第4話 目覚め

「ここ……は?」


 気が付くとそこは薄暗い石造りの通路。そう、ここは王城へと続く秘密通路だ。

 足元を見れば大量の血痕があった。それはおそらく私が刺された時に出来た物。私がここで殺されたことを証明している。


 だが、何故だ。なぜ私は生きている。しかも、体を動かして見る限りどこも異常はない。


 蘇生された? 何のために? わざわざ国から追放して、戻ってきたら殺されて――それで生き返す意味が分からない。


 とりあえずここを離れよう。


 外の日はまだ私がここを訪れた時からそれほど変わっておらず、時間的には殺されてからそれほど経っていないようだった。


 私は王城を離れ近くにある断崖絶壁の丘の上に移動した。

 ここは子供の頃よく遊びに来ていた場所で、ここからなら王城が一望出来る。さらに、こちらの方が高い位置にあるため見つかる可能性が低い。


 眼下にそびえ立つ王城に目を向ければ、バルコニーに見知った顔が二つあった。

 フィリア姉様と、宮廷魔導師グレイオスとかいう奴だ。


 何を話しているのだろうか? ここからではさすがに聞け――


「ティアは本当に――」


 一瞬耳にフィリア姉様の声が響いた。

 まさか……ここから二人の会話が聞こえた? ここからでは米粒ほどの大きさにしか見えない二人の会話を?


 私はもう一度二人に集中する。 


「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「えぇ、あれは紛れもなく魔炎。絶対に生きていることは不可能です」

「そう。なら後は私が王位を継承する日が来るのを待つだけね」

「そうですね。王も最近は衰弱し切って寝たきりのご様子。フィリア様が女王となる日も近いでしょう」


 お父様が衰弱……。1年前はあんなに元気だったのに?


 やはり何か陰謀が渦巻いている気がする。だけど、今の私にはそれをどうこうする力はない……。


 ただ一つ言えるのは、あの宮廷魔道師の男が怪しすぎるということ。1年前急に姿を見かけるようになり、ずっと警戒していたのだが結局何者なのかは分からなかった。


 もしこれであいつが他国のスパイとかで、全ての黒幕だったとしたら死んでも死にきれない。


 とりあえず、いつまでもここにいるわけにはいかないし、別の場所に移動しよう。


 それにしても、あんな離れた距離でフィリア姉様達の会話が聞き取れたのは、一体何だったのだろうか? 風の魔法で似たようなことが出来なくもないが、私はまだその魔法は使えない。


 そんなことを考えながら、近くにあった森の中を歩いていく。街道を歩けば人に見つかるので、あえて森の中を選んでいる。


 北方の国はまだ訪れていない国が何箇所かあるため、可能性は低いが行ってみる価値はあるだろう。


 ふと耳に嫌な声が聞こえ足を止める。


 この低い唸り声、おろらく獣か何かだ。


 そして、それは目の前の巨木を薙ぎ倒し姿を現わした。


 グォォォッ!


 それは人間の様に二本の足で立ち上がり、前足を大きく振り上げて威嚇するように咆哮した。


 通常のグリズリーよりも遥に大きい巨体、キング・グリズリーだ。通常のグリズリーが2メートルくらいとすれば、キング・グリズリーは4メートルを超える化け物だ。森の中で人が滅多に近付かないような、深い場所に隠れて生息していることが多いのだが、どうやらそこまで足を踏み入れてしまったようだ。


 だが、私には魔法がある。


「エアロ・ブラスト!」 


 先制攻撃とばかりに魔法を放つ――が、手を伸ばしたその先からは何も出てこなかった。


 ガアァッ!


 キング・グリズリーが鋭い爪のある前足を私に向かって振り下ろして来る。間一髪でそれを避けるが、その攻撃を受けた地面が大きく抉れた。


 あんなもの体に食らったら内臓をぶちまけて即死だ。


「エアロ・ブラスト!」


 再度魔法を放とうとするが、やはり何も起きない。

 どういう理屈かは分からないが、一度死んで魔法が使えなくなったとしか考えられない。


 だが、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。

 さきほどの台詞からして、宮廷魔導師が何かを企んでいる可能性が高い。生きて、何とかそのことをフィリア姉様に伝えなければ――手遅れになる前に。


 私は足元に落ちていた枝を拾い上げる。


 これであいつの目を潰す。視覚を奪えば倒せなくとも逃げ切れる可能性はある。


 ガアァッ!


 キング・グリズリーが再度襲い掛かってくる。またしても前足から繰り出される鋭い爪の攻撃。私はそれを避け――たつもりだった。一度死んだせいなのか思ったように体が動かず、左腕に激痛が走った。


「あぐッ! このぉッ!」

 

 それでも死に物狂いで枝をキング・グリズリーの右目に突き立てる。その瞬間、何か爆発したような衝撃が全身を襲い、私は吹き飛ばされて数メートル後ろにあった木に背中を強打した。


「いッ、一体何が……?」


 体を起こそうとしたが腕に激痛が走り諦めた。


 キング・グリズリーはどうしたのかと正面に顔を向けると、ソレは上半身が吹き飛んだ状態で倒れていた。誰かが魔法で私ごと殺そうとしたのかとも考えたが、周囲に人の気配はない。


 私が倒した……という認識でいいんだろうか?


 死んだことにより魔法を失い――何か新しい未知の力を得た? そんなことがあるのだろうか? だが、生き返ること自体あり得ないことだ。もしかしたら……。


「あ……」


 激痛を与え続ける左腕に目を向け思わず声が漏れる。


 キング・グリズリーの一撃により左腕は二の腕あたりからバッサリと裂かれ、ぶらりと垂れ下がりもはや自分の意思で動かすことは不可能だった。回復魔法が使えればなんとか治癒出来たかもしれないが、回復魔法はフィリア姉様の得意分野で私は使えない。 

 

 だが、これももしかしたら……?


 どういう力を得ているのか、そもそもそんな力を本当に持っているのかも怪しいが、試してみるだけならいいだろう。無理ならもう左腕は諦めるしかない。


 右手を左腕に添える。そして、


 ――左腕よ再生せよ。


 とりあえず頭に浮かんだ言葉を念じると、左腕の痛みが瞬時になくなった。回復魔法でも徐々に自然治癒力を高めて治癒させ、深い傷の場合は時間を掛けて治していくというのに、まさか一瞬で治ってしまうなんて。


 試しに左腕を上げたり下げたり、手を開いたり閉じたりしてみるが、全く違和感はない。


 治癒というより、まさに再生に近い。私がそう念じたからか……?


 とりあえず、もっと何が出来るかこの力を調べてみよう――。

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