4. たまたま見てしまった

 教室での桜ヶ丘さんは、図書室の時とは違う顔をしている。


 なんて言うか、無愛想だ。


 話しているのは大田さんくらいなもので、それ以外の女子男子と話しているところを見たことがない。


「よっすナギ〜」


 登校するなり僕の後ろの席に座ったチンピラ山田やまだは、今日も眠たそうな顔をしていた。


「またバイト?」


「そうなんだよ〜、んで家に着いたのが夜の11時」


「うわ………」


 高校生のうちからバイトをするやつはあまりいないが、山田は家庭の事情でバイトをせざるを得ないでいる。


 まあでもこの学校はバイトOKだった気がする。


「もうすぐ中間試験だけど、そっちの方は大丈夫なの?」


「いやもう、え、大丈夫に見える?」


「……見えない」


 腕を組み机に向かって発狂する山田。山田の家庭がどういう状況なのかは分からないが、事情があってのことであれば仕方がない。


「その、もし良かったら勉強、教えようか?」


 ぼっちの僕に唯一話しかけてくれた山田は、大事な友達として僕の心の中にいる。


 勉強の一つや二つ教えるくらいどうって事ないし、それで山田が助かるのなら苦な訳がない。


「あ、えっと、僕でよければなんだけど──…」


「マジ!?ちょー助かる!ぜひ頼むよ、ありがとーー!!」


 椅子から腰を上げて勢いよく僕に抱きついてきた山田に、教室内はシーンと静まり返った。


 何事だとこちらに視線を向けてくるクラスメイト。


 一部の方向から「BL展開なの!?」とあらぬ誤解を招くような発言が聞こえた。


「目立つから抱きつくな……!」


 無理やり山田を剥がし、クラスメイトの興味から逸れるまでにはそれほどの時間はかからなかった。


 抱きつかれた瞬間、山田から洗剤のいい匂いがして心地良かった過去の気持ちは、誰にも言わずに心の内に留めておこうと誓った。


「それで、日にちはどうす──」


 言い切る前に、スマホからラインの通知がきた。


 その送り主は『ゆい』とある。桜ヶ丘さんだ。

 同じ教室にいるのにわざわざラインを送ってくるのは何故なのか。


 けど、桜ヶ丘さんに教室内で話しかけられても注目を集めてしまうだけなのだが。


「ん?誰からだ?」


 僕のスマホを覗こうとしてくる山田に背を向けて、ラインを開く。


『山田くんと仲良いんだ?』


 いまさっきの僕と山田のやり取りを見てのことだろうか。


『まあ、それなりには』


 仲が良いと文にして言うのはなんだか照れるし本人が横にいるため、あえて濁して伝えた。


 すると桜ヶ丘さんからは怒りを表現したような気持ち悪いスタンプが送られてきた。


 これだけの会話からは、彼女が何を思っているかを何一つ知ることはできない。


「お、おい。俺、なんか桜ヶ丘に睨まれてね?」


「え?」


 教室に対角線を引いた先、廊下側の最前列付近にいる桜ヶ丘さんがこちらを見ていることに気がついた。


 睨んでいるというよりは、不機嫌な顔を向けられている気がした。


「桜ヶ丘っていつも不機嫌っていうか、あれだからみんな近寄り難いんだろうな」


 それでも桜ヶ丘さんにお近づきになりたいという男子は、大田さんに近づいて間接的に桜ヶ丘さんにも近づこうとしている。


 しかし大半はクラス内では陰から桜ヶ丘さんを見つめるだけの人が多い。


「負のオーラでも出てるんじゃねーの」


「何言ってるんだ」





『僕の知っている桜ヶ丘さんが二人いる問題』を抱えながら廊下を歩き、一階の自販機を目指す。


 飲み物を持ってくるのを忘れたため自販機で水を買おうと席を立ったら、おこがましくももう一本買ってきてと山田に注文された。


 下駄箱付近に設置されている自販機の手前までたどり着き、あとはこの角を曲がれば見えるという所で自販機の方から声が聞こえた。


 反射的に足を止めて身を隠してしまった。


「俺と、付き合ってください!」


 男の声で聞こえた言葉は、その一文だけで今がどんな状況なのか想像できてしまう。


 偶然にも他人の告白現場に遭遇してしまったのだ。


 今ここで逃げるという選択肢があるにもかかわらず、僕はハズレのもうひとつを引いた。


 人生で遭遇したことのない初めての状況に、他人事だというのにドキドキしてしまっている。


「ごめんなさい」


 相手の返事はノー。


 冷めたような声で吐き捨てたその言葉に、せめてもの慈悲など一ミリもない。


 完全拒絶を示すものだった。


「なん、え………」


 なんで。

 この男は、相手からいい返事が聞けると信じて告白に挑んだのだろうか。


「俺の何がいけないんだよ!?誰だったらお前は振り向くんだよ!!」


 文句を言うことすら諦めて、何がダメなのだと問い掛けはじめた。


「そうね、断られたのにも関わらずしつこく粘ってくるその度胸が嫌いだわ」


 問いに対してまたも冷徹な言葉を投げ捨てる。


「くっ………!」


 完全敗北した男は逃げるようにしてこちらに走ってきた。


 どうする、自分も逃げるかと考えた時にはその男子生徒が僕の前を通り過ぎた。


 隣のクラスのイケメン佐藤くんだった。


 あんなできた男を振ったのはどこの完璧美少女だよと思っていると、当の本人もこちらに向かって歩いてきた。


「あれ、凪くん?」


 為す術なく壁に同化しようとしたが、そんな事できるはずもなかった。


「え、あ、桜ヶ丘さん………?」


 想像していた人物とはかけ離れて、まさかの正体が桜ヶ丘さんであった。


「何でここにいる?」


「あ、その、自販機に用があって」


 嘘はついていない。

 たまたまそこで誰かが誰かに告白していただけなのだ。


 自販機に小銭を入れ、水を買う。


 もう一つ分のお金を入れると、横から桜ヶ丘さんがボタンを押した。


「あ」


 出てきたのは250mlのオレンジジュース。


「これで許してあげる。いいよね?」


「……はい」


 桜ヶ丘さんの意味ありげに言ったことを即座に理解した。


「ほら、授業始まっちゃうよ。早く教室行こ」





「あれ俺の分は?!」


「……ごめん」

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