第10話 投降
「舐めた真似をしてくれたな」
城のバルコニーから町の様子を確認すると、そこら中で悲鳴が飛び交い火の手が上がっていた。
「陛下、いかが致しましょう?」
「私が話を付けに行く。お前は住民の避難を優先しろ」
「了解しました」
指示を受けて元兵士は敬礼してから足早に立ち去っていく。
「あたしはお国のごたごたに巻き込まれるのは御免だから出ていくね」
「あぁ、次に来た時には何か用意しておこう」
「あたしも何かいい話があれば提案するよ」
それだけ言い残しルメアもこの場から立ち去った。彼女はそもそもこの国の人間ではないし、余計な厄介ごとから身を引くのは、商人としての処世術なのだろう。
さて、行くか。
私はバルコニーを飛び出し空を舞う。黒い外套が風になびいてバタバタと音を立て、小さな火の粉や熱気が風に流れて頬を熱くする。
あれは――グインか。
眼下に見覚えのある元兵士の姿を見つけ、彼の下へと降り立つ。背後に降り立ったのだが、気配を感じ取ったのか彼はすぐに振り返った。
「ディアーネ様、申し訳ありません! 我々が不甲斐ないばかりに――」
深々と頭を下げる彼の姿は兵士を思わせるが、服装を見れば完全にただの町人だ。
もう兵士ではないので鎧は脱ぎ捨てている。
「よい。お前達に兵士を辞めるように言ったのは私だ」
とりあえず、ここは彼に任せればいいだろう。
私はより状況の酷い方、町の入り口へと向かって一歩を踏み出す。
「どちらへ?」
「あいつらの狙いは私だ。ディエヌと共謀していたのを邪魔されて腹が立っているのだろう」
「危険です。ディアーネ様の身に何かありましたら――」
ただの元兵士が私の心配をするなど、実に意味のないことだ。
「くだらん事は考えなくてよい。それよりも住民の避難を優先しろ」
それだけ言い残し立ち去――いや、まだ言っておくことがあったな。
「そうだ。怪我人や死人は一カ所に集めておけ。絶対にそれ以上のことはするな」
最後にそれだけ伝え、私は町の入り口へと向かった。
途中で何人か死んでいる姿を見かけたが、とりあえず今は無視だ。やつらは現在進行形でこの町を蹂躙している。
しばらく進むと馬に乗った兵士の姿が見えた。剣を片手に周辺を巡回しながら、町の人間を探しているのだろう。
私は堂々と兵士達がうろつく中に突き進む。
当然、気付いた兵士が声を掛け――。
「死ねぇ!」
愚か者が。
剣を振りかざして来た兵士の一人を、何の動作もなく乗っている馬ごと縦に真っ二つに斬り裂く。
「な、なんだ!?」
それを見た別の兵士が驚愕の声を上げて狼狽える。他の兵士達も何事かと集まってくるが、その兵士が手を出さないようにジェスチャーで合図を送っていた。
「何事だ」
突然、年のいった感じの低い声が聞こえたかと思えば、一人身なりの異なる兵士がこちらに向かって来ていた。黒い軍馬に跨り、身に着けている鎧も他の者達よりも豪華だ。
何人かの兵士達がその者に道を空けるように移動する。
こいつがここの指揮官というわけか。
指揮官は私の目の前まで来ると足を止め、馬上からこちらを見下ろして来た。
「君がこの国を乗っ取った侵略者かね?」
「ああ。だが、今は私の国だ。大人しく投降するから他の者たちは見逃してくれ」
両手を上げてそう提案するが、
「断る。この町の人間は皆殺しと決まって――」
「――ッ!」
ドチャリと湿った汚い音が響き、斬り裂かれた兵士と馬が地面に倒れ込んだ。
「もう一度言うか? 今なら大人しく投降するから他の者を見逃せ」
「何を馬鹿なことを! 貴様の条件など――」
そこまで言って指揮官は息を飲んだ。今度は二人、先程の兵士と同じ末路を辿った。
「全員死ぬまで同じ問答を続けるか?」
ここまでしてやっと目の前の愚か者は気が付いた。
自分に選択肢はないことに――。
「わ、分かった。投降を認め、兵は撤退させる。――全軍撤退の合図だッ!」
「はっ!」
指揮官の命令を受け、一人の兵士が走り去っていく。
「この者はどうしましょうか?」
「自ら投降すると言ったのだ、縄で縛って荷馬車にでも放り込んでおけ」
指揮官の命令通り一人の兵士が馬を降りて私の体に縄を掛ける。その手はかなり震えており、優位な立場にいるはずなのに恐怖に支配されているのが見て取れる。
「恐いか?」
「う、うるさいっ! 黙って歩け!」
恐怖を紛らわせるためか、無駄に怒鳴り声を上げて縛り上げた私の縄を引き始める。
少し歩くと周囲に鐘の音が響き渡った。
これが撤退の合図だろうか。
しばらくすると、町の外に向かって馬を進める兵士達の姿が目に入った。
嘘だったら問答無用で皆殺しにしようと思ったが、これなら約束通り捕虜となってやるか。
ただし、その後まで大人しくするとは言ってないがな。
私は縄で縛られたまま兵士達の荷馬車に乗せられ、隣国セルガナへと連れて行かれるのであった――。
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