5.交際4ヶ月

【彼氏とのクリスマス】


12月上旬。

私がリチカを殺してから数日がたった。

しかし、リチカの死が学校で問題になることも、テレビなどでニュースになることも一切なかった。そして、古瀬がチクるようなこともなかった。

もしかしたらリチカの事は単なる事故として処理されたのかもしれない。それなら私にとっては好都合だ。あんな裏切り者のことは忘れて、先輩とのクリスマスのことを考えよう。


『カリト先輩。クリスマスの日、会えますか?』


メッセージを送る。

しかし、いつもながらにつかない既読。

忙しいんだな…

よし!メッセージは時間ある時にまとめて読んでもらえればいいし、プレゼントの事とか色々考えよう!


12月24日。

とうとうこの日がやってきた。

でも、先輩からの連絡は一切無い。

街はカップルで溢れかえっているが、私は一人。


私の心とは対照的に明るく賑やかな街をあてもなく歩いていた。


「ルチア」


突如聞こえた聞き覚えのある優しい声。

この声は…カリト先輩?!


人混みの中、私は懸命に先輩を探す。

会えるかもしれない…

ほんの少しでいいの…

カリト先輩に会いたい…!


「あっ…!」


数メートル先に先輩を見つけた。

私の心は一瞬にして明るくなった。

人混みをかき分け先輩の方へと進む。


「カリトせんぱ…」


「伊勢崎先輩♡」


…え…?


先輩の傍には、先輩と腕を組み楽しそうに微笑む女がいた。

その女は…


「古瀬……?!」


え…どういうこと?

何で先輩が古瀬なんかと…?


頭の中が真っ白になった。


私は状況を飲み込めないまま、2人の後をつけた。






少しした頃、先輩と古瀬が離れた。

チャンスだ。

私は古瀬の方へ歩み寄り、呼び掛けた。


「古瀬さん♪」





【真実】


抵抗しようとする古瀬の手首を引っ張り、私は古瀬を人気の無い裏路地に連れ込んだ。


「痛いっ…やめて!何するの?!」


古瀬の被害者ぶったその台詞で、私の頭に血が上った。私は古瀬を壁際に追いやり、胸倉を掴んだ。


「お前…地味でキモい根暗女のクセに何先輩に色目使ってんだよ!立場弁えろよブス!」


怯えた目で私を見つめる古瀬に、私は容赦無く暴言を吐く。


「あのさぁ、カリト先輩には私みたいな女が釣り合うの!アンタみたいにクラスに友達1人もいなくて存在感も生きてる価値も無いような奴が先輩と付き合おうなんて厚かましいんだよ!」


流石に言いすぎたか、古瀬は涙目になっていた。しかし、私の怒りは治まらない。


「いい加減現実見ろよ!どう頑張ったって先輩の彼女はこの私なんだよ!これ以上しつこく付き纏うならアンタも殺すわよ?!古瀬沙依!!」


「え……」


私がとどめの一言を言った刹那、さっきまで泣きそうな顔をしていた古瀬が不思議そうな顔に変わった。


「い…今…私の事何て言った…?」


とぼけたような顔をする古瀬。

こいつ…どこまで私を…


「聞こえなかったの?!これ以上付き纏うならアンタを殺すって…」


「ううん。そうじゃない。その後、名前言ったよね?何て…」


この根暗女…本当意味がわからない。

陰キャのクセにこの私をからかうなんて…


「アンタの名前を言っただけでしょ?古瀬沙依。」


私は疲れたように言い捨てた。

すると、古瀬は驚いた様子でこう言った。






「何言ってるの?古瀬さんはあなたでしょう?」






「…は?」


この期に及んで意味不明な冗談を言い出す古瀬。

私は一瞬固まってしまったが、すぐに古瀬を睨みつけた。


「アンタねぇ、何くだらないこと言ってんの?私はルチアよ?雪浪琉知愛《ユキナミルチア》。クラスでは一軍で友達だって沢山いてカリト先輩と付き合ってる雪浪琉知愛!私が古瀬沙依?!キモいんだよクソ陰キャ!」


吐き捨てた私に、古瀬は何かをサッと差し出した。そこに写っているのは古瀬の醜い顔。でもその服装は…


…私…?


「古瀬さん…古瀬沙依さんはあなたよ?私が雪浪琉知愛。古瀬さんの何がどうなってそんな勘違いしてるのか知らないけど、雪浪琉知愛は私の名前で伊勢崎先輩と付き合ってるのも私なの。ねえ、目覚まして。」


意味の分からない事を言う女。

しかし、その女の顔は紛れもなく『雪浪琉知愛』…


「いや…嘘……嘘よ…私が古瀬沙依なわけ無いでしょ?こんなに汚くて醜くて暗いブス…こんなの私じゃない…私じゃない…私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃないっ!!」


私は醜い顔が映し出された鏡を振り払った。

ガシャーンと鏡が割れる音。

しかし、女は落ちた自分の鏡を拾おうともせず、私の肩に手を置いた。


「古瀬さん、そんなに自分を蔑まないで。古瀬さんは醜くなんかないよ。今まで古瀬さんが先輩にしてきたことも、事情話せば先輩も許してくれると思うよ。だから…」


「ふふふふふふ…」


私の笑い声が女の…ルチアの言葉をかき消した。


雪浪琉知愛…容姿が良くて声が可愛くて性格も良い完璧な女…だから私はこの女になりたかった。どんな手を使ってでもこの女に…。でももうそれは出来ない。それなら…


「私、リチカ殺しの自首するわ。」


「え?」


私が何を言っているのか分からないのだろうか?不思議そうに私を見るルチア。


「私が古瀬沙依として底辺で生きるっていうのに…アンタはカリト先輩と幸せになるなんて絶対に許さない…。でも、リチカ殺しを警察に言えばどうなると思う?私が少年院に入れられるのは勿論だけど、あの場を目撃して黙ってたアンタも罪に問われるわよ?そうなれば先輩だってアンタを捨てるはず…フフフ…堕ちるならアンタも道連れよ!」


ざまあみろ…ちょっと容姿が良いからって調子に乗りやがって…

でももうそんな綺麗なアンタも終わり。

今まで傷ひとつないであろうアンタの人生に汚点がつくわね!


私は勝ち誇ったように笑った。


しかし、




「古瀬さん…りちかって誰?」


ルチアはまた不思議そうに私を見た。

この女、元クラスメイトの事も平気で忘れるんだ…案外性格良くないのかもね。


「11月に私が屋上から突き落とした私の隣の席だった華南理誓《カナンリチカ》よ。もう忘れたの?リチカを殺した時、偶然アンタが屋上の出入り口に立ってて口止めしたでしょ?」


「口止め…」


やっと思い出したか。一瞬そう思ったが、次にルチアの口から出たのは予想外の台詞だった。


「あのさ…凄く言いにくいんだけど…古瀬さんの隣の席、元々誰もいないんだよ?それに、私が屋上で古瀬さん見た時…古瀬さん、1人で暴れてた…」


「…は…?」


この女…何言ってんの…?

リチカが…元々いない?


「だから…あの時屋上で古瀬さんが人殺したなんてことは無いと思うよ。古瀬さん、あんまり変なこと考えない方が…」


グサッ






【ジングルベル】


♪ジングルベルジングルベル鈴が鳴る…


汚いゴミを片付けるのに時間かかっちゃった。

でももうそんなのどうでもいい。

私は先輩の元へ戻るの。


人気の無い、自動販売機が立ち並ぶ場所。

そこに先輩の姿が見えた。

「先輩〜♡」

駆け寄る私に気付いた先輩。

でも、先輩の目は私の顔を見た瞬間、汚物を見るような目に変わった。

「ねえ、何でそんな顔するんですか?」

「私の事好きでしょう?」

「逃げないで下さいよ〜」

「私はあなたの彼女、雪浪琉知愛ですよ♡」


「やめろっ!」


先輩が振り払った手が私の顔面を直撃した。


「もぅ…先輩やめて下さいよ〜。『化けの皮』が剥がれちゃうじゃないですか。」


先輩は大好き。でも暴れる先輩てちょっとうざいなぁ…








…殺そ。






降り積もった雪の上には、真っ赤になった先輩が横たわっていた。

もう先輩に私の姿は見えない…

なら『これ』はもういらないよね?

私は顔に被っていたものを脱ぎ、それを雪にそっと埋めた。


あーあ。

なんでこうなったのかな?

私はただカリト先輩と幸せになりたかっただけなのに…

でも、もうどうでもいいや。


私はポケットからスマホを取り出し、110を押した。

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