第4話 事件
愚直に剣を振る。しかし、最初の頃のような高揚感はすでに無かった。
「(やっぱり、実際に戦う方がいいのか?、ただ剣を振り続けるのは面白くないな。かといって山に行くわけにもいかないしな。)」
山に入って良いのは成人男性だけ。未成年が入れば咎められる。特にアーサーは村の者ではないため、それがより激しくなるのは容易く想像できる。アーサーは拾い子、それだけでどうしても異分子となる。何より黒髪が自分だけというのも拍車をかけていた。見た目が違う、閉鎖された社会でその差は大きい。
男は洞察力が優れている。アーサーがそのように思ったことは一度だけではない。
「…アーサー、最近レインとは仲良くしてないのか?」
唐突に発せられる問い。若干戸惑うも、それだけだ。
「…まあ、あまり一緒に行動はしてないかな。」
「…喧嘩でもしたのか?」
男は踏み込むべきか迷った。だが、結局は踏み込んだ。一人でも信頼できる人は多いほうがいい、そう考えて。だが、アーサーは男でさえ心から信頼できていないのだ。ましてやレインを信頼するなど、どうしてできようか。
アーサーは十二歳、そろそろ人格が完成し始め、自分の軸を作り上げる年齢。このときに人を信じられないと後天的に信じるようになるのは困難だ。人を信じられないと大きなデメリットになる、今はまだその本当の意味でのデメリットは理解できていない。
「まあ、…そうなるの、かな?」
「すぐに仲直りしたほうがいい。後になればなるほど謝りづらくなる。」
なるほど、確かに謝りづらい。だが孤独にも慣れてきた。柵がない、それがアーサーにとって甘美に思えた。他者は敵、そこまでは思わないが味方とも思えない。なら関わらずに済むなら、それがベター。何よりも身軽で楽だった。だからこそ――
「…………。」
素直に頷けなかった。
「…まあ、今すぐとは言わない。だが仲直りはしなさい。」
「…………。」
男はそれ以上踏み込むのを止めた。子供には子供の事情がある事を知っていたから。それでもこの時ばかりは踏み込むべきであった、アーサーのことを思うなら。
「(別にいいか、独りでも。どうせこの村を出るからな、仲直りする意味がない。それに仲直りしたら、振り回されそうだしな。)」
アーサーに男の想いは伝わらない。
「(どうしよう。アーサーに謝った方がいいのかな?。でも、私は悪くない、と思う。)」
たとえレインは悪くなかったとしても謝る。これが関係を改善する唯一の方法だった。一方は改善を願い、もう一方は放棄した。ならば改善を願う側が動かなければならない。しかし、レインは動かなかった、いや動けなかった。大人になれない、だから後に後悔する。
それからもアーサーがレインと和解することなく、日々の修行を続け、一年が経った。たいして大きな事件が起きることもなく、平和であった。だが―――
「何、あいつら山に入りやがったのか。」
「全く。すぐに連れ戻すぞ」
「まあ、仕方がない。俺らも小さい頃、やって怒られたしな。」
「それとこれとは別だ。早く探すぞ。」
平和とは仮初のものであった。今回起こった事もよくある話の一つ、そのはずであった。
「(ん?、いつもより村が騒がしいな。何かあったのか?、…まぁ、俺には関係ないか。)」
村の喧騒に気を取られるが、すぐさまその気持ちを切り捨てる。不純物は剣を鈍らせる、そのことを理解し始めていたから。
すでに日は落ち、辺りは薄暗くなっていた。それは山の中でも同様。
「ハァハァ、な、なんだよ、あの化け物は。クソォ、誰か助けてくれよ。」
ほんの出来心であった、山に入ってみようと。だが、運が悪かった。山奥に入り過ぎてしまい、道に迷った。それだけに留まらず、アレに遭遇した、してしまった。もう生き残っているのは自分だけ。その事実に心が折れてしまいそうになる。
「クチャ、ゴリッ、クチャ」
たまに響く鈍い音は骨でも噛み砕いているのだろうか。その様子を想像してしまい、吐き気を必死に飲み込む。早く帰りたい、村へ。ただその一心であった。
「(音を立てずに帰ろう。絶対に家に帰るんだ!!)」
泣きそうになるのを懸命に堪えて下山する。温かい家族、ご飯、布団、それらだけが少年の心の支えだった。だが、アレが後をつけてきていることには気づいていない――
「(村だ!!)」
村の明かりが見えた少年は一心不乱に駆け出す。それも仕方あるまい、まだ子供だったのだから。しかしそれがアレを刺激し――
「(あれ?、なんで空が――)」
気付いた時には数多の輝く星が見え、意識が途絶えた。
「全く、アイツらどこまで行ったんだ。この時間に帰ってないってことはだいぶ奥まで行ってしまったんだろうな。」
「成人になる前に山を経験させるのは駄目なのか?」
「何回か議論になったことはあるけど、迷子が増えるから無しって結論にいつもなるんだよな。」
「どうなんだろうな、それは。まず一回認めて、その結果を確かめたらいいと思うんだがなぁ。」
「確かにそうだな。」
たが会話はここで途切れる。感じたのだ、鉄の匂いを。頭の片隅で感じる最悪な結末を必死で否定する。そんなはずがない、と。でも現実は厳しくて――
「テッド!?」
「クソッ、何が起こったんだ。」
「気をつけろ。何かいるぞ。」
「何なんだよ、本当。」
いなくなった子供のうち、一人を発見。見るも無残な姿であった。だが、悲しむ暇はない。捕食者にエサの事情なんてどうでも良いのだから。
「グルルゥー---」
「ヒッ、なんでこいつがここに!?」
黒き狼。普通は群れで行動し、こんなところにいるはずがないのだが。
「恐らく流れてきたんだろうッ。」
「どうする、勝てねぇぞ!!」
「んなことはわかる。おいお前、すぐに村に避難するように伝えに行け。」
この中で最年少の若者に役割が言い渡される。命がかかる場面では年上から体を張っていく、これが村の暗黙のルール。命は惜しい、だが次の世代を生かさなければならない。
「わ、分かりました。」
ご武運を、頑張って、気を付けて、そんな言葉をかけられるはずもない。死ぬのは一目瞭然。今自分に出来るのは一人でも多く村人を避難させること、そのために走る。
「それにしてもどうして流れのブラックウルフがいるんだ?」
「もしかしたら群れから追放されたのかもな。」
「そんなことはどうでもいい。時間を稼ぐぞ。」
「ああ、分かってる。」
「グルルルルー----。」
命が散る。
この時代、この世界において命は必ずしも重いものではなかった。貴族ならまだしも、平民では木の葉よりも軽い。世界を変えるには力がいる。だが、世界はその者たちを切り捨ててしまった。そのツケは確実に次世代に押し寄せている。
白鬼の末裔 @sasuraibito
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