私の部屋にロリっ娘がやってきた

芳乃しう 

私の部屋にロリっ娘がやってきた

私の部屋にロリっ娘がやってきた。いや昨今の社会的状況を鑑みるに「ロリ」という言葉は相応しくないのかもしれない。目測では身長150cmほどと思われる銀髪の少女が1K家賃7万円、大学生の部屋の戸を叩いたのである。一瞬、配達屋さんかなと思ったりした。出不精というか夏休みに入ってから大学に行くことも無くなったしわざわざ外に出る必要もなく、電脳世界というのはいやはやしかし便利なもので頼んだものは次の日に届くし全ての娯楽はそれで済ますことができている。運動? 私は太らない体質だから大丈夫だ。そんな訳で今朝頼んだ清涼飲料水がもう届いたのかな、インターホン押したらいいのに、とか思いながらドアを開けた先にいたのがロリっ娘だった。暑さで頭がイカれたのかな、とか思ったけどクーラーはつけっぱなしだから外との気温の差で頭がイカれたのかなと思って、一旦そっとドアを閉じた。夏が産んだ幻覚か、あの吸い付くような肌には汗が。熱気で少し暖かくなった玄関に私は立ち尽くした。腕組みをして考えるポーズを取ってみる。ポーズを取っただけなので分からないものは分からない。私の知り合いの範囲内にロリっ娘はいないように思うし、元々知り合いもそんなにいなかったようにも思う。だったら従姉妹にあんな子がいたっけ? いや違うな従姉妹はみんな実家の弘前近くに住んでいる。じゃあ誰? ピンポーン。インターホンが鳴った。テレビモニターを確認すると、まだロリはそこにいた。はて、と首を傾げている。なんだかよく分からないので、私は彼女とコミュニケーションをとることにした。ドアを開ける。

「今日は35度、最高気温です、中に入れてください」

私を見るなりいきなりそう言うもんだから驚いたけど

「どうぞ」

と、とりあえず言った。目が紫陽花のように綺麗だなと思った。


「ふぅ、涼しいですねこの部屋は」

オサレな黒リュックをベットの上に置いて、彼女はちょこんとそこに座った。私はドアを開けるためだけに着ていたTシャツを脱ぐ。裸ではない、ちゃんとブラは身につけている。ベットに座っていたロリもYシャツを脱いだ。必要かわからないブラが可愛い。1Kに半裸の女子二人。なんかこう、怒られないかな大家さんとかに。この場合、公的機関に捕まるのは間違いなく私だが、そん時にゃロリにも非がある事を理路整然とした口調で語ってやろうと思う。駄目だ、刑が増える未来しか見えない。私が煩悶しているとロリがエアコンのリモコンを手に取った。まじまじと18度の数字を見て、温度を3度上げた。すかさず私は3度下げる。無言で睨み合う私とロリ。そのうちロリは諦めたのか不満そうな顔で黒リュックから白いTシャツを取り出して着た。Dogと書かれたTシャツには犬の絵が下にプリントされている。

「改めて、あなたは誰?」

「中学3年生です」

「もう少し具体的に」

「私の体の70パーセントは水です」

「熱でやられたAIか君は」

「ワタシは割と近所から来た宇宙人です」

「どの辺から?」

「サカセガワデス」

「鬼近所じゃん、夙川から乗り換えてここまできただろう」

「甲東園から歩いて来ました」

「最近の中学生フィジカル強すぎない?」

「......」

ピッ。ロリ、もとい彼女がエアコンを消した。コンニャロ。私は夏場の電気代に詳しい。だからエアコンは付け直すには30分ぐらい間隔を空けないといけないと電気代が嵩む事を知っていた。

「久しぶりに、外でも出ますか......」

「洗濯物を出しといていいですか」

彼女の声は、平坦だった。

「いいよ」

そう言って、ワレワレは外に出ることにした。


外の日差しは暑いというよりも熱く、というかもはや痛かった。日傘を持ってこればよかったなと思いながら日焼け止めを塗って、彼女にも日焼け止めと虫除けスプレーをかけた。

「私は虫じゃないです、宇宙人です」

「殺虫剤じゃないわよ。それに、宇宙人も虫に噛まれたくないでしょ」

「宇宙人はコスモパワーで蚊に刺されないのです」

「すごいなコスモパワー。私にも分けてよ」

「月額1200円のサブスクです」

「微妙に払いたくない金額ね......」

「ちなみに月額5000円コースは配送料が無料です」

「何の?」

「え、パンとか?」

「しっかり考えなさいよ」

線路沿いを歩きながら私たちは駅に向かう。正確には半歩前を歩く私を彼女が追ってきている。何歩か歩いて後ろを見る。そして、前を向く。彼女はDogTシャツにショートパンツ、そして足にはサンダル。実に夏らしい格好をしていた。私の格好は、家からソノママと言った感じである。いささか面白みに欠ける。甲陽園駅周辺には人っ子一人いる気配もなく、駅構内もがらんとしていた。子供達の夏休みは真っ盛りであるはずだが、同時期に気温も真っ盛りになるからであろう。

「はい、ふってふってゼリー」

「ありがとうございます」

シャカシャカと、ふってふってゼリーを彼女は熱心に振る。彼女と私はベンチに座り、電車が来るのを待つ。ベンチはひんやりしていた。とても暑いのだけれど、駅の中にも時折、涼しげな風が吹いていた。

「夏ですねぇ」

液状になったゼリーをごくごく飲みながら彼女はそう言った。

「そうだね」

ぼーっと斜め上を向いて私は応える。

「どれだけ年月が経っても、夏だけはワクワクと楽しみで溢れている気がします」

「ポエティックだねぇ」

「茜さんはそうでもないですか?」

「さぁどうだろう。暑いのは嫌だし、外で過ごすには適していないね」

「嫌いですか? 夏は」

「でも、不思議と嫌いにはなれない」

「そうですか」

セミの鳴く声がよく聞こえる。私は沈黙が嫌いだ。お互いがお互い気を使って、何かを探し続けているようで。だけどこの瞬間の沈黙は、どこか心地がよかった。何をするわけでもなく私はぼーっと彼女はごくごく、ぷはっと熱心に飲み物を飲んでいる。そのうち電車が来て、おそらく北高生と思わしきまばらな人を見送って、私たちは電車に乗り込んだ。


「私たち以外に誰も乗客はいなかった。そんな独白が流れそうなぐらい誰もいませんね」

「だね」

電車の中はがらんとしていた。私はなんとなく立ち上がって右手の指をピースの形にして、右目がそのピースに挟まるような、キャピっ☆としたポーズを取ってみた。誰もいないんだ、何をしてもいいだろう!

「え......」

彼女の何してんだこいつ、という目が痛い。ごめんって。私は大人しく彼女の隣に座り、夙川までの短い区間のことを思った。

「今は夏だけどね、春になると夙川の桜がとても綺麗なんだよ」

「いいですねぇ。花見で一杯」

「そして秋には月見で一杯。じゃなくて未成年でしょ」

「たった5年の違いです」

「若いほど、歳の重要度は上がるもんよ」

 私は今年で何歳になるんだっけ。17歳から数えなくなったから分からないや。私がこの子の歳の時、こんなふうに可愛らしかったのだろうか。こんな風に、大人びていたのだろうか。そんな益体のないことを思いながら、時たま思い出したように彼女と話をしているうちに電車は夙川駅に着いた。駅構内にある成城石井で私は濃いジンジャーエールと、彼女が勝手にカゴに入れた外国産のウエハースを購入した。むしゃむしゃと齧る姿はどこかリスみたいで可愛いなと思った。

「可愛い、リスみたい」

「食べます? いい値段するだけあって美味しいです」

「私のお金で買ったんだけど」

「茜さんがグダグダしていたから食べ終わっちゃいました」

「食べたかったよ!」

夙川駅は阪急梅田へ向かう電車と神戸三宮・新開地方面に行く電車がある。大阪梅田は大都会、三宮も動物園があってイイ。けれどどのみち終点近くまで行くのは遠いので、最初から西宮北口に行くことにしていた。現在時刻は午後12時ちょうど。ご飯を食べるのには丁度いい。夙川駅の人影はまばらで、制服の中高生やサラリーマンらしきスーツの人々、そして私と彼女のようななんとも「今日はお休みです!」と言った感じの人々が駅構内に点在している。世の一般大学生ももちろんその中に入る。割合自由が効いて、年中休みのようなものなのである。


 西宮北口は人が多かった。駅の中心にあるミスト発生機がその許容範囲量をはるかに超えた人々を冷やそうと猛然と音を立てていた。

「人多っ」

「あそこ多分涼しくないです」

「早く我らがオアシスに飛び込もう」

「スーパーですか?」

「そのオアシスじゃない。我らがオアシス、西宮ガーデンズだよ!」

「はぁ、なるほど」

すっごい興味なさそう。私たちはてくてくするすると人混みを抜けて西宮ガーデンズに向かった。動く歩道の交通量はもはや何もないただの歩道を歩いたほうが早く先に進めるのではないかと思うほどであり、その通り私たちは動かない歩道を歩きささやかな逆説的時間短縮に成功した。そして自動ドアを通って、中に入る。ヒヤッとした感触が私の体の全体を通り抜ける。

「涼しいぃ!」

「涼しいですねぇ」

そう、これだ、これこそが夏だ。私の夏はここから始まる。その素晴らしさは何にも変え難い! 私は彼女にこの感情の高まりを伝えようと顔をその方向に向けた。

「えっ」

私は少しびっくりした。私の感情が昂っていたからそう見えていただけなのかもしれない。けれど、そうだとしても。私の目が映す彼女には、感情が感じられなかった。無表情で、何を考えているのか読めない。紫陽花のように美しい色合いの目には、光が伴っていなかった。どうして。クーラーはこんなに涼しくて、最高なのに。私は館内で歩きながら彼女に私の夏が始まったことを仔細に語り続けた。その無表情の中にも夏に対する人類が普遍的共通的に持つ「熱い外からクーラーが効いた商業施設に入る嬉しみ」を共感してもらうために。しかし私の説得を彼女は「はぁ」とか「そうですね」とか軽くあしらい続け、とても悲しい悲しいと思いながら館内を歩いていた。インフォメーションセンターに行くと館内イベント一覧の一覧が貼られていた。アイドルのライブ、握手会。ヒーローショー。そして

「あっ! かき氷だって!」

スカイガーデンでかき氷が売られていることが書いていた。一杯500円という法外な値段だが、これは行くしかない。晴天の下、芝生がよく映えるはずだ。


段々になった休憩所の一番上に私たちは座った。小学生ぐらいの子供たちが真ん中に設置された噴水に濡れるのも気にせず駆け回り、とても楽しそうだった。いかにも夏という感じである。彼女はブルーハワイのかき氷を片手に持ち、私はイチゴのかき氷を頬張りながら、ブルーハワイをゆっくりと食べる彼女を見ていた。

「楽しく笑う子供達を見ていると、私は悲しい気持ちになります」

独り言のように彼女はそう言った。声は平坦で、どこか遠くを見るように。

「あの子達は私たちより、若くて経験もない。経験がないということはこれから経験することで、それが楽しいことばかりではないのは少しだけ長く生きただけの私にも分かります。コケて怪我をして泣くかもしれないし、こっぴどく他人から怒られるかもしれない。今がどれだけ楽しくても、それを避けることはできないんです」

なんて応えるべきなのか、私にはわからなかった。

「あなたは、今幸せ?」

ただ、そう聞いてみた。

「......」

彼女は自分の膝の間に顔を埋めた。そして

「分かんない」

と一言だけ発した。私は何も言えなかった。


それから私たちはショッピングをした。

「しばらくお世話になります」

「お世話させていただきます」

という会話が発端である。もちろん思うところがないわけじゃない。彼女はなぜ私の家に来たんだろう。このままでは未成年誘拐で捕まるんじゃないか、本当に取調室で弁明をしなければいけないのでは。必死に未成年のロリっ娘を家に匿った合理的な理由を考えなくちゃいけないのでは!と。だけど差し当たり、私は待つことにした。彼女が話してくれるまで、その時まで待つ。

「よし、 行こうか」

少し冷たい彼女の手を取って、私たちは生活に必要不必要関係なく色々と見て回った。衣料物店で服を買いホームセンターで日用雑貨を買い楽器屋のサンプルピアノでジムノペディを弾き大正風のハイカラなお店でオムライスを頬張った。店内を回る時の彼女は普通の中学生らしさを持つように感じられた。普通の中学生のように買い物をして、私のどうでもいい事に対して極めてどうでもよさそうに言葉を返していた。それは存外、心地が良かった。


家に帰ってきて二人で家事をして二人でお風呂に入った後、手持ち無沙汰にBL小説を読んでいた私に彼女が声をかけた。

「少し、散歩でもしませんか」

「うん」

私は二つ返事で応答し、それならと

「西宮北高校にでも行こうか」

と言った。


8月の夜は涼しい日もあれば嘘だろと思うほどの暑さを携えていることもある。今日は前者で、つまりとても快適だった。私が下宿しているアパートは甲陽園駅から歩いて10分ほどの神園町にある。西宮北高校に行くには銀水橋を渡り、長い坂道を延々と30分ほど歩く。なので通常営業の私ならそんなことはしないが、今日の私はテンションが高かったので勢いでそう言ってしまった。涼しいけど暑くなってきた。

「暑いよぉ、暑い暑い」

「うるさいです」

と言った具合に私たちはいろいろ間違えた夜のピクニックをした。西宮北高校に着いた頃にはもうお互い息も上がって、校門前の少し突き出た石の台に二人並んで座りこんだ。お互いに言葉を発さず、黙々と麦茶を飲み続ける。時々、立ち上がって坂の上に立つと、眼下に西宮と神戸の街が映った。キラキラとしていて、散歩に来た後悔が吹き飛ぶようだった。彼女も、私の隣に立った。

「綺麗ですねぇ」

「うん」

周りの静寂も心地がいい。世界で彼女と私だけがそこにいるような、そんな気分だった。街灯がスポットライトのように私たちを照らしていた。彼女が私に手招きした。私は招かれるまま耳を傾ける。そうすると、彼女は話し始めた。


「私は家族のことがずっと好きだった。お父さんとお母さん、そして妹。お父さんとお母さんは私がテストでいい点数を取るといつも喜んでくれた。ご褒美だって言って夜ご飯が豪華になった。喜ぶお父さんとお母さんの顔を見たくて私はいっぱい頑張った。難関中学に合格した時は今までにないぐらい喜んで、そんなお父さんとお母さんを見て私はとても嬉しかった。妹は、昔から変な子だった。言葉は少なくて、幼稚園でも小学校でも誰とも仲が良くなくて、いつも端っこで本を読んでいるような、砂場で1人でお城を作るような子供だった。お母さんとお父さんはいつも妹を気味悪がった。お姉ちゃんはできるのに、お姉ちゃんはこんなに優秀なのに、どこかに診てもらったほうがいいんじゃないかしら、俺の知り合いに医者になった奴がいるぞ、とか。私は、好きだった。妹を愛していた。言葉を交わさなくても、例えば絵を描いていたら、妹が横に座って私の真似をするように絵を描いて。アニメを見ていたら、私の手を握って同じようにアニメを見ていた。だから、最初は嬉しかった。小学4年生の時に妹が才能を開花させたことを。私と同じ中学に通わせるためにお父さんとお母さんは妹に私が使っていたテキストを渡してみた。そしたら、3ヶ月もしないうちに全部完璧にしてしまった。算数が得意だった。数学が得意だった。幾何学が得意だった。線形代数が得意だった。そして、私の知らない数学が得意になった。両親は喜んだ。天才だ、天才だ、と。それまでの目じゃなかった。正常じゃない人間を見る目から、無闇矢鱈に目を光らせるようになった。今の彼女に両親がかける言葉は社会でちゃんとやっていけるのかしら、だろうか。じゃなくて、この子は歴史に名を残す鬼才だ、とか、フィールズ賞を取るんじゃないか、とか、あとは同じような質を持った言葉をいっぱい言っていた。どこかからオカネモチがやってきた。娘さんを支援したい。私の財団で彼女の能力を全て引き出せるようにしたい。って。最初は妹が家からいなくなった。週1回、2回、3回、4回、5回、6回、そして7回。お母さんとお父さんも、だんだん家に帰らなくなった。送り迎えなんだって。誰も帰ってこないのに。どれだけいい点数を取っても夜ご飯は豪華にならなかった。それで、気付いたら夜ご飯は無機質なお札に変わっていた。私の家が、私とお母さんとお父さんと妹の家が、形だけ残った。ミニチュアみたいに無機質で、その中に私だけ残された。茜さんのお父さんと私のお父さんが親戚なんだって、今まで知らなかったけど。だから夏休みの間だけ、置いてくれって話らしい。私以外はどこか遠くに行くから。でもね、でも。それでも、私は大好きなの。妹が大好きなの。お父さんも、お母さんも大好きなの。みんなでご飯を食べるのが大好きなの。優しく勉強を教えてくれるお父さんが大好きなの、お母さんの少し焦げたオムライスが大好きなの、じっと私の手を握る妹が、大好きなの。でもね、もうどうしようもない。もう、直らない。私はどうすればいいのか、私はどうすればよかったのか、分からない」


私は彼女を抱きしめた。力一杯抱きしめて、離さないようにした。

「......」

彼女は静かに泣いていた。毅然とした態度はそこには無い。私は彼女をずっと抱いていた。ずっと、ずっと。夜景の光が消え始めても、ずっと。彼女が、私の腕の中でモゾモゾと動く。ゆっくりと、手を外す。

「ちょっと苦しいです......茜さん」

涙を拭いながら、彼女はそう言った。

「いつまでいててもいい」

私も泣きながらそう言った。彼女は空を見上げた。その横顔はとても美しく、大人びていた。だけど、顔を歪ませて

「ありがとう」

と言った顔は子供そのものだった。

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