第6話 小さき帝国

 北方の国を目指していた私は途中で進路を変えた。


 もはや起こりもしない奇跡を信じて未知の国を訪れる必要はないからだ。


 ならば、何をするか? 答えは単純、まずは私の事を一番弄んだ男を殺しに行く。そして、そのついでに奴の国を奪うのも悪くない。


 昔の私ならその国に辿り着くまで馬車を乗り継いで1ヶ月近くかかった道も、今ならちょっと力を使って走ればものの数分で辿り着く。


「久しいな」


 数百メートル先にある国を眺め一人ごちる。


 この大陸の最北西に位置する小国セルベラ。昔訪れた際に優しく保護してくれた王に感謝したのだが――思い出しただけで腹が立つ。


 さて、どう行くか……愚問だな。正面突破以外に選択肢はない。


 セルベラはしっかり外周を城壁で囲まれているため、攻め込むのは正面しかない。


「おっとお嬢ちゃん、この国に入るには許可証が必要だぜ。持ってるか?」


 許可証? この国はそんな物が必要なのか。


「そんな物はない」

「だろうな」


 ま、通さないと言われても殺して通るがな。


「こんな小さな子に敵意があるとは思えない、通っていいよ。だけど、上の人には秘密にしてくれよ」


 なんか通してもらえた。

 大丈夫かこの国?


 町の中は至って普通……いや、人々に活気がないか。大きい国ではないにしても、これはちょっと寂しすぎる。


 城へまっすぐ伸びる中央通りですら人が疎らで、両脇に並び立つ店も閉まっている物が多い。


「止まれ! ここに何用だ!?」


 城の前まで来た時、当然の事だが城門を守る兵士に止められた。

 門の両側に一人ずつ。


「この国を……ディエヌを殺しに来た」


「「なッ!」」


 驚く二人の兵士。当然だ、いきなり真正面から国王を殺しに来たという奴などいない。


「子供の振りをした暗殺者か!? そうはさせ――」


 暗殺者が正々堂々と正面から来るかバカめ、と言いたかったが、襲い掛かって来たからにはしょうがない。


「「ぐアぁッ!」」


 腰の剣を引き抜き襲い掛かろうとしたところで、二人の兵士の剣は地面に落ちた。いや、正確に言うならその兵士の腕ごとだ。あまりにも動きが遅いので、腕を振り上げたタイミングで切り落としてやった。


「くそっ、一体何が!?」

「腕が、俺の腕がぁ!」


 喚く二人の間を通り城門に手を触れる。

 城門を閉めっぱなしとは、人と会うつもりが全くないのか、それとも何か後ろめたいことがあって警戒しているのか。


 私が力を込めると城門は音もなく黒い塵と化す。


 破壊する音は立ていなかったが、普通に中にいる兵士達には見つかった。

 隠れる気はないのでどうでもいいが。


「なんだ貴様は!? 無断で侵入して、ただで済むと思うなよ!」

 

 と、意気込んだ兵士が次から次へと襲い掛かってくるが、対応は全て城門の時と同じだ。残った方の腕で襲い掛かってきた奴もいたので、そいつは両腕を切り落としてやった。


「な、何者だ貴様はッ!」 


 さすがに大事になって知らせが行っていたか、王の間に乗り込むなりディエヌは私を見て怒鳴り声を上げる。


 前に見た時と変わらず、頭頂部が禿げた茶髪に私腹を肥やした体形、町の様子からは想像出来ないほど豪華な服を纏い、両手の指には高そうな宝石をあしらった指輪をいくつも嵌めていた。


「ディエヌ王、私の顔をもう忘れたのか? まぁ、前は銀髪だったからかなり違って見えるのかもしれんがな」


「銀髪…………お、お前はティア王女!? 何をしに――あぁ、そうか。やはり私の助けが必要なのだろう? 大人しく私のモノになれば何不自由ない暮らしをさせてやるぞ!」


 前もそうやって私を誘惑した。あの時は藁にもすがる思いで受けたが、その後部屋に監禁され危うくこいつに私の全てを奪われるところだった。


「黙れ。お前を殺し、この国は私がもらう」


 私の宣言に、しかしディエヌはそれを鼻で笑い飛ばす。


「何をバカなことを。お前のような小娘に何が出来る!」


 そう大声を張り上げながら、ディエヌは玉座に備え付けられていた青い宝玉に触れる。すると、周辺に鐘を叩くような音が鳴り響いた。


「これは召集の宝玉。すぐにここへ城中の兵が集まって来るぞ!」


 なかなか自信満々なのと、大量の証言者が作れるので待ってやることにした。


 数分後、私を取り囲むように大量の兵でこの部屋は埋め尽くされた。ただし、全員片腕を失い傷口からは未だに血を滴らせている。ほとんどの者はもう片方の手で傷口を押さえることに専念しており、誰も戦えないのは明白だ。


「な、なんだこれは……いや、腕を失ったくらいなんだ! こいつを捕まえろ!」

 

 無茶苦茶言うな。

 当然、誰も動こうとはしない。

 訳も分からず一方的に腕を切り落とされた相手に、これ以上無謀にも襲い掛かろうという愚か者はいない。これで襲い掛かってくる奴がいれば、それは勇敢や忠誠心ではなく、ただの馬鹿だ。


「何をしている! 早くしろ! 私の命令が聞けないのかこの役立たず共め!!」


 傲慢すぎる。

 お前には大した力もないのに、人を顎で使う事しかしない。


 私は右手を前に伸ばす。


「退け。死にたくなければ道を空けよ」


 囲っていた兵士達の一部が動く。それは、ディエヌと私を遮るように立っていた者達だ。


「な、何をしている貴様らァ!?」


 ヒステリックに怒鳴りらすディエヌ。


「死ね」


 その言葉を口に出すと同時にディエヌの体が黒い炎に包まれる。


「ぐァァッ! なんだこれは!? 熱い! 消えない! 助けろ、私を助け――」


 魔法は使えないが、見よう見真似で似たようなものは生み出せるらいい。

   

 前に黒い石を使った時に発動した魔炎そっくりの黒き炎は、床を転げまわるディエヌをその体が消えて無くなるまで焼き続けた。

 

 後に残された兵士達が私に注目する。

 私は玉座の前まで移動し、兵士達に向き直る。

 そして、彼らに向かって宣言する。


「我が名はティ――」


 いや、本名は止めた方がいいか。後々、面倒臭いことになりそうだし、容姿も前と変わっているから、ほとんどの人は私がティアだと気付かないだろう。


「我が名はディアーネ=ヴァルフォリア。今日からこの国はヴァルフォリア帝国とする!」

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