第2話

「メリア・ローゼン! 君との婚約を破棄させてもらう!」


「ええっ!? 急にどうされたのですか、王太子殿下!?」


 婚約者である王太子から突きつけられた言葉に、メリアは驚いて口元を抑えた。


 場所は貴族学校にある一室。生徒達が交流するサロンとして使われている部屋には、多くの貴族の令息・令嬢がいて2人の姿を見守っている。

 中には事前に婚約破棄のことを知らされていたものもいて、「とうとう悪役令嬢が断罪されるのだ」とニヤニヤと嘲笑していた。


理由わけを説明してください! どうして婚約破棄だなんて言い出したのですか!?」


「説明しなければわからないのか? 王太子妃として……いや、次期王妃としてふさわしくない振る舞いをしておいて、本当に呆れさせてくれるよ」


 メリアよりも1学年上の王太子は軽蔑しきった目で、怯えた顔のメリアを見下ろした。

 背の高い王太子が小柄なメリアを睨むと、大人が子供を苛めているようにしか見えないのだが……構うことなく、婚約者を断罪する。


「無論、君がアリーシャ・レイウッド伯爵令嬢を苛めているからに決まっているだろう!?」


「は……私がオバサンを? 何の話ですか?」


「何の話って……その「オバサン」呼ばわりに決まっているだろうが!?」


 王太子がどんどんヒートアップしていき、感情のままに声を荒げる。


 この王太子、実は以前からアリーシャに対して恋心を抱いていたのだ。

 公爵令嬢のメリアという婚約者がいたから、淡い恋心を封じていたのだが……そんな片恋相手を虐げる婚約者にとうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。


「クラスメイトを「オバサン」呼ばわりする貴様のような性悪女に次期王妃は務まらん! 貴様を婚約破棄して、代わりにアリーシャ・レイウッドを新しい婚約者にする!」


「はあああああああっ!? 何を勝手なことを言ってるんですか、貴方は!?」


「黙れ黙れ! これは王太子である私の言葉を遮るな! これは決定事項だ!」


「決定事項って……!」


 なおも言い返そうとするメリアであったが、そこに新たな人間が現れた。

 サロンの扉を開き、もう1人の当事者であるアリーシャ・レイウッドが飛び込んできたのである。


「何の騒ぎですか、これは!?」


 いつもの丁寧で礼儀正しい仕草を捨てて、アリーシャはサロンの中にいる人間達に声を張り上げる。

 アリーシャは肩で息をしており、ここに急いで駆けつけたことがわかった。


「オバサン!?」


「貴様、まだ言うか……!」


 なおも「オバサン」呼びを止めようとしないメリアに、王太子が額に青筋を浮かべて腕をふり上げた。

 そのまま婚約者の頬を張り飛ばそうとする王太子であったが……それよりも先に、アリーシャがメリアに抱き着いた。


「やめてください! メリアに何をするのですか!?」


「退くんだ、アリーシャ! そんな悪役令嬢を庇うことはない!」


「悪役令嬢って……メリアが何をしたというんですか!? この子は何も悪いことなどしていないではありませんか!」


「くっ……君は優しすぎる! その女は君のことを「オバサン」などと呼んでいるのだぞ!? クラスメイトを苛めているじゃないか!」


 王太子は威圧的な口調で言い募るが……そんな王太子を、アリーシャがキッと睨みつける。


「この子は私の姪ですよ!? 『叔母さん』と呼んで何が悪いんですか!?」


「…………は?」


 アリーシャの言葉に、王太子は手をふり上げたまま固まった。

 叔母さん……『オバサン』でも『小母さん』でもなく、『叔母さん』と言ったのか。


「私はメリアの叔母です! 私の可愛い姪っ子を苛める人はたとえ王太子殿下であっても許しませんよ!」


 アリーシャの言葉に、王太子はもちろん、サロンにいた全員が固まった。

 そのタイミングでようやく騒ぎを聞きつけた教員が駆け込んできて、その場はお開きになる。

 王太子による婚約破棄という大騒動により、後日、関係者を集めて改めて事情説明が行われることになったのであった。

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