第3話 照らす灯火

 痛い……


 俺の体は何かに押し潰されている。


 冷たい鉄の感触と温かい血の感触が、俺の体を同時に襲う。


 辺りには人が大勢いて俺を見下ろしている。


 助けて。俺はそう喉を震わせたはずだが、誰一人として耳に届いていない。


 手を伸ばそうとするが指一本動かない。


 段々と意識が薄れていくのを感じる。


 それでも俺の頭をよぎるのは娘のこと。


 産まれた瞬間から今に至るまで、けして目を逸らさずに見てきた娘の顔が鮮明に蘇ってくる。


 笑った顔、泣いた顔、むくれている顔、それと怒った顔。


 全部が愛おしかった。


 だけどやっぱり最後に見たかったのは笑った顔。


 今朝、娘と喧嘩したことを俺は酷く後悔している。


 仕事で切羽詰まっていた俺の小さな八つ当たり。


 娘も思春期で心が不安定になっている時期。


 本当に些細なことだった。


 いつもなら言わないはずのセリフを俺は娘に向けてしまった。


 娘は俺をにらみ、そのまま学校へ向かってしまった。


 ごめんな。


 その一言を言えないまま、俺の命は尽き果てようとしている。


 なんでもいい……


 伝える手段……そうだ、携帯。


 俺はポッケにある携帯の感触を探す。


 あぁ、ダメだ。


 俺は絶望した。少し探したけど粉々になった感触が体に当たっている。


 誰か、誰でもいい。俺の言葉をあの子に。


 耳鳴りと街のざわめきが冷たくなる体を更に震わせる。


 視界が霞んでいく。


 目の内側が赤く染まっていくような感覚。


 グラグラと揺れていた視界がどんどんと閉じていく。


 歯を食いしばり、その感覚に抗おうとする。


 だけど人の力はちっぽけでそんな気力も無くなっていく。


 ダメか……


 脳裏に映る娘の顔が私に話しかける。


「死んじゃいやだ!なんでお父さんまで!」


 やけにはっきりと聞こえる幻聴に俺は笑みを零した。


「お父さん!」


 頬を触る手の感触に覚えがある。


 幻聴でも、幻触でもいい。


 娘がそこにいるなら俺は伝えたいことがある。


 ごめん……いや、違う。


 こんな自分本位の言葉じゃない。


 俺の最後の言葉があの子の重荷になっちゃいけない。


 これから残る子に渡す言葉。


 俺はほとんど意識が無い状態で頭を回す。


 そうだな。この言葉がいいのかも知れない。


 父から子へと向けた最後の言葉。


「幸せになりなさい」

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