第5話

「クソッ! ルミアめ……あんなにブクブクと太りやがって! あれじゃあ、夜会でエスコートもできやしない!」


 その日、王太子であるレオナルドは苛立っていた。

 少し前から、正妃として結婚したルミアが太り始めていたのだ。

 できるだけ気づかないふりをしていたのだが……身体を重ねるたびに重くなっていく妻に内心ではうんざりしている。


「【美貌】のギフトを持っているくせに、あんなに醜く太るだなんて……いったい、何が起こっているんだ?」


 ルミアは血糖値を上げられたことが原因で肥満になっており、太った容姿を隠すために部屋に閉じこもっていた。

 外出できないストレスが食欲に向かった結果、朝から晩まで贅沢な料理やスイーツを食べている。

 そんな悪循環により、とうとう体重が100キロを超えてしまったのだ。


「あんな女は俺にふさわしくない……まったく、どうしてあんな女を王太子妃にしてしまったんだ!」


 自分のワガママを棚に上げて、王太子は身勝手なことを口にする。

 ブツブツと苛立ちをつぶやきながら王宮の中を歩いている王太子に、臣下や使用人も距離を取っていた。


「む……?」


 乱暴な足取りで王宮を歩いているレオナルドであったが……庭園の一角にあるテーブルでミゼがティータイムをしているのが目についた。


「ミゼ……」


 レオナルドがゴクリと唾を飲む。

 久しぶりに見るミゼであったが……彼女の容姿がレオナルドにはひどく整っているように見えた。


「…………」


 レオナルドの脚が自然とミゼの方に向かっていく。

 メイドが淹れた紅茶を飲んでいたミゼが近づいてくる王太子に気がつき、怪訝な顔で振り返る。


「あら……何か御用ですか、王太子殿下」


「み、ミゼ……」


 冷たいミゼの視線にレオナルドがたじろぐ。


「用事がないのなら、これで失礼しますわ。まだ仕事が残っていますので」


「ま、待て!」


 さっさと去っていこうとするミゼであったが、レオナルドが慌てて呼び止める。


「そ、その……なんだ、お前は相変わらず、顔と身体だけは悪くないな!」


「はあ?」


「いや、美しかった頃の・・・・・・・ルミアにはとても敵わないが、お前もなかなか悪くない顔をしている!」


「…………」


「それに比べて、最近のルミアはなっておらん【美貌】の加護によって得た美しさだけが取り柄だったというのに、ベッドの上でのしかかってくると重くて潰れそうになるのだ!」


「……それは大変ですこと」


「うむ、大変なのだ!」


 レオナルドが腕を組んでうんうんと頷く。ミゼはますます眉をひそめる。

 何が言いたいのかまったくわからない。たいした用事がないのなら呼び止めないで欲しいものである。


「……公務があるのでもう行っても構わないでしょうか? 用事があるのなら秘書官を通して書類で送ってくださいませ」


「い、いや、そうではなくて……その、仕事の話ではないのだが……」


「だったら、何の話でしょうか? ハッキリ言ってくれないとわかりませんわ」


「その……お、お前は役に立たないギフトしか持っていない女だが、最近は随分と公務を頑張っているな。その働きに免じて寵愛を受けることを許してやろう!」


「は……?」


「頭をたれて謝罪するのであれば、これまでの無礼を許してやる! 本物の妃として愛してやるから感謝するがいい!」


「…………」


 何が言いたいのかと思ったら……どうやら、レオナルドは今さらになってミゼのことを口説いているらしい。


「はあ……私は殿下の寵愛など求めてはいませんので結構です」


「なっ……」


「私達は白い結婚。肉体関係を求めないように契約を結んでいます。愛を語り合うのは王太子妃様となさいませ」


「き、貴様……私が下手に出てやっているというのに、何という無礼な! 私は王太子だぞ!?」


 いったい、いつ下手に出たというのだろう。

 最初から最後まで身勝手なことを叫んで、威張いばり散らしているだけだったような気がするのだが?


「貴様は涙を流して喜び、おとなしく頭を下げればいい! どうしてその程度のこともできぬのだ、この役立たずの無能者め!」


「その無能者の力を借りねば、誰が王妃の仕事をするのですか? それよりも……周りで人が見ていますわよ?」


 大声を出したせいで、周囲には人が集まり始めている。

 ただでさえ評判の悪い王太子だ。

 これ以上、悪い噂が立つのは致命的である。


「ぐ……お、覚えていろよ!」


 捨てセリフを吐いて去っていく王太子に、ミゼは心底呆れて溜息を吐いた。

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