第5話

   

「ぐふっ!?」

 僕は呻き声を上げながら、大きく殴り飛ばされていた。

 地面に倒れた僕の目に映るのは、夜空に浮かぶ星々だ。その美しさを鑑賞する余裕もなく、すぐに立ち上がって叫ぶ。

「何をする!」

「それはこっちのセリフよ!」

 叫び返してきた彼女の顔には、怒りの色が浮かんでいた。

 理由もわからず殴られたのは僕の方なのに、なんとも理不尽な話ではないか。

「いや、それこそ『こっちのセリフ』だろ? 助けてあげようとしたのに……」

 と言ってから、自分でも恩着せがましい響きを感じて、慌てて付け加えた。

「ここは普通の森じゃなくて、モンスターも出るダンジョンだ。しかも夜は昼間よりも危険。冒険者じゃなくても、それくらい常識だろう?」

 それほど危険な状況だから、救いの手を差し伸べた。そう説明したつもりだったが……。

「あんたバカ? 『冒険者じゃなくても』って、それ本気で言ってんの?」

 呆れてしまって、もう腹を立てるのも馬鹿らしい。そんな目で僕を見ながら、彼女は続けた。

「普通の街娘が、こんな時間にこんな場所にいるわけないでしょう?」

 腰のポーチから黒い布を取り出して、全身に羽織る。

 ポーチに収まらないはずのサイズだから、おそらくあのポーチは魔法器具の一種であり、見た目以上の収容量を誇っているのだろう。

 その黒布はフード付きの立派なローブであり、一瞬で彼女は、いかにも魔法士という格好に変わった。

「私はレナ。見ての通り、フリーの冒険者よ」


 腰に手を当てて、堂々と胸を張るレナ。

 似合わない者がやれば「強がっている」としか思えないポーズだが、彼女の場合、不思議と威圧感があった。歴戦の勇士という雰囲気が漂っているのだ。

「ああ、どうも。僕はジャック。同じくフリーの冒険者……だ」

 つい「フリーの冒険です」と言いそうになったけれど、僕も彼女も立場は同格。どちらもフリーの冒険者、つまりパーティーに所属しているわけでもなければ、貴族や金持ちに雇われた専属でもないのだ。

 挨拶の時点で卑屈な態度を見せたら舐められる。それくらいは僕にも理解できていた。

「あんたがフリー? 他人ひとの仕事もわからずに邪魔するような駆け出しが?」

 駆け出しと言われてドキッとする。確かに僕は冒険者になって日が浅いが、それを一瞬で見抜かれるのは、なんだか情けないではないか。

 いや、それよりも。

 今の彼女の発言には、もっと気にするべき点があった。

他人ひとの仕事……? もしかしてレナは、冒険仕事の途中だったの?」

「そうよ。ようやく理解できたのかしら?」


 僕たち冒険者は、たとえ誰かの専属ではなくても、単発で冒険仕事の依頼を受ける場合がある。

 今回のレナもそうだった。モンスターに一人娘を誘拐された、という金持ちから、その奪還を頼まれたという。

「相手はピグゴブリン。夜行性のヒト型モンスターよ」

 実物を見たことはないが、僕も知識としては知っている。

 ピグゴブリンは、名前に『ゴブリン』が含まれているものの、厳密にはゴブリン系モンスターではないらしい。ゴブリンと同じく二足歩行のヒト型モンスターだが、体のサイズは一回り大きく、ゴブリンより恰幅が良い。

 顔の造形も豚を思わせるものであり、何よりも大きな違いは繁殖方法だ。噂によると、ピグゴブリンにめすは存在せず、他の二足歩行の生き物――例えば人間や猿、ゴブリン系モンスターなど――のめすをさらってきて、子供を産ませるという。

「それじゃ、その依頼人の娘は……」

 嫌な予想図が頭に浮かんでしまい、僕がゴクリと喉を鳴らすと、レナは肩をすくめた。

「そう、早くしないと手遅れになるわね。だからその巣穴を突き止めるために、こうして私自身が囮になってたのよ」

 なるほど、レナが街娘に扮していたのは、ピグゴブリンに連れ去られるのを待っていたわけか。

 そこに僕が現れて台無しにしてしまった。冒険者が一緒ならば、ピグゴブリンも警戒して、なかなか現れないだろう。

「どうしてくれるのよ? 依頼人の娘さんに何かあったら、成功報酬が手に入らないでしょう?」

「いや、それよりも、その娘さんの身を案じてあげなよ……」

 レナの剣幕に押されて後退あとずさりしながら、僕も頭を回転させる。

 確かに、僕のせいで一人の街娘がピグゴブリンに孕まされる事態になったら、僕も寝覚めが悪い。急いでその少女を救出するためには……。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る