第2話 運命の日

牧歌的な風景が広がるありふれた村、ここに少年はいた。

「あー、アーサー、また仕事サボってる。駄目だよ、サボったら。」

「サボってなんかいないさ。俺の分はもう終わらしている。」

「なら、他の人のも手伝って。まだ、終わっていない人だっているんだから。」

たまに腑に落ちないことがある、これもそう。どうして手伝わないといけないのか?、自分の分はすでに終わらせているというのに。

「はぁ、つまねんねぇな。」

「えっ?、なんて?」

「何でもない。分かった、やればいいんだろ、やれば。」

時々鬱屈とした気分になることがある。これからもずっとこんな風に同じ事を繰り返して生きていくのだろうか、もしそういう生き方であるならば面白くないなと。

「もう何その言い方?」

青い髪の少女が何か言っているが、もうアーサーの耳には入っていない、興味がないゆえに。基本的に淡白なのだ、少年は。それもそのはず、村の生まれではないため、周りからは腫れ物のように扱われている。表面上はそうとは分からない、だが長年一緒に暮らしていれば見えてくるものもある。例えば自分にだけあまり話しかけてこない、とか。

アーサーは少女の話すことを受け流し農作業へと戻ってゆく。きっと漫然と過ごす生活にも小さいながらも幸せはあった、そう思うのは遠い未来のこと。気付いた時にはもう遅い、これもまたよくある話。


日が暮れて家へ戻る。

「…ただいま。」

「…おかえり。」

双方とも会話が続かない。片方は気後れしているゆえ、もう片方はどう接したら良いかわからないため。

二人は黙々とご飯を食す。

「…そうだ、当分山には近寄るな。まだお前の年齢じゃ山には許可されていないが、一応言っておく。」

「どうして?」

「熊が出るそうだ。」

「わかった。」

「「…」」

これで会話が終わる。本当にどうしようもないのだ、二人のすれ違いは。言葉にすればすぐに解決となるのに。


ーー七日後ーー

「ドンドン」

誰かが戸を叩いている。大体想像はつくが―

「ハァ(あいつ)。はいはい、今開ける。…たく、レイン。わざわざ来るなよ。」

扉を開けるとそこには予想通りレインがいた。いつも独りぼっちの自分に絡んでくる変人、アーサーはそう認識している。なぜ絡んでくるかまでは思い至らなかった。至る気もなかった。どうせどうでもいい理由、そう決めつけるだけで。

「だって私が誘わないと働きに来ないでしょ?。働かない人は食べる資格なんてないの。」

「…俺はとう…、あの人に世話になってるんだけど?。」

父とさえ呼べない。自分が重荷なのではないか、自分のせいで父もまた村から腫物扱いされている、そう思ってしまっているから。また、そう思わせているとは男は気づいていない。ここでもまた、哀しいすれ違いがあった。

「ロイドさんとアーサーは別人でしょ。だからアーサーは働かないといけないの。」 

「へいへい、分かったよ。なら少し待っててくれ。」

アーサーはレインに付き合うことにした。本当に嫌であるならば断ればよかったのにそうしなかった。そこに孤独と寂しさを避けようとする無意識の行動が表れていた。所詮は子供、覚悟がなかったのだ、独りになる。

「…ちょっと働いてくる。」

「…そうか、気を付けてな。昨日も言ったが、山には行くな。」

「はい。」

アーサーは他にも何か言おうとするが、結局は何も言えず、外へ出かけるのであった。


「ハァ、全く、本当に俺は口下手だな。愛しているとさえ言えない。」

男はアーサーを息子だと思っている。だが、伝えられていない、伝わっている、そう思い込んでいた。言わないと伝わらないこともある、人が人の想いを理解できるのであれば争いなんて起きないのだから。


「今日も農作業か?」

「そうだよ。しっかり働いてね。」

「ハァ、…分かってますよ。」

所々で休みを入れ、のんびりしていると村を見回る騎士と出会った。気高くそれでもって武を象徴する姿、それを見て平民は無意識に畏れ、従うのだ。我々ごときでは勝てないと。

「見て!、アーサー。騎士様だよ、カッコイイなぁ。」

アーサーにとって初めて出会う人種、だか最も惹かれたのは腰に帯びている剣。血が、身体が疼いた、現存する唯一の世界最強戦闘民族ゲッフェルの血が。

「…」

「アーサー?、アーサーってば。」

「うん?、確かにそうだな。」

「それにしてもどうしてこんな村なんかに来たんだろう。」

きっとレインは知らされていないのだろう。女だから、ただそれだけの理由で。ただアーサーには思い当たる事があった。

「それは―――。」

でもレインに言おうとして―

「それは?」

「…見回りじゃないか?。領内を見て回ってるんだろ。」

適当に濁す。何故そうしたのかはよく分からない。だが囁くのだ、直感が、本能が、面白いことが起こると。ならば見るしかあるまい、ゲッフェルの末裔ならば。

アーサーは適当に理由をつけてその場を離れる。

「サボり魔、アーサーのバーカ。ふん、好きにすればいいよ。」

そうレインはグチグチ文句を言っていたが。


「どうやらあの山に熊が出るようですな。今から向かいますかな?」

「そうだな、日が暮れるまでにはまだ時間がある。総員、今から熊がいるかを調査する。見かけた場合はすぐに情報共有して討伐だ、いいな?」

「「「了解。」」」

アーサーは騎士隊を遠くから眺めていた。何を言っているか分からずとも口の動きを見れば大体の事は読み取れる。これこそが才能、一般人じゃ努力しなければできないことをあっさり乗り越えられるから天才なのだ。

こっそり騎馬隊の後を付け、初めて山に入っていく。湧き上がる高揚感、不思議と溢れてくる力、何でもできるという気持ちになってくる。挫折を知らないがために。

「(これが山、いいな、心が安らぐ。少なくとも村よりはいい。)」

気を使って過ごすところよりも安らかに過ごせせるところの方が好ましいのは道理だろう。たとえ、少々危険があるとしても。


騎馬隊はさらに山奥へ踏み入れていく。

「隊長、これを見てください。」

「…足跡か。まだ新しいな。これをたどる。」

「了解。」

この時、騎馬隊は大きな過ちを犯していた。どうせただの熊、そう思い込んでいたのだ。あらゆる可能性を想定するのは騎士として当然のはず。だがこの隊は経験を積むために新米ばかりで構成されている。そして討伐対象も比較的易しいだろう、そう考えられて。


「ガサガサ」

草が揺れる。咄嗟の事で騎士は身体が動いていない。練習とは違う実践、そのことが身体を大いに鈍らせていた。

「囲め!!」

その様子を見た隊の長が叫ぶ。これもまた大きな過ちだった。仲間を奮い立たせようと大きな声を出したが、それは相手に居場所を知らせることにもなる。

「グアァー---」

「こ、これはただの熊ではありません。ブラベアです。」

この世界には動物以外にもモンスターが存在する。モンスターと動物の違いは凶暴性、人間に対し好戦的な種類をモンスターに分けている。

「くっ、今更撤退もできん。囲むぞ、囲んで殺せ。」

これも不正解。相手との差を理解できていない。一人でも逃がそうとすればまだ被害は抑えられたものを。残ったものは確実に死ぬだろうが。

「「了解。」」

「グアッ」

突如ブラベアが一気に加速し、一人の隊員へ詰め寄る。

「ロッド!!」

その声が届く前にロッドと呼ばれた青年は腹を裂かれ、物言わぬ屍となってしまった。

「も、もうだめだ。」

「バカ、諦めるな。」

「で、でも。」


隊員が必至で抵抗する様子を眺めるアーサーは身体が凄く熱くなっていた。やはり来てよかった。自分の退屈を埋める方法を発見した、理解した。一刻も早く飛び出したいが彼らがいなくなるまで待たなければいけない。アーサーにとって他人は守るものではない、助けるものでもない、ましてや救うものではない。そんな施しを受けたことがなかったから。ならば自分だけするのは不公平ではないか。何も求めない代わりに何もしない。これが少年の信念だった、本人は未だ気づいていないが。


やがてあたりが静まり、アーサーが動き出す。これがアーサーの人生を決める運命の一日となるのであった。



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