白鬼の末裔

@sasuraibito

第1話 始まり

ー五百年前ー

「行けっ、マリア、そいつを生かすんだ。」

「で、でも、あなたは?」

「俺はここで追手から時間を稼ぐ。何、すぐに追いつく。」

マリアと呼ばれた女性は男の嘘を見抜く。だが、何も言わない。男の覚悟をそこに見たから。でも本当は――――

「…絶対よ?」

「当たり前だ。その子のためにも死ねない。」

マリアに抱かれた黒髪の赤ん坊を愛しそうに見つめる。

「そう…」

最後に男は赤ん坊を抱きかかえるが、平穏な時間はすぐに終わる。いつだって現実は理不尽だ。それでも抗わなければならない、次へ繋ぐために。


「おい、どこに行った?」

「この辺りにいるはずだ。探せ探せ。」

「こっちにはいねぇ。」

「油断するな!!、相手は化け物だと言うことを忘れるな。」


ついに奴等が来る。おそらく時間稼ぎのために戦っていた部下は死んでしまった、その事実に二人の胸が痛む。だが悲しんでいる暇はない、これから訪れるであろう地獄を思えば。

「もう来たようだな。早く行け、ここは俺が引き受ける。」

「ご武運を。」

「ああ。」

マリアは子を抱いて走り出す。後ろは決して振り返らない、振り返ってしまうと決意が揺らいでしまうから。出来れば彼も一緒に―――。だがその想いは叶わない。


一方で男は女性が走り去っていく様子を眺めている。

「さよなら、マリア、お前に会えてよかった。そしてさらばだ、我が息子―――よ。」

これから死ぬとわかっていても二人のために名乗りを上げる。少しでも二人が逃げるられるように。

「さあ、我こそは誇り高きゲッフェル族が首領、オルフェン・ディー・ストラス。世界の守護者に歯向かう不届き者共よ、かかってくるが良い。我の首はそこまで安くないぞ。」

「居たぞ!!、命令だ。ヤツをブッ殺せぇ。」

「「「オオッーーーー」」」

人の波がオルフェンに襲いかかる。たった一人の人間のために費やされた大軍が絶対逃しはしないという事を何よりも雄弁に語る。それもそのはず、世界が敵に回ったのだから。気付いた時にはもう遅かった、それもまた運命。

「ふむ、威勢が良いのはいいことだ。死にたい者からかかってくるがよい。」

ゲッフェル族は戦闘民族、難敵であればあるほど燃える。何よりも今回は時間を稼げば稼ぐほど愛する者が生き延びる確率が上がることが分かっている、そうとなれば普段よりも力が出るのは必然。

「今の我は最強ぞ。」

オルフェンは見事に馬を操り単身で大軍に切り込んでゆく。次々と敵を切り捨ててゆくがそれでも所詮は個。数の暴力の前ではいかに強かろうと屈するのが自然の摂理、この男もまた世界の法則に捕らわれる。


「ハァハァ、化け物め。」

「か、囲め。囲んで殺せェーー。」

兵士達の瞳に浮かんでおるのは恐怖のみ。それもそのはず、辺りには夥しい数の死体が転がっているのだから。まさに死屍累々といった状況である。


「ザシュッ、ザシュッ」

「ガハッ。」

オルフェンはこれまで懸命に粘っていたが流石に疲労が蓄積し、とうとう槍が横腹を貫いた。大量の血を吐き出す様子を見て兵士たちは安心するが―――

「まだ、だ。まだオ゛レ゛はだだがえるぞぉ。」

まだ倒れない。槍に腹を貫かれ、今にも死にそうにもかかわらず、戦う姿に人は何を見出すのか。

「お、鬼だ、白鬼、白鬼だ、人間じゃねえ。俺はもう逃げるぞ。」

「お、おい待てよ。」

「待て、貴様ら。敵前逃亡は死罪だぞ。」

必死に指揮官が兵を留まらせようとするが、一人でも崩れてしまえばその他の人間も崩れるのは必定。

次々と逃亡者が相次ぎ、やがては―――

「チイッ、撤退だ。撤退しろぉ。」


ーー誰もいなくなった氷が覆う戦場。ー-

「ハァハァ、クッ、これは…も、もう、駄目だな。内臓が出てらぁ。…あ、あいつらはだ、大丈夫だったかなぁ…。」

尻すぼみにだんだんとオルフェンの声が小さくなる。やがては馬からも墜ち、地に伏してしまった。それでも祈る、命を賭して守ろうとした愛する者たちが逃げ切ることを。だが哀しいかな、無情にもその時は訪れる。

「(ああ、これが走馬灯というものか。存外、悪くは、ないな。)」

最後まで戦い抜いた男は愛する者達との思い出を抱き、静かに散った。


ーーーー

「あなた。」

走りながらも次から次へと涙が溢れるが、泣いてる暇などない。他にも追手はいるのだから。

マリアは子を抱きかかえ、洞窟に入る。

「ごめんね。あなただけは絶対に生き延びてほしいの。」

そう言って赤ん坊にこの間ついに完成した白い粉、ゲッフェルの秘薬の中でも秘薬中の秘薬を飲ませる。すると赤ん坊の呼吸がピタリと止まった。

「あとはこの氷を口に入れて。…生きて、私の愛しい子。」

頭を軽くなでてから手に紙を握らせ、洞窟内の岩と岩の間に寝かせる。その後、もう一度だけ我が子を見てから洞窟を出る、誰にも見られないように。ここで見つかるわけにはいかない、少しでも離れなければ。


「ハァハァ。大分離れたわね、できるだけもっと遠くに行かないと。」

あれから我が子と別れたマリアは走り続けていた。あの人の分まで生きるため。この世界にはもう生きる場所なんてない、頭の片隅ではそう予感しつつも。

そして往々にして、その予感は正しい。

「そんな!!」

「お久しぶりです。マリアさん。」

「裏切ったのね?」

マリアは顔をしかめ、尋ねる。

「我々にとっても苦渋の選択なんです。我々はあなた方程強くはないのです。」

「ええ、確かにそうね。命惜しさに誇りを捨てるなんて軟弱ね。笑えるわ。」

その挑発的な物言いに若者はいきり立つ。しかし年長者ほどそうではない。

「…確かにあなたの言うとおりだ。だが、それでも命は惜しい。命があるからこそ後悔もできる。」

「そんな人生生きてて意味があるの?、尊厳を失っているのに?」

痛いところをつかれ、沈黙する男。

「黙れ。貴様らのせいで我々も巻き込まれたのだ。」

若者が暴走し、殴りかかる。だが―――

「ドゴッ」

青年は吹き飛び気絶してしまった。

「舐められたものね。女とはいえ、私はゲッフェルの一族よ。」

「流石ですね。ですが無手でどこまで戦えますか?」

「死ぬことぐらいわかってるわ。」

それを聞いて意外そうな顔をする男性。

「…死ぬのが怖くないのですか?」

「人間いつかは死ぬ、それが自然の定め。なら大事なのはどう生きるか、よ。自分に恥じない生き方をする、それがゲッフェルの掟。悪いけど最後まで足掻かせてもらうわ。」

それに自分は繋ぐことができた、次の世代へ。願わくば生きてほしい。子に施した処置は賭け。目覚めて誰にも見つけてもらえなかったら死ぬ。それでも可能性が皆無よりはマシ、オルフェンとも話してそう決断した。

「…そうですか。ではまたあちらでお会いしましょう、誇り高き美しい人よ。」

「ふふ、私一人では逝かないわ。道連れにしてあげる。」

そしてマリアは人生最後の戦いへ身を投じる、誇りを失わないために。何より愛する夫に胸を張って会うために。


ー-十ニ年前ー-

ここ数十年、気温が上昇し、北方の凍てついた氷の大地も融け始めた。

「…この辺も雪が融け始めているのか。」

一人の男が歩く、いつもの朝の日課だ。今日も特段変わりない、だが非日常は突然にやってくる。

「オギャー、オギャー、オギャー。」

「この声は…、赤ん坊か?、どうしてこんなところで泣き声が聞こえるんだ?」

突如聞こえてきた泣き声に顔を険しくしながらも声のする方向へ歩いていく。

「…この洞窟の中から聞こえてくる。…行ってみるか。」

洞窟の中は暗いがそこまで寒くない。

「オギャー、オギャー。」

「ここにいるのは間違いない。…どこだ?」

必死であたりを探すと―――

「いた。…岩の間に居るのか。」

何とか岩の隙間から赤ん坊を救い上げる。赤ん坊は泣き疲れたのか、眠ってしまった。

「…よしよし。…それにしてもどうしてこんなところに?」

ここで男が赤ん坊の手に何かが握られていることに気づく。

「ん?、これは、紙か。…なんて書いてあるのか読めんな。とりあえず戻るか。」

この出会いが赤子にとって幸運であったことは間違いない。命が助かったことは勿論、出会った人物もよかった。必要なものを手に入れる豪運、これもまた運命か。








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