小さい頃に結婚を約束した女の子にお世話され始めました

皐月陽龍 「氷姫」電撃文庫 5月発売!

泥酔して帰ってきたら美少女にお世話される事になりました

「わたし、おっきくなったらしおんおねえちゃんとけっこんする!」


 なんだこの可愛い生き物は。え? 可愛いが? 好きだが? 死ぬが?


「うんうん、なっちゃんがおっきくなったら結婚しようね?」


 私の膝の上で抱きついてくるこの子は、近所に住んでる石川奈津いしかわなつちゃん。通称なっちゃんである。五歳だ。


 くりくりとしたおめめが可愛らしくて、にへらと笑う。お人形さんのように黒髪がさらさらで触り心地も良い。ひょんな事から懐いてくれたんだけど、めちゃくちゃ可愛いのだ。もう、大好き。


 ちなみに私は立石紫苑たていししおんである。現在十五歳の高校生だ。


 ちっちゃい子特有の「けっこんする!」という言葉を聞きながら頭を撫でる。にへらと笑う。可愛い。結婚する。


「あーもう、可愛いなあ」


 その頭をうりうりと撫でるときゃっきゃと喜び。頭を擦り付けてくる。くっそ可愛いが? お持ち帰りしていい? 良いよね? え? だめ? なんで?


「えへへぇ。まなおねえちゃんすきぃ」

「うんうん、私も好きだよ?」


 こんな風に懐いてくれるのは今のうち、子供の時だけである。


 ぎゅっと抱きしめると、子供特有の暖かい体温に癒され。笑顔に癒され。ああ、この子は将来白魔術師になるんだろうなあとか意味不明な事を考えながら。


 なっちゃんが疲れるまで、撫で倒したのだった。


 ◆◆◆


 あれから十年が経ち、なっちゃんと遊ぶ事も少なくなっていた。


「た、だい……まぁ」


 ふらつく足で帰宅をする。立石紫苑、二十五歳。三十路に片っぽ足を突っ込んだOLです。お酒に弱いとです。


「あー、つかれたぁ」


 あの上司。私がお酒に弱いの知っててあんなに飲ませやがって。ま、いっかぁ。飲まなきゃやってられないし。


「もう、ダメだよ。紫苑お姉ちゃん。そんな所で寝てたら」

「えへへぇ、らってぇ。ゆか、つめたくてきもちいいんだもん……ん?」


 あれ? 返事? 今返事が返ってきた?



 ……おかしいなぁ。私、一人暮らしのはずなんだけど。


 あ、そっかぁ。幻覚かぁ。


「風邪、引いちゃうよ? 今ベッドに連れて行ってあげますから」

「わあい。えへへ、ぎゅー」

「ッ、紫苑、お姉ちゃん!?」


 人肌の温もりだぁ。あったかぁい。何年ぶりだぁ?



 それにしてもこの幻覚、あったかいしすっごい柔らかい。何これ、なんでこんなにおっきいの?


「ひゃっ、ちょ、紫苑、おねえちゃ……」

「やわっこい……おっきい。えへへ、すきい」

「……も、もう。しょうがないなあ、紫苑お姉ちゃんは」


 もむもむ。もむもむ。ぎゅー。



 ……もむもむ。もむ……もむ。も……む?




 ん? 幻覚長くない?


 あ、やっと焦点が合ってきた。……あれ? 幻覚にしてはくっきり見え……。


「……あ、あれ? なっちゃん?」


 なぜか。私がなっちゃんのおっぱいを揉んでいた。


「や、やっと気づいたの?」

「え? あれ? なん、なんでなっちゃんが家に?」


 一気に酔いが覚めてきた。それと同時に、さっと顔から血の気が引いた。


「おばさんから頼まれたんだよ。最近、元気がないから様子を見てきて欲しいって。これ、スペアキー」

「そ、そっ……か」




 ……。




「申し訳ありませんでしたぁ!」


 私は全力でなっちゃんから離れて。土下座を決めた。


 ふふ。社会人の土下座を舐めるでない。私の記録は0.34秒。社内でも閃光の土下座使いとか呼ばれてたりしなくもないんだぞ?



 とか思いながらも。いやーな汗が背筋をだくだくと流れる。



 事案。逮捕。退職。世間からの冷たい視線。ご近所さんの噂。


 死んだ。社会的に。死んだ。



「ちょ、ちょっと、紫苑お姉ちゃん!?」

「マコトニモウシワケアリマセンデシタ。ケイサツハ、ケイサツハヤメテクダサイ。オカネナラハライマス」

「お、お金なんていらないから! と、とりあえずベッド行こ? 冷えるから」

「ウゥ……ゴメンナサイ」


 そのまま私はベッドへと連れていかれる。


「……べ、別に紫苑お姉ちゃんが触る分には何も問題はないから。そうだ。今お水持ってくるね」

「うぅ。ありがとう」


 そのままベッドで私はなっちゃんが持ってきたお水を飲む。


「……本当にごめんなさい」

「だから大丈夫だってば。そんな事より紫苑お姉ちゃん。……帰ってくるの、遅いんだね?」



 あれー? なんか部屋寒くなったー? 毛布被ろ。


「え、あ、その。会社の飲み会で。遅くなりました」

「そっか。……彼氏とかと一緒だった訳ではないんだ」

「か、彼氏? やだなぁ。私なんかに出来るわけないでしょ?」


 そう返すと。部屋の気温が上がった。変な気温だなあ。


 毛布をどけると。なっちゃんが寒いのか、毛布を抱きしめた。


「……彼氏、いないんだ。へえ、そっか」


 どこか意味深な笑み。なんとなく背筋に悪寒を覚えながら。話を逸らそうと私は笑う。


「え、えへへ? な、なっちゃんもよくお留守番してくれてたね? もうこんな時間なのに」

「……やる事はたくさんあったからね。洗濯とか。お皿洗いとか。掃除とか」

「……へ?」

「ダメだよ、紫苑お姉ちゃん。あんなに溜め込んで。全部洗濯して乾かして畳んで置いておいたから」

「……まじ?」

「まじ」


 リビングの方を見ると。確かに洗濯物が畳まれていて。キッチンではお皿やお箸が立てられていた。


「……あ、ありがとおおおおお! 大好きいい!」

「ひゃんっ!」


 思わずまたなっちゃんに抱きついてしまった。しかし、すぐに私は離れた。

「あっ……」


 ん? なんか今寂しそうな顔しなかった?


 まあいっか。


「ごめんね、お酒臭いよね。うぅ……」

「別に、そんな事ないけど。それより紫苑お姉ちゃん、お酒。そんなに飲んできたの?」

「う、ううん。でも、私お酒弱くって、上司がねぇ。めちゃくちゃ飲ませてくるんだよ」

「……へぇ」


 あれ? 気温さん? どこいっちゃった?


「ちなみに。やましい目的とかではなかった?」

「あー……ちょっと、ね」


 そういえばあのクソ上司。セクハラ多かったもんなぁ。触ってくる事はなかったけど。胸の大きさとか下着の色とか聞いてきて。


「……紫苑お姉ちゃん」

「は、はい?」

「紫苑お姉ちゃん。流されやすいんだから気をつけて。……うん、決めた」

「わ、分かったけど……決めたって何が?」


 するとなっちゃんは可愛く笑って。



「私、明日からこっちに帰ってくる」



 ……と。そう言ったのだった。


 ◆◆◆


「ただいま」

「おかえり、紫苑お姉ちゃん。晩御飯、もう出来てるけど。お風呂とご飯、どっち先にする?」


 家に帰ってくると。美少女JKがエプロン姿で出迎えてくれる。これなんてラブコメ?


 というのはさておいて。今、私はなっちゃんにすっごいお世話されてる。


「な、なっちゃん? 嬉しいけど……なっちゃんも女子高生なんだし、あんまり無理しないでね? べ、勉強とかちゃんとしてる?」

「うん、もちろん。この前のテストも百点だったし」

「ひゃ、ひゃく……?」


 なにそれ凄い。都市伝説じゃん。百点のテストって。


「だから。紫苑お姉ちゃんはちゃんと毎日帰ってきてよ?」

「は、はい。頑張ります」


 飲み会も『家に待ってる人がいるから』と断れるようになり。今は定時退社が可能となった。


「それで、お風呂とご飯。どっち先にするの?」

「あ、じゃあご飯で……」

「わかった。先座っといてね」

「うん、ありがと」


 奈津に言われるままリビングに向かって座り。並べられた豪華な食事に舌鼓を打つ。



「んー! やっぱりなっちゃんお料理上手だよね!」

「お母さんから習ったんだ。……紫苑お姉ちゃんに喜んでもらえたなら良かった」


 何この子可愛い。結婚しよ。


「はあー。これならいつ彼氏が出来ても安心だね」

「……作るつもり、ないから」

「ん? そうなの? なっちゃん可愛いからすーぐ彼氏なんて出来そうなのに」

「今は紫苑お姉ちゃんで手一杯だからね。紫苑お姉ちゃんがちゃんと生活できるようになったら考えるよ」

「うっ……すみません」


 私が謝ると、なっちゃんは柔らかく笑った。


 そうしてご飯を食べ終えると。なっちゃんが真っ先にお皿を片付けて洗ってくれる。


 私がやると言っても、「紫苑お姉ちゃんは私より疲れてるでしょ? 休んでて」と返されるのだ。



 …………あれ? 私、ダメ人間にされてない? というか最後に家事したのいつだ?



「あ、そうだ。紫苑お姉ちゃん。わらび餅買ってきたけど食べる?」

「食べるー!」


 そんな悩みもすぐに忘れて。私はなっちゃんとわらび餅を食べて。一緒にお風呂に入ったのだった。


 ◆◇◆



 すやすやと寝息を立てる彼女を見て。思わず私は笑みが零れた。


「可愛い寝顔。昔から変わってないんだよね」


 元々はボサついたけど……最近やっと、昔のように艶やかな髪色になった。


 その髪を梳くように撫でると、くすぐったそうに身をよじった。


 その耳元に口を寄せる。


「大好きだよ、紫苑お姉ちゃん」


 上司にセクハラをされる、と聞いて頭がおかしくなりそうなくらい嫉妬に襲われそうになった。


 お酒を飲ませて紫苑お姉ちゃんにえっちな事をしようとする。なんて汚らわしい考えだ。


 また、同僚の男の人にデートに誘われた。プレゼントを渡されたと聞いて。頭がおかしくなるかと思った。




 ――紫苑お姉ちゃんは私のなんだよ? どうして奪おうとするの?



 しかし、そんな怒りもすぐに霧散した。


『デートに誘われたけど。なっちゃんが居るから帰ってきちゃった』


 そんな人より私を優先してくれて。誰よりも私を優先してくれて。背筋がゾクゾクと歓喜に打ち震えた。


 紫苑お姉ちゃんが、私の事が好きでいてくれたって事だから。


 ……でも、その好きはまだ違うものだって事も分かってる。



 だから、私なしでは居られないようにする。


 紫苑お姉ちゃんがお仕事に行ってる間に家事を終わらせる。ご飯もとびっきり美味しいのを作る。



 私なしでは満足な人生を送れないように。私以外の人では幸せに出来ないように。



 そうすれば、いつかきっと。紫苑お姉ちゃんは気づいてくれる。私を好きになってくれる。


「大好きだよ、紫苑お姉ちゃん」


 もう一度耳元で囁く度に私はほう、と息を吐きたくなる程の満足感に襲われる。




 まだまだ時間はかかるけど。




「いつか、私を貴方の物にしてね。……紫苑」


 その呟きと共に……その唇に自分のものを合わせたのだった。

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