第2話 繋ぐ灯火

 三日前、母の葬儀に出た。


 まさか産まれて初めて訪れた身近な死が、母だとは思いもしなかった。


 高校生になった俺も死について考えたことはある。


 だけど身近にいる人たちは、ずっと一緒に生きていられるもんだって漠然と思っていた。


 母だって、父だって、友だちだって、永遠に生きていられる。


 そう思っていた。


 けど母が死んでそんな考えは甘いと思い知らされた。


 神さまは不公平に人の命を終わらせる。


 いや、違うのかもしれない。


 神さまは公平で、終わる命に価値を見出すのは俺たちの方なのかもしれない。


 俺にとって大切な母も、誰かにとっては知らない人でしかない。


 そう考えたらやっぱり神さまは公平なんだろう。


 紅く色づく葉が地に落ちているのを、俺はただただ見下ろす。


 そこに落ちる葉も、母の命も神さまにとっては同じもの。


 些末なものでしかないのだろう。


 でも、やっぱり俺にとってここに落ちている葉と母の命の価値は同じじゃない。


 母の命は特別で、無くなって欲しくなかった。


 悪さばかりして、俺を怒鳴る声。


 家に帰ったときにある温かいご飯の味。


 何も言わず俺のことを受け止めてくれていた優しさ。


 その全てがもうこの世に無い。


 大切なものは失ってから気づくと言われるが、まさにその通りだった。


 当たり前のようにあった全てはもうここにはない。


 俺がそう自覚したとき涙が止まらなくなった。


 ボロボロとこぼれ落ちる涙で視界が歪む。


 溢れ出る涙は俺の心に空いた穴を埋め尽くそうとする。


 だがその穴が埋まることは一生ないのだろう。


 そんな思いを抱えて、俺はこの先生きていく。


 身近な人の死はそれほどまでに強烈な出来事だ。


 母が俺に与えてくれていた全てを、俺は誰かに与えることは出来るのだろうか。


 母からもらっていた愛を噛み締めながら俺は足を進める。


 サクサクと音のなる葉を踏みしめるたびに、俺の抱える喪失感は増えていく。


 母からもらっていた全てを思い返すたびに、その思いが重く、そして深くのしかかってくる。


 その重みに耐えかねて俺はふと顔をあげる。


 目の前には母と同じように愛を与える父親が。


 そして知らず知らずのうちに全てを貰う幼い娘の姿があった。


 俺はその二人を見たときに、さっきまで感じていた重苦しさが無くなった。


 だって母もこの父親も背負ってほしいなんて思ってない。


 ただ与えていただけなんだ。


 そう思えたとき自然と笑みがこぼれ、彼らの姿が滲む。


 その滲む視界の中で僕は何かを見つけた。


 その瞬間、僕は走り出していた。


 物凄い衝撃に体が引き裂かれそうになる。


 頭を強く打ち、気を失っていたみたいだ。


 目が霞んで視界が紅く染まる。


 そんな中、僕が抱える腕の中に小さな温かさを感じた。


 そうか……母さん。俺にも分かったよ……


「無事で良かった……」

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