見崎真理の事件簿
小説家という職業を続けていると、その性質上様々な知識が増えていく。
例えばフィクション上の物事を表す単語の一つに『巻き込まれ体質』というものがある。
ようするに何かしら突拍子もない出来事に巻き込まれやすいということだ。超常現象に頻繁に遭遇したり、おかしな人とよく会ったり。不幸体質と言い換えてもいいかもしれない。だってわざわざ変な出来事が向こうから歩いてくるなんて、鬱陶しい以外の何物でもないだろう。酒を飲んでいるときならいざ知らず、素面でそういう出来事と相対するはまっぴらごめんというのが本音だ。
小説家という職業を生業にしておいて、そんな態度はどうなんだと思われる方もいるだろう。しかしよく考えてみて欲しい。プロレス選手だって四六時中体と体でぶつかりあっているわけではないのだ。小説家だって常に小説のことで頭がいっぱいなわけがない。どんな職業であっても今日の洗濯は洗剤が足りないかもしれないとか、今日の夕食は何にしようとか、出費のどこまでを経費にしていいものかとか、とにかく考えることは無数にあり、小説家というのはその一部が小説という方向に向けられているにすぎないのだ。
「何か変なこと考えていない?」
黒いセーラー服に赤いリボンを身に着け、私の右手をしかと握りしめた少女が言う。彼女の誘いで今日はわざわざ遠出をして、船を経由しなければ来られないような旅館に来ているのだ。私は彼女の保護者という立場ではあるが血の繋がりはなく、強いて言うなら居候が最も近い言葉だろうか。
彼女の名前は見崎マリ。うら若き中学二年生にして、生粋の人嫌いである。
「別にマリが考えているようなことは何も考えていないと思うよ」
「出た。そういう言い回しやめた方がいいんじゃない?」
「二十数年この話し方だから今更変えたところで、でしょ」
特に中身のない話をしながら旅館への道を歩く。人間がいる音が全くせず、雑音という雑音が排除された空間は異質だ。私たちの足が立てるじゃりという音だけがあたりに響く。
「どうしてこんなところに来ようと思ったの?」
「静かなところで生きたいなって思ったから」
「引きこもりらしい発想だ」
「引きこもりじゃない。何故ならちゃんと週一で学校には行っているから」
「そうだね、マリは偉いね」
頭を撫でると「やめて」と逃げられる。けれど手を繋いでいる関係上、そんな遠くに逃げられるはずもなく。あえなく彼女の頭は私の手のひらに収まった。サラサラとした手触りを楽しんでいると、不意にマリが立ち止まる。すっと前方を指差す。
「あれ、何?」
「なんだろうねぇ」
見えているけどすっとぼける。だってそうだろう。
死体漁りなんて、小説家の仕事の範疇じゃない。
〇
電波が通じない、定期船がなければ本島に戻ることができない。本日の定期船は最終便だった。そんな場所に見つけられた一つの死体。これらの事実から導かれるのはすなわち、ミステリーものの世界に迷い込んだかのような現実だった。クローズド・サークルなんて、私一人だったら確実に遭遇していない事態だろう。こうなった原因はマリにある。
マリと行動するといつもそうだ。彼女は普通ではない事態、とりわけ不吉な出来事に遭遇しやすい。偶然とかいうレベルではなく、外出すればほぼ確実に何かが起こると考えていい。だからある程度のことは想定の範囲内で収まるわけだけど。
「殺人事件は三回目だっけ?」
「四回目。あなた、それでも小説家?」
呆れたように私を見上げるマリの冷めた視線は無視して、現場に残された人の確認を行う。青年とその彼女、初老の男性、旅館の女将、女料理人といったところだろうか。あとはしがない女小説家と女子中学生。
ああ、死体も忘れているわけではない。旅館に向かう道の途中に放っておかれていた彼は、どうやら誰とも面識がないらしい。そんなことあるかぁ? なんて思いながら話を聞いていると、若い女性が金切り声をあげた。
「どうして電波が通じないのよ! 何か連絡する手段は? ないんですか!?」
女将さんに詰め寄っている。あったらとっくにしているだろうに、女将さんも大変そうだ。
女性の片割れらしき青年が「まあまあ」と彼女を宥めながら発言する。
「僕たち、今からここで一日過ごさないといけないんですよね? だったら軽く自己紹介なりなんなりしておいた方がいいと思うんですけど」
おお、主人公気質と思った矢先、彼は余計な一言も付け加えた。
「この中に殺人犯がいるかもしれないんですし」
その一言で場に緊張が走る。手で顔を覆う女将さんの姿が憐れだ。こんな事件があったら客足にも響くだろうし心中お察しする。もしかしたらミステリー好きの変態たちは集まってくるかもしれないが、それだって本来の客数からすれば微々たるものだろう。
各々年齢と名前、素性を言う流れになり、次々と発言していく。
内藤文也、二十一歳。大学生。
那須川こころ、二十一歳。大学生。
茂川正、五十三歳。会社員。
金宮牡丹、四十六歳。旅館の女将。
高梨絵里、三十八歳。料理人。
「私は佐藤花子、二十歳。無職です」
全員の軽いプロフィール語りの後、私たちも発言せざるを得なくなり、仕方なく年齢を晒す。個人情報保護法の観点に基づき、名前は適当なものをでっち上げた。が、マリが「何言ってるの?」と言い出したのですべてがご破算になる。
「えー、冗談です。司波ほどき、二十七歳。職業は小説家です」
マリ以外の五人が胡散臭いものを見る目でこちらを見ている。そのうち初老の茂川さんが「司波ほどきで小説家って、あの?」とか言い出すものだからたまらない。
「そうやって言われたくないから嘘吐きました」
すみませんと言って発言を終わる。次はマリの番だ。
「見崎マリ、十四歳の女子中学生です」
ついでに、とマリはピンと右手の人差し指を一人に向けてから言う。
「その人、犯人ですよ」
またかと思わざるを得ない。マリはこういったとき、ごっこ遊びの気分で犯人を探す。そしてそのまま言い当ててしまうのだ。探偵気質なのだろう。少なくとも私は彼女が犯人を外したところを見たことがない。
フィクションの世界であればそれは非難されて然るべき性質だろう。推理も証拠も何もなく、直感だけで犯人を言い当てるなんて。しかし私たち当事者からすればさっさと犯人がわかるにこしたことはないのだ。
犯人とされたその人物が動くよりも早く、私は動く。さっさと押し倒して手を背中に動かし、ポーチの中のタオルできつめに縛った。
「何をするんですか!」
主人公気質の内藤青年が声を上げる。正義感のある彼からしてみれば、私が女子中学生の発言に従って唐突に人を縛り上げたのだから、言いたいことはたくさんあるだろう。
「あー、じゃあ私も一緒に縛って、みんなで明日まで監視しといてくださいよ」
そう言うと私の座布団となっている那須川こころは先ほどのような金切り声をあげた。そんな声をあげたところで助けも来ないし、彼女が犯人だという事実が変わるわけでもないのに。
〇
次の日にやってきた警察により現場検証やら事情聴取やらが行われた。私たち、特にマリが多く事情を聞かれていたようだ。まあこれで四回目の殺人事件遭遇なわけだし、疑いたくなる気持ちもわかる。客観的に見れば怪しいのは私たちだろう。結局逮捕されたのは那須川こころさん(二十一歳)だったわけだけど。主人公気質の内藤青年は、きっと彼女の更生にも付き合ってあげるに違いない。悲劇のヒロインを見捨てたりするようでは、そのような気質は務まらないからだ。
「ほどき、今回の事件って話にするの?」
自宅に帰った後、マリから聞かれる。パソコンの画面とにらめっこしながら答える。
「話になんてならないよ。推理のないミステリーなんて」
つまんな~いとソファに寝転ぶマリを横目に、私はキーボードを叩き続ける。
見崎真理の事件簿、第四巻の内容は決まっていた。
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