第4話
王太子レオナルドの側妃となったミゼであったが、その生活が劇的に変化したかと聞かれるとそうでもない。
ミゼは元々、亡き王妃に代わって執務を代行していた。仕事は慣れている。
目下最大の悩みは仕事の妨害をしてくる『お邪魔虫』の存在だった。
「あら、
「……また来たんですか、ルミア様」
わざわざ執務室に乗り込んできたルミアにミゼは溜息をついた。
側妃でありながら王妃や王太子妃の仕事をこなしているミゼには、専用の執務室を与えられている。
部屋に置かれた机で書類を片付けていたのだが……ノックすらすることなく、ルミアが乗り込んできた。
「私の代わりに仕事をしてくれる側妃様を労いにきたんじゃないですかー。どうして、そんな邪魔者みたいな言い方をするんです? やっぱり側妃様は性格が悪いですよねえ」
「…………」
正式に王太子妃になったルミアはたびたび、ミゼのところに冷やかしにやってきていた。
「側妃様って、どうしてそんな仕事ばかりしているんですかあ? レオナルド様が相手をしてくれないんですかあ?」
「……ええ、私はあくまでも仮の妻。王太子殿下とは白い結婚ですので。殿下に愛される役はルミア様にお任せいたしますよ」
「まあまあ! そんなに卑屈になっちゃうだなんて、名ばかりの妃様は本当に大変なんですねえ! 側妃様がどうしてもと言うのなら……私の方から、側妃様も可愛がってもらえるようにレオナルド様にお願いしてあげましょうかあ?」
「結構です」
嘲るように言ってくるルミアに辟易しながら、ミゼは机に視線を落とした。
机の上にはいまだ書類が山積みになっている。ルミアが邪魔してくれたせいで、今日も残業になってしまう。
(仕方がないわね……これも正当防衛だと思ってちょうだい)
「そんなことよりも……ルミア様、最近、少し丸くなったのではないですか?」
「は……?」
ミゼの発した言葉にルミアは目を丸くするが……やがてカッと顔を赤くした。
「なっ……なんてことを言うんですか!? 私が太ったって言うんですか!?」
「いえ……少しドレスがきつそうに見えたもので。腰のあたりとか、ちょっと苦しくはないですか?」
「う……」
ルミアがわずかに怯む。
実際、ルミアが着ているドレスはボタンがパツパツになっており、今にも弾けそうだ。
「肥満には運動が最適ですよ。たまには外に出て、身体を動かしたら如何ですか?」
「っ……失礼するわ! 私も暇じゃないですからねっ!」
ルミアは悔しそうに表情を歪めて、執務室から出て行った。
引き留めることなくルミアの背中を見送り……ミゼはようやく、安堵に肩を落とす。
「悪く思わないでください。ケンカを売ってきたのは貴女ですよ」
【美貌】のギフトによって得た美しさで王太子を射止めたルミアであったが、ここ最近、目に見えて太り始めていた。
その原因は運動不足と贅沢な食生活。
そして……ミゼの持っている【血糖値】というギフトの力だった。
(あの人が仕事の邪魔をするたびに腹いせで血糖値を上げていたのだけど……どうやら、効果が顕れたようね)
人間が食事で糖質を摂ると血糖値が上昇する。
すると、上昇した血糖値を下げるために『インスリン』と呼ばれるホルモンが分泌され、血中の糖分が脂肪に換えられて蓄えられることになる。
ミゼはルミアに嫌味を言われるたびに、仕事を邪魔されるたびに、ギフトを使って彼女の血糖値を上昇させて肥満になるよう促していたのである。
「わざわざ、嫌がらせをしに来る時間があるのなら運動すれば良いのにね。そうすれば、すぐに痩せるはずなのに」
肩をすくめて、ミゼが仕事を再開させた。
その後もちょくちょくルミアが嫌味を言いに来たのだが、結婚から半年が経ったころから急に顔を見なくなった。
彼女が太り過ぎを恥じて部屋から出てこなくなったと聞いたのは、さらに一カ月後のことである。
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