日提出の宿題をやるべく机に向き直る。


きっとなんとかなる。

そう思いながら、この先のためにやるべきことをやろうと、そう思った。



────────────────────



ポンッ


特別見たくもないチャンネル番組を眺めていると、スマホからメッセージ音が鳴った。


『俺は全然いいよ。どこでやるの?』


帰宅途中、山田に勉強会をやることになったとラインで伝えていた。山田とは帰る方向が違うため、学校でしか会う機会がない。


『あ、場所はもう決まってる。学校近くのカスコでどうかなだって』


『りょーかい』


了承の返事のあとに、少年のキャラが敬礼をするようなスタンプが送られてきたのを確認して山田とのトーク画面を閉じた。


そのまま桜ヶ丘さんのトーク画面に移り、山田は問題ないことを伝えた。


ものの数秒でメッセージに既読がついた。


今度は猿が両手を上げてポーズしているスタンプが送られてきた。

その直後に、頭に両手を当てる猿と、お腹を隠している猿のスタンプが連続で送られてきた。


これはあれだろうか、日光の三猿を模したような面白スタンプ的なものか。


『隠さざるを得ない猿、かわいいでしょ』


『ちょっと気持ちわるい』


僕にはこのスタンプの可愛さがいまいち理解できない。

女子にしか分からない可愛さでもあるのだろうか。


同じシリーズのものと見られる猿の怒ったスタンプが送られてきたので、標準で入っているスタンプの中から「ごめんなさい」と言っているやつを適当に送ると、既読だけがついた。

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