第3話 分からない
「ガアァー--」
ブラベアが襲い掛かってくる。だが―――
「タン」
伸びてきた腕の上に跳躍、そこからさらに跳躍し騎士の剣の元へ移動する。日常生活では分からないが、非日常の場で分かることもある。
「身体が軽い!!。そうだ、これだ。俺が欲しかったのは!!」
剣を取り、振り回す。初めて持ったにもかかわらず、なぜかは分からないが手に馴染む。懐かしい、嬉しい、楽しい、様々な正の感情が混ざる。
まさに今、遺伝子レベルで刻み込まれた闘争に対する才が急速に開花する。
「さて、試させてくれ。体が熱くて仕方がないんだ。」
再び伸びてくる手を躱し、その手を迎撃せんと剣を振るう。
しかし―――斬り落とせない。まだまだ成長期、斬り落とすには力が足りていなかった。だが、それは勝てないと同義ではない。
「(斬れないな。力が足りてない。なら狙うべき場所は急所!!、つまり―――)」
機を狙う。突進、パンチ、引っかき、噛みつき、すべてを異常なまでの動体視力で見切り躱す。何回も躱し、苛立たせたところで――
「ハッ」
下から上へ振るわれた剣は素晴らしい軌道で右目を抉り、間髪入れず返す刀で左目も抉る。
「急いだだろ?、ジワジワ攻めれば良かったのに。それだけで俺は死んだ。」
アーサーはそう言ったが正しくない。確かに優位はブラベアにあった、一発当てれば勝ち。相手が一般人ならば間違えるのを待っていれば勝っていただろう。だがアーサーは戦闘民族の末裔、戦闘中でも急速に成長する。
「グアァァァーーー」
痛みに苦しむブラベア、だがまだ生きている。そう、敵は生きているのだ。ならすることは―――
「お前のおかげで何が楽しいかが分かった。本当にありがとう。そして―――さようなら。」
全身全霊で剣を握り、首を切り落とさんと振る。一瞬手が止まるが――
《ドクン》
心臓が跳ねる。それと同時に込み上げる力。そして髪の一部が白に染まり――
「ストン」
ブラベアの首が落ちた。
手に残る感触、戦闘中の高揚感、勝利への歓喜、そのどれもが今まで感じることのなかった生を実感させた。これこそが生きている、こんな喜びを知ってしまえば生きながらも退屈している状態など生きていると言えないではないか。
「(楽しいなァ、戦いは。道理でつまらない訳だ、俺は生き方を間違えていた。…成人したら村を出よう。それまでは鍛えるか。…父さんに剣は頼めないよな。)」
父がいつも打っているのは日用品、武器ではない。だがアーサーが男のすべてを知っているわけでもない――
アーサーは家に帰り、いつものように振る舞う。男もまた同じ。今日も変わらぬ光景があった。永遠変わらないのではないか、そう思わせるような平穏が確かにそこにはあった。
やがて騎士とブラベアの死体が見つかり一時は大騒ぎとなったが、相打ちということで幕は閉じられた。
村は平穏を取り戻し、一見何も変わりがないように思える。だが、一人の少年に間違いなく影響を与えたのは間違いない。
「アーサー、また木の棒を振ってる。そんなことして楽しいの?」
「ああッ、凄い楽しい。」
「ふーん、私と遊ぶよりも?」
「ああっ。(ヤベッ)。いや、そうじゃ…」
「もういいよ!!、アーサーのバーカ。謝るまで許さないんだから。」
レインは頬を膨らませて走っていく。それを追うでもなく眺めるアーサー。
「(やっちまった。まぁ、いいか。一人のほうが集中できるし。)」
アーサーは去ってゆくレインがこちらをチラチラ見ているのに気付いていたが、何を求めているかまでは気付けなかった。単純に疎かったのだ、女心に。これがまたさらなるすれ違いを生んでしまう。片方は意地を張ってしまい、もう片方は興味がない故に二人が共に遊ぶ事はなくなってしまった。
今日もいつものように木の棒を振って家に帰ると男が珍しく話しかけてきた。
「…アーサー、お前は何の為に木の棒を振っている?」
「(知られてたのか。気付かれていないと思ってたんだけど。…なんて答えようかな?)」
アーサーの沈黙を答えたくないと捉えたのだろうか。
「…言いたくないならば言わなくてもいい。ただこれだけは聞いておく。……村を出るつもりか?」
男の顔は険しい。アーサーの顔も強張る。認めてもらえないかもしれない、そんな思いが胸をよぎる。それでも―――
「…そうです。」
誤魔化すような事はしたくなかった。今まで育ててもらった恩がある。それでも村から出ていくという選択をやめる気は毛頭ないが。
「…………そうか。ならば、文字と数字を学べ。無学で通じる程、世界は甘くない。」
そう言うと男は奥から書物を持ってくる。
「…これは?」
「俺の物だ。…念の為に取っておいたがまさか本当に役立つとはな。」
「…ありがとう。」
「…本当は剣を教えてやれたらいいんだが、残念ながら知らなくてな。」
「それは大丈夫、自分でするから。」
胸に感じる温かいもの。やはり自分はこの男だけには愛されて―――
「…そうか。」
だが、男は話は済んだ、もう話したくないとばかりに背を向ける。これで分からなくなる、自分は愛されているのかどうか。長く育まれた猜疑心は何が正しいのかを分からなくさせていた。これまでを振り返るとアーサーの心はたとえ裏切られても折れることがないように常に最終防衛ラインで守られていた。これも致し方ない、周りの目から心を守るには心を閉ざすしかなかった、たとえ恩人であったとしても。
それからのアーサーは毎日勉学に励み、独学で剣術にも打ち込んだ。そして次第にレインが絡んでこなくなるのも気にならなくなった。そんなことよりもやるべきことができたから。より速く、より鋭く、棒を振る。日増しに上達しているのが自分でも分かる。それが楽しい、面白い、何よりも今この瞬間を生きている、そういう感覚があった。それに村を出ていくという目標が出来た。どうなるか分からないが、ワクワクしているのも事実。
世界へ羽ばたくときはもうすぐだ。
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