1/7日目 再会
ミリアが案内されたのは、二階の客室。
厚みのある木製のドアを開けると、白を基調とした広大な空間がミリアの前に広がっていた。
本の挿絵でしか見たことのないプリンセスベッド、手触り良く、身体がどこまでも沈みそうなフカフカのソファ。
踏みしめるたび、足裏にしっとりとした風合いの伝わってくるカーペット。
とどめにはガラス張りのお風呂まで付いている。
「うわぁ……」
まるで夢のような空間にミリアは圧倒され、思わず吐息が漏れる。
今まで孤児院の少し硬めのベッドと叢でしか寝たことのないせいか、ここにいるだけで逆に気疲れしてしまいそうだった。
「さ、中へどうぞ」
ファミナの優しい声につられるように、ミリアは緊張しながら歩を進める。
「どうぞ緊張なさらず。まずはソファでおくつろぎくださいね」
セルンの手がミリアを優しく導き、ソファに座らせた。
――体が沈む。
あまりの柔らかさにミリアは一瞬言葉を失う。
もう一度確認するように、掌を静かに沈めてみる。
直後、自分の服の汚れがソファについてしまわないか心配になり、ソファから跳ね上がった。
「軟らかいソファが苦手でしたら、少し弾力のある物をご用意しますよ?」
ミリアの様子をうかがうセルンに、ミリアは慌てて手を振る。
「あ、いえ! 最高です、素晴らしいです! こんな凄いソファ、座ったことなくて……」
ミリアはそう言うと恥ずかしそうにうつむいた。
その様子を見て、セルンは少し考えると言った。
「ところで、ミリア様。 もしよろしければ、フルネームをお伺いしてもよろしいですか?」
「フルネーム……」
ミリアの胸は、この言葉に鼓動を速めた。
昔はこの質問が嫌だった。自分の出自を探られるようで。
あの名前を口にした時、差別されたことも一度や二度ではない。
その度に、苦しかった。
だけど、今は。
一瞬考えたのち、胸の前で拳をギュッと握ると笑顔で言った。
「私は、ミリア・キリュウインです。茂三お爺ちゃんたちに引き取られる前の旧姓は、ミリア・クリスティア……でした」
その言葉に、ファミナたちがなぜか少し驚いた表情になる。
ミリアは、『ああ、もしかして、ここでも何か言われるのかな……』と一瞬苦しさを覚えた。
不安そうなミリアの思いとは裏腹に、ファミナたちは並んで胸の前に手を当てると言った。
「申し遅れました。私はファミナ・クリスティア。ファウンテン様の下で働くメイド長です」
「あたしはセルン・クリスティア。ファミナ姉さまの下で働くメイドよ」
「あたいはポウラ・クリスティア。ファミナ姉さまとセルン姉さまの下で働くメイドだぜ」
突然、話し方が三者三様に分かれた。
さっきまで全員同じような敬語だったのに。
だがそんなことは問題ではなかった。
「
ミリアはまさかと耳を疑った。
だが、はっきりと三人から聞いた。
「驚いた? 私たちは同じ孤児院出身なの。あなたがまだ赤ちゃんだった時のことも知ってるわ。私もまだ六歳ぐらいだったけど」
「あたしも覚えてる。とっても可愛い赤ちゃんだった」
「ま、今でも可愛いけどな。あたいに一番懐いてたんだぜ」
三人はミリアのそばに来ると、天使のように笑ってその手を取った。
冷え始めていたミリアの胸は、急に温かさを増していく。
「ほんとに?」
突然同じ境遇を過ごしてきた『姉』に出会えた嬉しさから、ミリアの目にぽろぽろと涙が溢れた。
「最近のミリアちゃんの噂は聞いていたわ。『クリスティア』の名で活躍する『銃姫』がいるって。私たちすぐ「あの赤ちゃんだ!」って分かって、心の中でずっと応援してたの」
「あたしたちはそれぞれが8歳になった時、寮のあるメイド学校に入ったから、それから孤児院には戻れなくてね。ずっと気にはなっていたのよ」
「そしたらよ、ファウンテン様が『ミリア』というスナイパーの女の子を連れてくるって言うじゃねぇか! あの時の赤ちゃんじゃないか? って盛り上がってたんだぜ!」
セルンとポウラは、ミリアの肩を抱いて喜ぶ。
うっすらともらい泣きしているファミナは、ミリアの目を見て微笑んだ。
「今更だけど、貴女のことミリアちゃんって呼んでいいかしら?」
ミリアはボロボロと涙を流しながらも、口の端をあげると頷いて言った。
「うん。もちろんだよ、
その言葉を聞いたファミナは、ミリアをギュッと引き寄せて抱きしめた。
メイド達はミリアと一度部屋を出ると、ファウンテンと虎子たちに事情を説明した。
その時、ファウンテンは自身が孤児院を訪れた時、彼女たちの才を見出して、三人を貴族専門のメイド学校に送ったと楽しそうに語った。
ファミナたちは、命じられているミリアの身の回りの世話をすることに加え、一晩だけ三人がミリアと同じ部屋で寝泊まりする許可を願い出た。
これはミリアが希望したものであるが、三人娘も最初は難しい顔になっていた。
通常、客人とメイドが同じ部屋で寝ることなど、あり得ないからである。
しかし、ミリアは『姉』に出会えたことが嬉しくてたまらなかった。
そして無理を承知で、ミリアはファウンテンに頭を下げた。
「さて、どうしましょうか虎子殿?」
もう結果は出ているが、といわんばかりの表情で、虎子にワザとらしく尋ねる。
虎子はさも当然のように言った。
「そんなもん良いに決まってるじゃないか。一晩といわず何日でも一緒に過ごせばいいじゃないか。数少ない身内が見つかったんだ。止める理由なんかありゃしないさ」
「虎子殿なら、そう答えると思っていました」
ファウンテンは目を閉じて微笑む。
「そういう事だ。だが、ミリア殿の身辺警護や、他の仕事に影響が出ないように頼むよ」
「はい!」
メイド三人が静かに頭を下げる中、ミリアだけが元気いっぱいに返事をして、慌てて恥ずかしそうに口を押えた。
ミリアの声は、いつになく陽気にあふれていた。
※ ※ ※
部屋に戻った四人は、楽しく話しながら寝る支度をする。
メイド三人は主人からミリアの入浴を助けるよう言われていたが、ミリアが「入浴は一人でしたい」と言い出した。
そしてその表情は、なぜか少し緊張を帯びている。
理由は言いにくそうな表情だったため、ファミナたちは始めのうちは戸惑っていたものの、本人の希望をたてることにした。
入浴前に少し気分を変えようと、ファミナの案で、
「ねぇ、虎子様たちもやっぱり招待されてるのかな? 一週間後の
「アレって?」
ミリアには心当たりがないようで、質問についていけてない様子。
「知らない? ライアル様の『成人の儀』だよ」
セルンはフォローするように言葉を繋いだ。
「『成人の儀』というのは、王家の王子が次期国王に内定する儀式よ。継承権を受けるというか。とは言っても、現国王のイリアス様は引退なさるようなお歳じゃないから、王子が正式に国王になられるのは、何十年も先になると思うけどね」
ファミナはセルンの言葉に乗っかるように話しを続ける。
「私たちが気になるのは、『そのあと』のイベントなの」
「何があるんですか?」
「王侯貴族向けの舞踏会よ!」
「舞踏会……」
舞踏会。
王城で行われるダンスパーティー。決して『武闘会』ではない。
当日はライアル王子の成人の儀を祝うために、世界中から王侯貴族が集まってくる。
そして当然の如く、貴族の美しい娘たちが、ライアルの『隣』に立つべく火花を散らす。
ただしこのダンスパーティーは、当然の如く国王から『招かれた者』しか入れない。
そう言った意味で、招かれていない者は勝負の場に上がることすらできない。
「行ってみたいよな~。ライアル様は無理でもさ、世界中の貴族や王子たちが来るんだぜ? ワンチャン掴みたいよな~」
ポウラがソファにもたれながら、うっとりと妄想をふくらませる。
「具体的にはどんな方々が来るんですか?」
「各国の王や王子はもちろん、侯爵家、伯爵家くらいまでは来ると思うよ。それから、あの『守護者』のメンバーもね」
「守護者……」
ミリアは無意識にその名を口にする。
生ける伝説、魔王討伐パーティ『守護者』。
勇者イリアスを筆頭に、現クルストギルドマスターのザム、世界一の魔法学園の校長『ウェンデル』、破壊の魔女『リイナ』、オーラマスター『リュウガ』の五名。
魔王討伐を果たした後、リイナとリュウガは結婚し、世界のどこかに隠居したと聞いている。 しかしここ十年ほどは姿を見たものもほとんどおらず、真相はわからない。
だが、イリアスの息子であるライアルの『成人の儀』ともなれば、流石にこの度のパーティには参加するのではないか? という見方が強かった。
無論、参加しない可能性もある。だが、彼らに意見するものは誰も居ない。
なぜなら、リュウガとリイナは、容易に一国を滅亡させる戦力を持っているからである。
「でも、スペルサの二人ってここ数年、姿を観た人っていないよね?」
「そうだな。あ、でも、娘は時々見るかな。名前は確か『リナリア』だったっけ?」
「私も知ってる! ジュニアの武闘大会で優勝した子だよね? アリナミ王国の『雷姫』とライバルなんでしょ?」
姉達からは、ミリアの知らない情報が次々と飛び出してきた。
そして、リュウガとリイナに娘がいたことも、ミリアは知らなかった。
あの二人の子供。間違いなく強いだろう。
そして聞くところによると、歳はミリアとほとんど変わらず、両親に似て整った容姿をしているという。
ミリアは自分と、美少女と名高いリナリアを心の中で比較し、少しだけ胸に苦しさを覚えた。
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