第3話
数日後。
王宮にて当事者であるメリア、アリーシャ、王太子。それにメリアの父親であるローゼン公爵と国王を加えて話し合いが行われることになった。
話し合いの結果、知らされていなかったいくつかの事実が明らかになり、王太子が思わず声を上げる。
「ま、まさかアリーシャが婚約していたなんて……しかも、相手は公爵の弟である隣国の大公だと!?」
愕然とした事実を知らされて、王太子がガクガクと震える。
そう、アリーシャはすでに婚約していたのだ。
相手はメリアの叔父。隣国の大公家に養子に入っているローゼン公爵の弟だった。
隣国の大公家――ルートリヒ大公家は後継ぎに恵まれず、流行り病によって親戚の若者を大勢失っている。
本来であれば国内にある遠縁の貴族家から養子を入れるべきなのだが……隣国は政情が非常に複雑であり、どこの家から養子をもらっても政治的に角が立つ状況だった。
そのため、友好関係にあった他国の貴族家――つまりローゼン公爵家から養子を迎えることになり、両国の王家の許可を取ってメリアの叔父が現・大公となったのである。
1年ほど前、隣国から帰省してきた叔父がローゼン公爵家を訪れた際、メリアのところに遊びに来ていたアリーシャと顔を合わせることになった。
当時、14歳だったアリーシャはルートリヒ大公のことを一目見るや気に入り、その場で10歳以上も年上の大公に婚約を申し込んだ。
大公もまた美しい少女に一目惚れしたのだが……相手は姪の友人。自分よりもずっと年下の少女だ。
いくら未婚で妻がいなかったとしても、素直に「うん」と頷ける状況ではない。
大公はアリーシャと婚約する条件として、貴族学校の卒業まで待つことを提案した。
学園で同年代の男子と接しながら、それでも年上のオジサンである自分を選んでくれるのならば妻として迎え入れる……求婚してきたアリーシャにそんなふうに応えたのである。
「もちろん、私はルートリヒ大公の妻となる意思を固めています! 卒業まで待つ必要などなかったのですが……」
アリーシャはそう言って、恥ずかしそうに笑った。
頬を薔薇色に染めて微笑むアリーシャの姿は恋する乙女そのもの。政略ではなく、本心からルートリヒ大公を慕っていることがわかる。
「だ、だったら……メリアがアリーシャを「オバサン」と呼んでいたのは……」
「私のことを『叔母』として認めてくれていたからですよ。メリアにそう呼ばれるのはとても嬉しかったので訂正せずにおいたのです!」
王太子の問いに、アリーシャははっきりと答えた。
愕然と固まってしまう王太子へと、今度はメリアが横から言葉をかける。
「ちなみに、アリーシャと叔父様の婚約は表向きには伏せられていましたが、国王陛下にはちゃんと報告してありますよ? 伯爵家の娘が隣国の大公に嫁ぐなんて、外交上、とても重要なことですから」
「だ、だったらどうして私に知らせてくれなかったのだ!? 私は次期国王、王太子なのだぞ!?」
「知らせましたよ。王太子殿下には私の方から手紙を送ったではありませんか?」
「へ……?」
メリアの言葉に王太子は固まり、目を白黒とさせる。
「王太子殿下にはこれまで何通も手紙を出しましたけど……そういえば、1通たりとも返事が戻ってきたことはありませんね? ひょっとして、私からの手紙を読まずに捨てていたのですか?」
「あ……」
王太子が気まずそうに顔を伏せる。
幼い容姿の婚約者が気に入らず、せめてもの抵抗として手紙を読まなかったのだが……そんな手紙の中に重要な知らせが混じっていたらしい。
「この馬鹿者が……何という愚かな……」
「どうやら、王太子殿下は我が娘を軽んじていたようですね」
「…………」
国王とローゼン公爵がそろって侮蔑の目を王太子に向ける。
王太子は弁明の言葉もなく、無言で項垂れた。
そんな情けない息子の姿に国王が深々と溜息を吐く。
「……こうなった以上、メリア嬢との婚約は白紙に戻すしかあるまいな。公爵家の後ろ盾を失ったからには、息子を王にするわけにもいかん。廃嫡して、王位は弟に継がせることにしよう」
「そんな……私が廃嫡されるなんて……」
父王の言葉に、王太子はますます肩を落とす。
しかし……「嫌だ」などといえる状況ではない。
メリアからの手紙を読まなかったのも、勘違いからメリアを断罪して婚約破棄したのも、全ては王太子の独断なのだから。
「ああ……何と言うことだ。こんなことならもっとメリアに誠実でいれば良かった……」
いよいよ頭を抱えてしまう王太子であったが……そんな彼に、救いの手を差し伸べる人間がいた。
「あら? 私は構いませんよ。王太子殿下とこのまま結婚してあげても」
「ッ……!?」
メリアが悪戯っぽく笑いながら、そんなことを口にしたのである。
「良いのか、メリア。この男はお前を捨てようとしたクズだぞ?」
「メリア嬢、無理することはない。次期国王の候補者は他にもいるのだ」
父親である公爵だけではなく、国王までもがメリアを気遣う。
しかし、メリアはニッコリと笑いながら両手をパチリと合わせた。
「こんな事を仕出かした殿下にはペナルティが必要でしょうけど……私が言う条件を守ってくれるのなら、王妃に
「…………」
おかしそうに言ってくるメリアに、王太子は頷くしかなかった。
どんなに不利な条件を突きつけられようと……自分の地位を守るためには、この子供のような容姿の婚約者に縋るほかにはないのだから。
王太子は年下の婚約者に頭が上がらず、言いなりになる未来が決定したのである。
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