第6話

 正論によって王太子を撃退したミゼであったが、それで事態は終わらなかった。

 数日後の夜、レオナルドがミゼの寝泊まりしている離宮に不法侵入してきたのである。


「ミゼ……!」


「…………!?」


 真夜中。いつものように仕事に疲れて熟睡していたミゼであったが、この場にいるはずのない男の声で目を覚ました。

 ランプが生み出した薄明かりの中、すぐ目の前に自分を捨てて他の女を選んだ王太子――レオナルドの顔がある。


「……どうして、貴方がここにいるのですか。王太子殿下」


「昔のように『レオ』と呼んではくれないんだな……やはり君は変わってしまった」


「……お互いさまです。心変わりして、私を捨てたのは貴方の方ではありませんか」


「違う! 私は騙されただけだ! あの女に……ルミアに騙されただけだ!」


 レオナルドが噛みつくように叫んだ。

 ランプの明かりに浮かび上がる両目は濁っており、色濃い狂気の色に染まっている。


「あの女……美しい自分の方が王妃にふさわしい。私のことを喜ばせることができるなどとほざいておきながら、結婚した途端にブクブクと太ってやがる! あれで、どうやって王妃が務まるというのだ!? 食って寝ているだけじゃないか!?」


「……彼女が王妃にふさわしくないのは王妃教育の段階からわかっていたはずです」


 ミゼは淡々とした口調で語った。

 どんどん太っている原因は贅沢で堕落した生活が半分、ミゼの仕返しが半分である。ミゼがどうのと口出しをできるわけもない。

 だが……体型や外見以前に、王太子妃として最低限の仕事をできていないことの方が問題である。


「彼女を王太子妃に選んだのは殿下ではありませんか。少しばかり太ったくらいで真実の愛を捨てるおつもりですか?」


「違う! 私は悪くない、悪くないんだ! 全ては間違いだったんだ!」


 レオナルドがミゼを睨みつけ……ニチャリと粘着質な笑みを浮かべた。


「……間違いは正さなくちゃいけない。あの女と離縁して、ミゼを正妃にしたら全部、元通りじゃないか。元の鞘に収まるだけでみんなが幸せになれる!」


「……その『みんな』に私は入っていないようですね。殿下の失態を尻拭いするなど、ハッキリ言って迷惑です」


「五月蠅い! お前は俺の側妃なんだから、言うとおりにすればいいんだよ!」


「ッ……!」


 バチンと音が弾けた。

 頬から伝わってくるジンジンとした熱。

 遅れて、ミゼは自分が殴られたことを悟った。


「王太子である私に抱かれるなんて、こんな光栄なことはないだろうが! 黙って私に従え!」


「落ちなさい」


「くあ……!?」


 ギフトの力を発動させる。

 レオナルドの身体がくらりとかしいで、そのまま白目を剥いて昏倒した。


「重っ……まったく、無能なくせに身体は一丁前に大きいんだから」


 ミゼはのしかかってきたレオナルドを苦労してどかす。

 ベッドから蹴り落としてやるが……レオナルドは目を覚まさない。完全に気を失っていた。


「低血糖症状による意識障害……ざまあないわね」


 人間の脳は活動のために一定値以上の糖分を必要とする。

 必要最低限の糖分が与えられなければ脳は十分な活動をすることができず、吐き気や発汗、動悸、けいれん、意識障害などの症状を引き起こしてしまう。

 ミゼはギフトの力でレオナルドの血糖値を操作することにより、強制的に低血糖症状をもたらしたのである。


「『無能なギフトしか持っていない女は王妃にふさわしくない』でしたね? その無能なギフトに足をすくわれるとは間抜けなことですこと」


 ミゼは着替えを済ませると、すぐに人を呼んだ。

 王太子がミゼに夜這いをかけようとしたこと、ミゼの頬を殴ったこと、失敗して返り討ちになったことをすぐさま大勢の人に知らせる。

 朝が来る頃には王太子の蛮行は多くの人間が知るところとなっていた。

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