1/7日目 ミリアの成長
酔っ払いが一升瓶から酒を注ぐように、グラスにキラーアナコンダの血を流し込みながら、虎子はファウンテンに問う。
「で、魔物は高く売れたのかい?」
「ええ。肉と血はもとより、骨から鱗一枚に至るまで最高の品質でしたから。虎子殿には感謝しかありません」
「アナタ、魔物を卸していただいたの?」
フェアリスは初めて聞いた話だったようで、隣のファウンテンに問う。
ファウンテンは意気揚々と、それでいて興奮する感情をできるだけ抑えながら言った。
「ああ。キラーアナコンダを始め、ブラッドベアーやヘルオーガ、オーガエンペラー、ヘルオークなど、どれも普通では滅多に手に入らないヘルメイズの魔物だ」
「まぁ……どれもS級の魔物じゃない。凄いわ!」
フェアリスは歓喜の声をあげる。
ファウンテンはニコリと笑う。
「数も、ものすごい数だったからね。正直信じられない程の在庫数だ。全部で数十億は行くだろう」
「す、数十億⁉」
聞いたことのない単位の数字にミリアは思わず声を上げて、慌てて口を押えた。
ファウンテンは優しく笑い、大丈夫、と目で合図すると、話しを続ける。
「もちろん、これは素材としての値です。それらは全て虎子殿にお支払いします。さらにそこから、素材をこちらで武器や防具、薬や素材に加工し販売することで、利益はその何倍にも跳ね上がる事でしょう」
「す、数十億の何倍……」
もちろん加工費など職人に払われるものも大きいのだろうが……数百億単位の話を事もなげに話すファウンテンに、ミリアは呆然とした。
「ですが、よろしかったのですか? 非常に強い魔物の素材は、どんなにあっても困りません。欲しがる冒険者や騎士もたくさんいますから。我々としては非常にありがたい話でしたが……」
虎子はアナコンダの血を再び一気飲みして、グラスを置く。
「女に二言は無いよ。アタシらは『狩る者』だが、本来『商売人』じゃないんだ。この世界の魔物の種類や価値も、正直分からないしね。アタシャ強くなれればそれでいいんだ。飯が食えれば金に興味はないからね」
「ワシらはこの年じゃから、これといった金銭欲はないからのう」
「でも
「ひっ……‼」
茂三は虎子のツッコミに言葉を失う。
ファウンテンやメイド達は微笑ましくその会話を楽しんでいた。
ミリアは想像の斜め上を行く金額の話に、思考回路を持って行かれ、ポカンと気の抜けた表情をしていた。
それを見てファウンテンは言った。
「あと、もちろんミリアさんにも支払わせていただきますよ」
「え? 私ですか?」
唐突に侯爵の口から自分の名前が出てきた事で、現実に引き戻される。
「な、なんで……」
「君が馬車の上から狙撃した数々の魔物は、茂三殿がすべて回収していたからね。倒し続けた魔物の数はかなりの数だし、ヘルメイズの近くだったこともあってか、ほとんどが高ランクの魔物だったから、かなりの金額になるはずだ。査定にはもう少し時間が必要だがね」
「あ、でも、あれはお爺ちゃんのくれた銃のおかげで……」
そう言って申し訳なさそうに茂三を見る。
「ワシは『あの銃』を使えんからのう。銃をあげたのはワシじゃが、魔物を狩ったのはミリアちゃんじゃ。胸を張って受け取りなさい。ミリアちゃんは冒険者であり、『
『胸を張って受け取りなさい』
なぜか、この言葉がミリアには妙にくすぐったく、そして嬉しかった。
ミリアが「はい!」と元気よく答えると、周囲を温かい空気が包んだ。
ヘルメイズでのミリアは、馬車の上から、寝る間も惜しんで魔法銃を撃ち続けた。
魔法銃の黒い薬莢による弾丸は、ほとんど魔力を必要としないため、体力と気力の続く限り引き金を引くことができた。
もちろん、サファイア部隊のレマも魔法で馬車を守ったが、茂三の指示の下、魔物の大半をミリアが狩り続けた。
急所を外せば魔物は狂暴化する。
一発で仕留められなかった魔物には、倒れるまで無数の弾丸を撃ち込んだ。
それでも倒しきれず、接近を許した個体は、サファイア部隊の面々が斬って捨てた。
運悪く虎子の正面に現れた魔物は、虎子が捻り壊して、その場で
茂三はミリアの気力や魔力が落ちたのを確認すると、魔法で回復させ、ミリアを立たせ続けた。
そのため、ミリアは三日三晩をほぼ不眠不休で乗り越えたという事になる。
だが、それは茂三と虎子も同じだが、それでも平然と過ごしていた。
ヘルメイズの森から街道に出ると、キラーアナコンダのような災害級の魔物は何故か街道に出てこない。
しかし、魔素が濃く、魔物も狂暴化しやすいことから、AランクやBランク級の魔物は絶えず現れた。
ミリアの上達は目覚ましく、始めは手間取っていた強力な魔物も、次第に倒すのに必要な弾数が減っていく。
狙撃の精度、急所の理解、そして魔力が成長して、威力が高まっている事の証拠だった。
そして茂三は倒された魔物を回収し、全てストックしていたのである。
キースはこれらの話を聞くと、目を大きく見開いて驚いていた。
(ヘルメイズの魔物!? キラーアナコンダを倒した? そんなバカな! この三人が⁉ どうやって!?)
思わず声を上げそうになったが、必死にこらえた。
彼らは主人の客人で今は歓迎の宴。
ただの『執事見習い』が口を挟んでよい状況ではない。
キースは心を落ち着けようと、静かに呼吸を繰り返す。
自分は執事。
心地よい環境を提供するのが仕事なのだ。
その後も穏やかに食事会は続いた。
デザートも食べ終わると、ファウンテンは虎子たちに言った。
「今夜はどうぞ当屋敷にお泊り下さい。と言いますか、このクルストに滞在される間はぜひ」
その言葉にミリアは慌てたが、それ以上にアリアが虎子様たちと一緒に居られる! と喜んだため、話は想像以上に早く進んだ。
「お部屋は準備してございます。私共がご案内いたします」
そう言ってファウンテンの横にメイドたちが静かに整列した。
「改めてご紹介いたします。こちらからセルン、ファミナ、ポウラでございます」
ファウンテンが三人を紹介すると、彼女たちは笑顔で静かに頭を下げた。
「さて、お部屋でございますが、ミリア様は虎子様たちと相部屋に致しますか? 個室もご用意しておりますが」
「アタシは連れ合いと二人部屋にしておくれ。部屋の装飾や調度品は『全部撤去』しておいておくれよ。それからミリアには個室を頼むよ」
「かしこまりました」
「えっ!? 何で!?」
ミリアは虎子のその一言に動揺するが、虎子はいたって冷静に言った。
「アタシが
虎子が冷めた目で茂三を睨む。
茂三は「ワシそんなに信用ない?」と悲しげに虎子を見る。
しかし、虎子は立ち上がって茂三に近寄ると、「ネタは上がってんだよ!」と腹巻の中に手を突っ込む。
「婆様、何を……!?」
慌てる茂三。虎子は何かを探り当てると、ニヤリと笑って取り出す。
そこには鉛筆で走り書きされたメモ帳が握られていた。
「あっ!」
と茂三が目を見開いて驚きの声をあげる。
虎子が茂三を取り押さえる間に、ミリアとアリアがそのメモに目を通す。
そして瞬時に苦虫を嚙み潰したような表情に変わっていく。
そこには、これまでこの世界で出会ったミリアとアリア以外の女性達の名前、身長、体重、容姿、スリーサイズが事細かに記されていた。
いつの間にか、すでにメイド三人娘のサイズまで記録されている。
驚いたことに、それぞれに似合う眼鏡の形まで記載されていた。
アリアとフェアリスに関してはファウンテンの手前、名前と似合う眼鏡以外の記載は控えていたようだ。
すべて目測だが、百年にわたり武術と医術によって鍛え上げた茂三の『視診』は恐ろしく的確で、アリアは思わず自分の胸をかばうように隠す。
「これ、何ですの……」
「おじいちゃんこれはだめだよ……」
アリアとミリアの冷ややかな視線に、茂三は「いやじゃなあ、そんなに褒めんでくれ」と照れている。
誰もが半笑いで呆れていた時、ジジイの後ろに、音もなく影が現れた。
「フンッ!」
次の瞬間、豪拳が茂三の頭部に振り下ろされた。
ズズン! という地鳴りのような音と主に、茂三は床にめり込む。
何事かと騎士団が駆けつけるが、地にめり込んだ茂三の姿を見て頭に『?』が浮かんでいた。
「虎子様、こ、これは……?」
「ああ、すまないね。野生の変態猿をしつけただけさ」
茂三は床に深くめり込んだまま、ぴくぴくと体を震わせている。
「まあ、今後もこういうことが度々あるかもしれないがね、勘弁しとくれ」
首根っこを掴んで、虎子は床から茂三を引き抜く。
「さあ……『調教』といくかね」
垂れ下がる茂三を一瞥もせず、涼しい表情で恐ろしいことを言う虎子を前に、一同は彼女には逆らうまいと心の中で強く誓っていた。
その後、虎子と引きずられた茂三は、セバスの案内によって三階の部屋に通される。
「それではごゆっくりどうぞ」
その言葉に意識の戻った茂三は、ビクッと体を震わせる。
「え⁉ ごゆっくりって……!? 」
その肩に虎子の厚い手が重く置かれ、ビクッと体を硬直させる。
「さっきはよくも孫の前で恥をかかせてくれたねぇ。今夜は覚悟しときな」
笑顔で脅迫されることは、大声で脅迫されるよりも、更に恐怖を感じさせる。
茂三は逃げようと試みたが、万力のような握力が男の肩を逃がすことはなかった。
「ば、婆様……!?」
顔面蒼白になる男を、鬼の笑顔で見下ろす妻。
茂三が部屋の中を見渡すと、ベッド以外のものは何もなかった。
まるで『どうぞ遠慮なく暴れてください』と言わんばかりの広い空間が、ただ広がっている。
「それでは、失礼いたします。良い夜を」
動揺を心の内に留めている紳士は、何事も聞いていないという装いで部屋を出ようとする。
「あ、セバちゃん、ちょ、まっ・・・・・・‼」
セバスが部屋のドアを閉めた後、部屋から何やら激しい音と、茂三の悲鳴がこだました。
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