第5話 孤児の国
1週間この力を使い続けることで私の何かが変わった。
外見的なことで言えば銀髪が真っ黒に染まり、紅い瞳に漆黒の髪と、とても元王女とは思えない容姿になっている。お父様に似たのか眼光も鋭くなった気がする。髪の毛は切りもせず伸ばしっぱなしなため、乱雑に飛び跳ねた髪がもう地面に届きそうな辺りまで来ている。
「グリズリーの肉も飽きたな……」
口調も少し変わり、声も低くなった気がするが、昔の様に上品に振る舞う必要も無いので構わない。
力を使う練習としてこの辺りに多く生息するグリズリーを狩りまくり、狩った奴は全て食料として肉を凍らせて持ち歩いているのだが、さすがに毎日これでは飽きる。
真っ暗な夜の森の中で、私は目の前の肉が焚火の中で炭になっていくのを眺める。周囲には松明を5本設置してあり、これらの炎も自分の力で生み出したものだ。
今のところ出来ないことは何もない。本当に万能な力だ。
ただ、何故このような力が手に入ったのか、誰が私に与えたのかは謎のままなのだが、考えても答えは出ないので気にしないようにしている。
グオォォォォォッ!
突如、普通のグリズリーとは桁違いな咆哮が響き渡る。
「久しいな。キング・グリズリーか」
森に入って初めてあったのがキング・グリズリーだったのが相当運が悪いらしく、あれ以来探しても全く見つからなかった。
グオォォッ!
森の木々を薙ぎ倒し、前と同じように前足を頭上に掲げて威嚇するように姿を現わす。
設置してあった松明が倒され、森の中があっという間に火の海と化す。
昔の私ならこんな時どうしただろうか……。
まぁ、どうでもいいか。
スッと手を左か右へ水平に横薙ぐ。
次の瞬間、不可視の黒い刃が無数に放たれ、キング・グリズリーだけでなく森の木々や、関係のない小動物までもが無惨に細切れになった。
どうやらまだ力の加減が出来ていないようだ。
次は右手を目の間にかざし再生の力を使う。慣れてくるとあれこれ念じるようなことをしなくても力は働く。
切り飛ばされた木や燃やし尽くされた草花は元の姿に戻り、細切れになった兎や鳥は何事もなかったかのように走り去る。倒れたはずの松明も元の位置に戻り、キング・グリズリーが現れる前の光景が目の前に戻る。
これでよし。
邪魔な者は躊躇なく殺すが、無暗に殺すのは望むところではない。
さて、あれを軽々と倒したはいいが問題もある。
「また、肉が増えた……」
翌日、再び北に向かって歩く事半日したところで、やっとこの森と別れを告げた。そして、その先にあったのは見渡すばかりの茶色い大地。多少の草木はあるが、あまり住みたいと思う場所ではない。
ここは城の地図で見た覚えがある。記憶が確かなら、ルーネンブルク王国からやや北にいった所に茶色の空間が描かれていた。そして、そこには国名が何も書かれていなかったため、そこに人は住んでいないものだと思っていた。
「こんなところに建物……いや、国……なのか?」
だが、今目の前には一軒のかなりの大きさの建物がある。王都にある最大級の宿屋に匹敵する大きさだ。もし同じような宿泊施設であれば、ここに50人くらいは住んでいることになる。
その建物の周辺には畑がいくつかあり、さらにその外周を簡単な木の柵が覆っていた。そして、その柵の入り口となる部分に看板が設置されており、こう書いてあった。
『孤児の国・オーファネイラ』
国? 見る限りこの巨大な宿屋のような建物以外何もないというのに、国を名乗るというのか。
「あら? ここを訪れたということは、あなたは孤児ですか?」
声をした方に目を向ければ、すぐ目の前に黒い修道服のような物に身を包んだ女が立っていた。なんでこんなところに? と思う様なまだ若い綺麗な女だ。
「違う」
「……そうですか。孤児以外の人が訪れるなんて何年振りでしょうか」
「別に訪れた訳では――」
そこまで言いかけて背後の光景に目を奪われた。
建物から多数の子供が、目の前の女と同じ格好した者に連れられ畑の方に向かっていく。
「あれが孤児か?」
「そうです。この国では自分達で食べる物は自分達で育てるのがルール。畑仕事の後は勉強、その後は自由時間、その後はまた畑仕事、そしてまた勉強、それからお祈り……彼らが大人になった時ここを出て、他国で暮らしていけるよう育てるのが私達の国の目的です」
大層立派なことではあるが、やっていることは孤児院と変わらない。国に属していない分補助を受けれず苦しい生活を強いられるのではないだろうか?
「どこか大きな国で孤児院をやった方がいいのではないか?」
「私達も初めはそう思いました。ですが、大国の孤児院の中には裏で闇商人と通じている者がいたのです。始めは里親が出来る子供が多く喜んでいたのですが、それが実は全て奴隷として売られていることを知った時には愕然としました」
今でも後悔しているのであろう、悔しそうに唇を噛む。
大変そうではあるが、私には関係のないことだ。
「そうだ、何か外套の様な物はないか? あと、髪を縛れる物もあると助かる」
そういうと彼女は私をジッと見つめ、
「そうですね。確かにその恰好ではあんまりですね。ちょっと待っていて下さい」
別に急ぐ必要はないのだが、彼女は慌てて建物中に消え、戻ってくる時には黒い布と白いリボンを持ってきていた。
「子供達用の余り物ですが、良かったらどうぞ」
手渡された外套を身に着けてみる。装飾など何もない黒一色のただの外套だった。
だが、今の私には丁度いい。
「髪は結って上げますね」
そう言って私の後ろに回り込み、慣れた手つきで髪をまとめ始める。城にいた時はメイドにやってもらっていたので助かるのだが、どんな髪型にする気だ?
「はい出来ました」
そう言われて結ばれた髪に手を添える。
「ツインテールか。威厳も何もないな」
「可愛いですよ。顔立ちはかなりいいですし、もっと綺麗にすればどこかの国のお姫様みたいになると思いますよ」
お姫様ね……もう今の私にはそんな外っ面だけの身分に興味はない。
「礼だ。これをやる」
そう言って巨大な布の袋を差し出す。中身は食べきれないグリズリーの肉だ。キング・グリズリーの分も合わさって相当な量がある。
「こ、これは……こんな大量のお肉を!?」
「グリズリーの肉だ。なかなかに上手いぞ」
「それにしたって、それと交換するにしてはあまりにも対価が不等です。等価交換がこの国の――――」
「関係ないな。私のやることにお前らのルールを押し付けるな。それに、将来がある子供達にたまには腹いっぱい食わせてやれ」
子供達の事を出すと彼女は大人しく口を閉ざした。
「じゃあな、機会があればまた会うかもな」
最後にそう言い残し、私は全力で駆け出す。
「あ――――――」
最後に何か言おうとしていたようだが、最後まで聞くことは出来なかった。
初めの言葉が聞こえた次の瞬間には、もう孤児の国は遥か後方になっていたから――。
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