1/7日目 傷痕

 ファミナはミリアの隣に座ると、楽し気に顔を覗き込んだ。

「ミリアちゃんは、好きな人とかいるの?」

「えっ!?」

 飛び上がるように背筋を伸ばし、顔を真っ赤にするミリア。


 想像以上によい反応を示したミリアに、三人娘のテンションも上がる。

「おやおやぁ? これは何かありそうですなぁ……」

 ポウラが反対側からミリアにすりより、オヤジ化した目でミリアに迫る。

 

「え? いや、そんな好きな人なんて……」

 そう言って顔を真っ赤にするミリア。

 誰かを思い描いたのだろう、傍から見ていてもわかりやすい。


 楽しくなってきたポウラは、ミリアの肩に人差し指を当てると、悪戯っ子のような目で迫る。

「嘘つけぇ……やっぱり狙いはライアル様? 彼、カッコいいもんね。今日会ったんだろ?」


「えっ!? ライアル様!?」

 慌てて両手をばたつかせるミリア。首も振り、大慌てで否定する。


「え? マジで本命なの?」

 ポウラは目を輝かせる。

「違うよ! ライアル王子様は確かにステキだけど……」

「じゃあ、誰なの? 教えて?」

 セルンも後ろからミリアの両肩に手を置き、声を弾ませている。

「え!? いや、その……」


 どんどん包囲網が狭くなる。

 言葉をうまく返せない。

 ミリアにとってこんな時間は初めてだということもあるが、楽しい半面で徐々に胸に苦いものも感じていた。


 それは、辛い記憶の回顧。

 忘れたいのに、忘れられない。

 冒険者として生きる中で、一番苦しかった過去。

 それが、無意識に顔の疵に手を延ばさせた。


「私が恋愛なんて……」

 そのまま下を向く。

 前髪がその傷痕を隠すように落ちる。


「あっ……」

 三人はミリアが俯いた理由を察し、自身の軽率さを悔いた。

 

「ご、ごめんね。傷つけるつもりはなかったの。」

「ごめんな、あたいもそんな気はなくてよ」

「ううん、大丈夫。……でも……ね」

 ミリアはポウラの手に自分の手を重ねる。

 そして少し沈黙すると、悲しげな眼で言った。

 

「姉さん、見てもらえますか」

 ミリアは腰のガンベルトを外す。

 

「ミリアちゃん?」

 不安そうに、ファミナはミリアを見上げる。

 ミリアは自ら上半身の衣服に手をかけ、静かに脱ぎはじめた。

 

 突然の行動に、三人は固まる。

 胸元がはだけ、袖が腕から抜ける時には、メイド三人の顔から、血の気が引きはじめていた。


 静かに上着が床に落ちる。

「「「・・・・・・ッ‼」」」


 下着だけになったミリア。

 三人の視界に飛び込んできたのは、全身疵だらけの身体。

 胸の両の乳房は抉られて失われ、深く痛ましい傷痕だけが残っていた。

 それだけではない。額から腰背部、臀部、手足に至るまで無数の傷痕が姿を見せた。

 そして、よく見ると背中にはまである。

 メイド三人の胸が、ひどく締め付けられた。

 

「これが、私なんです。『傷だらけの銃姫』は文字通り、本当なの」

 ミリアは苦しそうに、口の端を上げて微笑む。

 その目には、既に涙が浮かんでいた。

「嘘……どうして……こんな……!」

「なんで……!」

 ファミナが涙をこぼしながら口元を抑え、ポウラは唖然とした口調で体を震わせる。


「ダンジョンで、あるパーティーを魔物から助けようとしたらね? 後ろから斬りつけられて、囮にされちゃって……。彼らが逃げたあと、必死で戦ったけど、相打ちが精一杯で……。そのあと助けられたんだけど、受けられた治療が神殿じゃなかったみたいで……失われた部分は戻らなくて……」

 そう言ってミリアは言葉を閉じた。


「そんな……ひどい……」

 セルンが呆然とした表情でつぶやいた。

「くっ! ゲス野郎どもが!」

 ポウラは力任せにテーブルを叩き、歯を食いしばる。


 この世界で、ミリアのような事例は意外と珍しくない。

 負傷してが高レベルの神官による回復魔法であれば、失われた手足も戻せることがあるという。

 しかし、術者の回復魔法のレベルが低かった場合、傷を塞ぐのが精一杯ということが多いのも実情である。


 ミリアは運がなかった。

 いや、助かっただけでも運が良いのかもしれない。

 しかし、治療は不十分だったと言わざるを得なかった。

 

 ダンジョンでの発見時、ミリアは死の淵に居た。

 緊急の処置だったとはいえ、高位の回復魔法を使える者がその場にいなかったことが災いした。

 何とか傷はふさがったものの、それは命をつなぎとめるのが精一杯のレベルであり、乳房は失われ、大きな傷が全身に残った。

 そして『肉芽』として塞がった傷は、そのまま残ってしまった。

 そうなると肉芽はし、高位の魔法でも『回復魔法』が効かなくなるのである。


 過去には失った前腕を取り戻すために、肘から先をもう一度斬り落とし、神殿で高位の神官に強引に回復魔法をかけさせるという冒険者も存在したらしいが、それは『例外中の例外』である。

 さらに、難易度の高い治療を受けるには、当然のことながら高額の金銭が必要である。


 もし、同じような手段を取ろうにも、ミリアの場合は胸であり、心臓に近い。

 そして全身には無数の傷が存在する。

 これをすべて抉るなど、一介の神官に出来るはずもなかった。


「ね? 『こんな身体』の私なんか……誰も好きになってくれないよ」

 ミリアの目から、とめどなく大粒の涙がこぼれた。


「……ッ‼」

 三人の姉たちは同時にミリアに駆け寄り、彼女を包むように抱きしめた。


 ファミナはメイド服のまま、ミリアを抱きしめて泣いた。

「きっと、あなたの全てを愛してくださる殿方がいるから! だから、そんなこといわないで‼」


 部屋の中に、少女たちの嗚咽が拡がる。


 愛する妹が苦しんでいるのに、救えない。

 姉たちは自分の無力さと、悲しい現実に涙を流し続けた。


 

 そして、部屋のドアの向こうでは――。

 聴診器を首に掛けた茂三が、静かに耳からそれを外して、ドアから離れた。

 無言で踵を返し、彼女たちの部屋を振り返ることなく、廊下の闇の中に消えた。


 ※ ※ ※

 

 ファウンテンは自室で、ある書類に目を通していた。

 ドアがノックされ、ドア付近で控えていたセバスが開ける。


 そこには、これまでにないほど緊迫した表情で、茂三が立っていた。

 ファウンテンはすぐに立ち上がり、茂三を迎え入れる。


 茂三は部屋に入るなり、突然頭を下げて言った。

「ファウンテン殿、大変申し訳ないが、お力を貸してはいただけませぬか」

 その姿にはある種の決意・覚悟のようなモノが感じられた。

 

 茂三のような漢が真剣に下げた頭。

 ファウンテンはその意味を無言で感じ取っていた。

 

「もちろんです。お力になれるなら、何でもおっしゃってください」

「かたじけない」

 

 部屋の扉が閉められると、屋敷の中には再び静寂が拡がった。

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