灯火の終わりに
神木駿
第1話 落つる灯火
「お母さん!頑張ってください!あと少しです!あと少しでお子さんに会えますよ!」
私の耳元で看護師が叫ぶ。
私のお腹に宿った命が今、産まれようとしている。
「頑張れ、頑張れ!」
夫は私の手を握り、何度も何度も私を鼓舞する。
激しい痛みが私の脳を駆け巡る。
今は何も考えられない。考える暇もない。
私の見ている景色は真っ白な壁に囲まれ、閉鎖的な空間。
そこに飛び交う無数の声が微かに耳に残る。
突然、私の脳に来ていた痛みが消えた。
それと同時に新たな命が産声を上げる。
「おぎゃー、おぎゃー」
元気な女の子だ。看護師がその子を大事に抱え、私の胸に乗せる。
「ふふっ可愛いわ……」
自然と笑みが溢れ、口から言葉が出ていた。
「よかった……よかったよ」
夫は私の手を強く握り、安堵の涙を流す。
ほんとに昔から泣き虫なのは変わらない。
ふと、視界が歪む。
あれ……?なに……これ……
自分の体温が急激に下がっていくのを感じる。
寒い……さむい……
機械の音が急にうるさくなる。
私の胸に乗せられた赤ちゃんを看護師は抱きかかえ、別の場所に移す。
夫が握っていた手にも力が入らない。
慌ただしく動くみんなを前に、私は指一本動かせなくなっていく。
「先……は……たす……」
夫の声が遠のいて行く。
ここで私は初めて自分の状態を自覚した。
死ぬ……
私の友人の多くが子供を授かり、無事に産んでいる。
だから私も漠然と大丈夫だろうと高を括っていた。
だが本来これは命がけの行為……
何故自分だけが大丈夫だろうと考えていたのか。
私は自分の体がどんどんと冷たくなっていくのを感じる。
耳元で叫んでいるはずの夫の声が、やけに遠くに聞こえる。
それとは対象的に子供の泣き声だけは、はっきりと聞こえてくる。
私は力を振り絞り、言葉を伝える。
「あの子を……お願い。幸せに……してあげて」
夫の泣いている姿が手に取るようにわかる。
私の言葉に夫は首を振る。
「違う……みも……しょに」
夫の声はうっすらとしか耳に入ってこない。
でも言いたいことは分かった。だけど自分の命は自分がよく分かっている。
もう私にそんな時間は残されていない。
残酷な時計を持つ神さまは、私の時計を急激に進めていく。
機械音は相変わらず大きく鳴り響く。
そんな中、私の頭はやけに冷静になる。
最後になにか、伝えて置かなければいけないことを必死で考える。
そうだ……もう一つこれだけは……この言葉だけは、伝えておかないといけない。
私は最後の力で喉の奥を震わせた。
「産まれてきてくれてありがとう」
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