『雷凰』争奪戦の幕開け

 クルスト王国領内の某屋敷。

 

 部下の失敗、そして迫りくるに、男は禿げ上がった頭に青筋を浮かべ、いきり立っていた。

 

 人払いされた部屋の中で、怒りに任せて両手を強く机に叩きつける。

 ティーセットがガシャンと跳ね、カップの紅茶は静かに床へ染みを作った。

「くっ! 忌々しいファウンテンめ! どこまでもしぶとい奴だ!」


 クルスト王国大臣の一人、ワール・ピッギー。

 伯爵位の家系に生まれ、父親の権力と人脈により大臣職に上り詰めた男である。


 マントを羽織った全身黒尽くめの男が、向かい合わせたソファに深く身を沈め、ワインを片手にくつろぐ。

 グラスの中身を一気に飲み干すと、熱い息をゆっくりと吐いた。

 「落ち着きたまえ。ここで憤ったところで、奴は殺せん」

 嗜めるような口調だが、それが逆にワールの機嫌を逆なでする。

 

「何を呑気な! ファウンテンはソドゴラムで既に『雷凰らいおう』を手に入れたのだぞ! あれが『式』で献上されれば、ファウンテンはこの国で、いや世界中での地位を更に高めることになる! そうなれば私の地位はここで終わりだ!」

 湯気が出そうなほど真っ赤になった顔は、鼻息も荒くワナワナと震えている。

 

 その様子を見て、男は肩をすくめて首を振った。

「だからといって、今から『雷凰』をアンタが手に入れてどうする? ファウンテンは既にイリアス王と接触している。献上はまだでも、奴がこの国へ持って帰ってきたことは周知の事実だ。そんなものを献上すれば、『自分がファウンテンを襲いました』と宣伝しているようなものだろう」


「フン、誰もワシがとは言っておらん。『雷凰』はあの伝説の『名工・エスト』が作ったと言われる名刀だ。使い道は幾らでもある。むしろ奴がそれでよい。王の信頼は揺らがずとも、周囲の評価は下がるだろう」


「使い道ねぇ……。どうせ高値で闇のルートにまた消える……か、それともへ、か。まったくイリアス王もこんな家臣をもって大変だな」

「フン、『ガディ一家』クルスト王国支部長の貴様が、何を言っても説得力など無いわ! それより貴様! あれだけ大金を使わせておいて、何てザマだ! ファウンテン親子は無事! ファウンテンの私兵騎士団サファイア部隊は全員帰還! それに引き換え、こちらが派遣した部隊は全滅! 元Aランクの傭兵集団だと!? 笑わせるな!」

 ワールはまたテーブルを強く叩き、肩で息を荒げる。


「だから落ち着け。アレは我々にも想定外の出来事だった。それに、その『元凶』はアンタも分かってるはずだ。 来たんだろ? 城に」

「むぅ……‼」

 『元凶』。男の言葉にワールは言葉をのむ。


 ただでさえ重たい瞼で形成されるその視線が、より細く鋭くなると、静かに語り始めた。

「ファウンテンを救ったのは『ミリア』というスナイパーの少女だ。今時珍しい『銃』使いのな。他にはそいつを引き取って、祖父母になったという二人組がいた。杖を突いたハゲジジイと、白髪で太ったおさげのババアだ」


「そうらしいな。こっちでも調べたが、その老夫婦のことは何もわからなかった。が、そのミリアという女についてはわかった。『ミリア・クリスティア』。孤児院の出身で、Dランク……いや、今はCランクだったな。主に銃を使うらしいが、弓や投げナイフも得意って話だ。使用魔法に関しては不明。典型的な『ガンスナイパー』。ガンスナイパーは魔物戦では足手纏いと思われがちだが、対人戦では滅法強いという一面がある」

 

 ――面倒だな。男はそう言ってワインをグラスに注ぐと、ボトルを静かに置いた。

「聞けばその女、Bランクの『風雲の刃』とやり合ったそうじゃないか」

 

 男の言葉にワールは神妙な面持ちで口を開く。

「そうだ。決闘を『王』の御前でな。我々大臣は闘技場に入れなかったのだが、どうやらあの娘『ミリア』が一人で五人抜きを果たしたらしいのだ」

 

 ワールの言葉に男の目が冷たく鋭くなった。

「ほう? 当時Dランクの娘がBランクパーティを相手に五人抜きしたというのか?」

「うむ。にわかには信じられんが……な。冒険者ギルドでは『キリュウイン一家の勝利』とだけ発表された。が、城の女中共の間ではミリアという少女が『五人抜き』したという話で持ち切りだ」

「そのジジイとババアが『風雲の刃』を倒した可能性は?」

「まずなかろう。どちらも百歳近い高齢、しかも、冒険者に『記念登録』したばかりのFランクだと聞いているからな。ミリアという少女は昇格したが、その二人はギルド内でランクが昇格したという情報がない。つまり、何もしていないという事だろう」

「そうか」

 

『記念登録』。

 子供や孫が冒険者になった際、自身も記念に登録すること。

 登録しても税金がかかるわけではなく、身分証明として作る者も多い。

「だが気になる情報もある。騎士団の報告によれば、その老夫婦は自称『魔物素材の卸問屋』で、『キラーアナコンダ』を持っていたらしいのだ」

 この言葉に、男の目が大きく開かれる。

「何? キラーアナコンダを? ほう、つまりそいつらを傘下に置けば、我々にとって大きな資金源になるかもしれんな……。厄介なのはそのミリアという女が、対人戦に限っては超一流の腕を持っているという事か……フッ、面白い」

 S級の魔物を扱う卸問屋。間違いなく金を持っている。

 超高級素材に莫大な資金。ぜひ傘下に欲しいものだ。

 

 男の表情を不快に感じたワールは、再び怒鳴った。

「全く面白くなどない! その女のせいでワシは大損したのだ! 『雷凰』まで奪い損ねてな! どうする気だ!『成人の儀』まであと一週間しかないんだぞ!」

 ワールの語気が更に険しくなる。

 男はそんなワールを横目でちらりと見ながら、ワインを再び口にした。

 

「心配するな。手は打ってある」

「……何?」

「式までにファウンテンが消えればよいのだろう? ミリアという女もな」

「できるのか?」

「献上も何も、ファウンテンが消えればそれで事は済む。ついでに雷凰を奪えれば万々歳だ」

「……今度こそ大丈夫なんだろうな?」

「フッ、今回はこの俺自らが動く。失敗などない」

「……よかろう。必ずファウンテンの首を持ってこい。失敗は許さん」

「――まかせておけ」

 男はワールに視線を移すこともなく立ち上がり、扉の手前でマントを翻すと、忽然と姿を消した。


 

 ワールはテラスに出ると、グラスを掲げ、赤ワイン越しに月を見る。

「ファウンテン……貴様の血を必ず飲んでみせよう。貴様の死後、この国の侯爵に君臨するのは……このワシだ」


 ワインを一気に飲み干し、グラスを床に叩きつける。

 禿げ上がった頭に反射する月明かりは、まるでもうひとつの月の様だった。



 


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