第4話 夢を守る夢

 夢の中でもまた夢をみる、たまにマトリョーシカ現象を体験することがある。

 今回は、そんな夢だ。


 自分は小学生くらいの子供にまで戻っていた。大人の思考を持ったまま、記憶もそこそこ持っていて、己にとっていい記憶のない人物とは関わらないよう過ごし、寡黙で無表情のまま1人で本を読むような小学生となった。


 ある日の授業中、学校の窓にピエロが張り付いているのを見るまでは、平穏だった。

 ピエロに気づいていたのは自分だけで、授業をする先生も授業を聞いている生徒も気づかない。

 ピエロはニヤリと笑った。


 そして視界が一気に変わる。自分は知らない土地に1人立たされていた。そして手には鞘に収められた刀。

 遠くで爆発のような音が聞こえて、それはこちらに近づいて来るのがわかった。

 自分は刀を抜いて、音の方へ向かえば逃げ惑うクラスメイトと、ピエロが笑って爆発っぽい何かをしていた。自分はすかさず、使ったことのない刀を持ってピエロを思いっきり突き刺した。


 はっと気づいたら、実家の布団で寝ていた。どうやら自分は、いつも通り小学校の授業を終えて、そして眠ったらしい。

 ……ピエロを見て、突然反転して、ありえない世界に放り込まれて、顔もうろ覚えなクラスメイトからピエロを守ったら、眠った状態だった。

 

 これはもう何か自分は元凶を突き止めて早々に全て終わらせないと長い戦いになると察した。

 何か資料がないかと図書館へ向かい、夢についてだの神話についてだのの本を片っ端から調べた。

 まあ当然ヒントなんてないわけでどうするかと悩んでいたら、読んでいた本に何か挟まっていることに気づいた。それは、自分の住所と名前が習字の紙で書いてある和紙だった。

 普通なら不気味現象と捉えるところだがこちとら中身は大人、恐らく『何かを止めるために選ばれた人間の名札』的なものだろうと解釈した。その瞬間、図書館の様相が変わった。

 本棚が鉄製の最新のものから、木製の本棚に、そして少し騒ついていた人々の声がなくなった。人はいるが、皆時計が止まったように動かない。


 ここから、何かを探せば終わりが見えるのでは?と、考えた自分は図書館を片っ端から調べた。本の中身をある法則性に並べ替えたら隠し通路が発見できたので進むと、誰かの声が聞こえた。厳かな爺さん声だった。

 長かったため要約すれば。


『人が眠って見る夢を守る者として選ばれた。眠ったものは無防備だから死ぬ行為が与えられたら死んでしまう。お前はその怪物達を生み出す元凶がわかるはずだ。眠って人を守り、夢の中にある元凶を探せ。』


 ということだ。そして私は今度は図書室の机で突っ伏して寝ていた。短い間だったから注意されることはなかったものの、恐らくその人を夢で殺せるような物体から人を守れる人物として選ばれたのは、自分が夢をある程度夢として理解し、コントロールできる部分を持っているからだろう。だが小学生なのはいただけないんだが。


 大抵、守り人として召喚(?)されて物事が終わった後、起きるのは家の布団だった。どうも意識ないまま日常を過ごしていて、その間の記憶は全くないが、違和感は抱かれていない様子。

 ちなみに大抵、クラスメイトが狙われていて、クラスメイトの家のゲーム機にいる怪物をゲームの中で戦って殺したり、クラスメイトがハマっているアニメだの何だのの方法で殺したり、原始的に夢の中で岩石落としの罠を張って潰したりと、多彩な方法で敵を追い詰めつつ、元凶探しをするものの、欠片ほど見つからなかった。

 が、ある日だった。知らない生徒から声をかけられた。


「ねぇ、もしかしてあなた、これに見覚えない?」


 女子生徒が差し出したのは、和紙に達筆な文字で住所と名前が書かれた紙。自分が持っているものと一緒のものだった。


「同じ夢で戦っているんだね。」


 女子生徒の名前は忘れてしまったが、彼女もまた同じく守り人をやっているらしいが、年相応に怖がっているし仲間がいてホッとしている印象だ。

 どうも肝心の情報を知らないらしい、自分は図書館で得た『元凶』がいることを話した。

 すると女子生徒は「もしかして。」と、彼女が守る度に現れるピエロの存在について話してくれた。そいつ、自分が刀で最初ぶった切ったやつだった気がするが、あれが元凶ならあの程度じゃ死ななかったのか、とすごく惜しいと思ってしまった。そういえばあいつと目があった瞬間始まった夢だった。元凶すぐそこじゃん。

 ちなみに自分はピエロが死ぬほど嫌いであるため、次会ったらまた叩き斬る所存であるせいか、あれから一度も現れていない。


「貴女のように、他に仲間がいるかもしれないの。その人達の力を借りたら、元凶を追い詰められるかもしれない!」


 女子生徒は希望を持ったキラキラした目で立ち上がる。


「お願い、〇〇さん、一緒に戦ってくれない?」


「いや、一緒の現象に立ち会えたらできるけど、できなくね?」


「うっ、じゃあ、どうすれば……。」


 ふと、自分はあることを思いついた。


「その紙みたいにそっちのこと書いて渡すよ、そして君のも渡してほしい。もしこの紙も夢に干渉することができるなら、お互いと同じ境遇の人がいるってことを他の人にも知らせられるかもしれない。」


「交換っこってこと?」


「手書きコピーを交換だよ。」


 女子生徒の情報を大事にしまうと、自分は思う。

 この世界に物語があるとして、元凶は彼女を主人公と定めたのだろう。理屈とかそんなものはなく、無意識的に。

 簡単に殺されることなく、正統に仲間を集め、力を合わせて敵と戦い勝利を収める、『夢物語』を紡げる存在だと女子生徒を認識したからこそ、ピエロは女子生徒の前でラスボスの立ち回りを振る舞うつもりになのだろう。

 自分は速攻で物語を終わらせるどころか、ラスボスとしれば地獄の果てまで追いかけて追い詰めてコントロールできる範囲の夢をコントロールして戦い物語どことじゃなかっただろう。

 そうして自分は、夢の中で同じような境遇の人物がいたら彼女のこと、ピエロのことを積極的に情報提供した。

 夢で自分は殺されそうな人を助けていく。その中で泣きながら紙を見せてくる3歳児くらいの男の子がいたこともあった。その子が戦いに巻き込まれるなんてと思って、夢の中で届くかどうかわからない今の状況について手紙を書いて、彼の家まで送っておいた(夢の中だが)。


 そうして、ある日のことだった。いつも通り夢の中で怪物の気配を追って戦っていたら、和紙がボロボロと崩れて消えたのだ。目の前の怪物も、ボロボロと和紙と同様に崩れた。

 

 何が起こったのか理解する前に布団で目覚めた。何となく、終わったのだと理解した。

 自分は表たって活躍したわけじゃない。あの主人公たる女生徒にヒントを与えるためのサブキャラクターのような位置だったのだろう。本来ならその後すぐ死ぬような、名もなきキャラクターだったかもしれないが、残念ならが生きている。

 曇り空の中、いつものように学校へ行くと最初に出会った女子生徒が自分に「おはよう。」と笑った。


「全部終わったよ。」


「よかった、おめでとう。」


「あなたが黒幕の存在を教えてくれたからだよ。ありがとう。」


「大したことはしてない、君の努力が優ったんじゃない?こっちも面倒なことから解放されてよかったんだ、礼を言いたいのはこっちだよ、ありがとう。」


 彼女とはもう会うことはないだろう……それだけいって、自分は教室へと足早に向かう。主人公のようにキラキラと輝く女子生徒の側に、自分のようなよくわからん存在がいたらよくない気がしたからだ。

 自分の存在は、夢で原因不明の死を遂げる現象の多発を止めるために生み出されたメタキャラという認識だったからだ。

 

 学校で席に着くと、隣の男子が座ったまま自分に言った。

 

「夢ん中で助けてくれてありがとう。」


 え、と問う前に、その男子は私の背中をそっとさすった。


「さっき、終わったとか聞いてたから、お疲れさん。」


 自分の存在を認識されたかったわけではないが、認識され、労いの言葉をかけられた瞬間、泣きながらも戦っていた3歳児の男の子の顔が何故か思い出して。

 ちょっとだけ、自分が戦ってきたことに無駄はないのだと思って視界が熱くなったのだった。

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