6. 勉強会はイヤだ

 教室で桜ヶ丘さんと目が合えばすぐに逸らされる。

 やっぱりあの行動はダメだったのかと思い始めてきた。


 体育の授業後はずっと机に顔を伏せている。大田さんがやって来ても、僕とは反対側に首を回して顔を出して話している。


 僕には全く顔を見せない気らしい。


 だからと言って、別に僕が何かするわけでもないのだが。


 人のご機嫌取りは昔から苦手だった。特に小さい頃は、なんで自分が相手に合わせなければいけないのかと思っていた。


 そういえば小学生の頃にそんな苦手な人がいたような気がする。


「ねえ、ちょっといい?」


「え?」


 僕の席の目の前まで来て、若干威圧的な態度でそう言ったのは、なんと大田さんだった。


 あの大田紅音が名も知らない陰キャに話しかけたことで、クラス内の空気は一気に重みを増してシンと静まり返った。


 誰だアイツ、大田とどんな関係?


 そんな声が周りから聞こえてくる。

 大田さんが何かすればクラスだけに留まらず教室の外からも何事かと野次が集まる。


 ホント、どこかのハリウッドスターのようだ。


 しかし本人はそんな周りの反応を全く気にする様子もなく僕を睨み続けている。


「来て」


 そう言うと廊下へと出ていった。あれは、ついて行かなければ後々死が待っているやつだ。


 言われた通りに席を立ち廊下に出る。

 その直前、様子を見ていた桜ヶ丘さんと一瞬目が合った。


 階段を下り、自販機のある下駄箱まで来る。


「君さぁ、結衣の知り合い?」


 こちらを振り向いていきなり放った言葉は、僕と桜ヶ丘さんの関係性を問うものだった。


 睨むように見てくるその顔からは、連れ出された意味が良い方向のものでは無いと如実に語っている。


 桜ヶ丘さんとは異質の鋭さを持った目力の強さに、女子でありながら圧倒される。


「え、っと…………」


 なんて答えれば大田さんにとっての正解になるのかと脳みそをフル稼働させて考えてみるも、導き出す答えに良い未来が全く見えない。


「な、何でそんなことを僕に聞く…んですか?」


 質問に対してまた質問で答えることで、少しでも最適解へたどり着く為の時間稼ぎを図る。


「なんでって……そんなことは別にどうでもいいだろっ!ウチはお前が結衣と知り合いかどうか聞いてんだよ!!」


 一瞬たじろいだ後に誤魔化すようにして強引に最初の質問へと回帰した。


 僕の時間稼ぎなどギャルの前では無意味だった。


 どうする、どう答えるべきだ。


「………知り合いじゃ、ないです」


 知り合いって、あれだろ。お互いが友達と認め合って初めて知り合いになるものだろ。


 桜ヶ丘さんとは図書館でたまたま一緒になるだけだし。

 知り合いというより、顔見知りくらい……なんだと思う。


「あーー…………………そうなの!!?」


「え?!」


 ものすごい驚きようにこちらも驚き返してしまった。

 どうやら僕の答えは大田さんの予想していたこととは違かったのか、一人でぶつぶつと呟いている。


「(あれぇ……ウチの勘違い?いやでも、あれはどう見ても……んん………?)」


「あ、あの……」


「え?!あ、あぁあのごめん、やっぱ何でもない忘れて!!」


 そう言ってこの場から立ち去っていった大田さん。

 ひとまずは何事もなかったことにほっとする。


 そういえば最近、やたら取り残される場面が多い気がする。



 ────────────────────



 放課後の図書室で一人試験勉強をしていると、ガラッと図書室の扉が鳴った。


 つい振り向きそうになった首をすぐに軌道修正して、無理やり勉強を続ける。


 近づいてくる足音は僕の右隣の席の前で止まった。


 バッグから必要な物を取り出して席に着くと、桜ヶ丘結衣は勉強を始めた。


 何か言ってくるのかとばかり思い、ソワソワしながら待ち構えていた。


 仲のいい二人の間なら、すでに先程の大田さんとのやり取りが桜ヶ丘さんに流れていても不思議ではない。


 それでも、僕から何か話しかけるなんてできるはずがない。


 結局は双方とも終始無言のまま勉強を続けることになった。


 気まずい空気の中でやる勉強は、試験を再現したような緊張感が漂っている。

 この緊張感に追われながらだといつもより問題の進みが速く感じる。


 ここに来て新たな発見ができたことに謎の感情を抱きながら次の問題へと進もうとすると、ふいに視界の端にこちらを向く人の顔が映った。


「っ……!」


 右をちらっと見ると、桜ヶ丘さんが僕の顔をガン見していた。


 僕が見返しても全く反応がない。効果音を付けるのであれば、「ジーーーッ」だろうか。


 ここまで桜ヶ丘さんに見られている中で勉強に戻れるほど僕のメンタルは強くない。


「あの……──」


「いーなー」


「え?」


 不貞腐れた表情で何を言うかと思えば、棒読みで羨むような言葉を言ってきた。


 机の上に伸ばした右腕に顔の右半分ほどを乗せて、だらしない体勢でいる。


「紅音に話があるーだなんて言われて。凪くんはあっちの方が好みなんだね」


 紅音とは大田さんのことだろうか。

 それに何か、勘違いをされている気がする。


「え、待って、何でそうなるんだ。僕が大田さんに呼ばれたのは、………」


「なに、呼ばれたのは?」


 あれ、どういうことだ。

 大田さんは桜ヶ丘さんに何も言ってないのか?


 それとも知らないふりをしている?


「その………、あ!そうだ、そう、勉強を教えてほしいって頼まれたんだ」


 咄嗟に僕の頭に山田の顔が浮かび、それが大田さんの顔にハマった。


「え、そうなの?」


「う、うん。そう」


 ごめん大田さん。


「それで、なんて返したの?」


 当然その質問が来ることは分かっている。

 ここでこの嘘を終わらせることができれば、恐らくだが桜ヶ丘さんの機嫌も直る……はず。


「先約があるからできない、と……」


 ちなみにその先約とは山田のことだ。


「もしかしてそれって山田くんのこと?」


「……なんで分かったの」


「あ、えっと、山田くんがクラスのみんなに自慢してた、から……」


 何を自慢してるんだ山田ァーー!!!


 そんなに喜んでくれていたのかと嬉しくなるがそれと同時に羞恥心も爆上がりだ。


「でもよかった。それならちょうどいいこと思いついた」


 机に預けていた上半身を起き上がらせると、名案を思いついたとばかりに身体ごとこちらに向き直る。


「凪くんが山田くんを、私が紅音を教えればいいんだよ」


「は、はぁ…」


 何かとんでもないことを言い出すのではないかと内心ヒヤヒヤしたが、それとなく普通のことだった。


「それじゃあ、次の日曜日に四人で勉強会をしよう」


「え、四人……?」


 それはマズイ。一番ダメだ。


「え、でもそんな勉強会を開かなくても大田さんって勉強できるでしょ?」


「え?できないよ?紅音バカだし」


「そうなの!!!?」


 並べた嘘に思いもしない事実が重なり、こうして僕と山田と桜ヶ丘さん、そして大田さんの四人での勉強会が決行された。

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