ミリアが強い決意を示し、ギデオンはその姿にキャサリンの面影を重ねる。


 胸の内から熱いものがこみ上げるのをぐっと堪え、顔を擦ると言った。 

「まあそんなわけで、その魔法銃が未完成であることはわかったな。残念だが魔法銃の薬莢は天国あっちの金属と違って、の金属で出来てるから、当然高出力には耐えられねぇ。オーラにしたって、威力に限りがある。『命を賭けた一発』なんてエネルギー量に耐えられるシロモノじゃねぇ」


「はい。ですが、当時、素材の欠点は当然キャサリンさんも解っていたはず。なのに、なんで敢えてこの金属で作ったんでしょうか?」

 ミリアは溶けた銃に目を落とし、正直に理解できなかった事を口にした。

 

 ――この魔道具に使われる金属は魔力との親和性が高い代わりに、耐久性に欠ける。

 ガンスミスや鍛冶師であれば当然理解しているはず。

 ならば、そうと分かっていながら、何故?

 

 あー……、と少し間延びのする声を出したギデオンは、ハチマキで顔を擦って言った。

「俺達はA級まで昇った冒険者だったが、いかんせん金がなかったんだ。ジェームズの野郎がに入れ込んだんでな」

 そう言ってエスティ規格の実弾銃を指さした。


「あー……」

 ミリアも釣られて声が出てしまった。慌てて口を押える。

「いいんだ。ジェームズはコイツのためにを作って散財しちまった。そのせいで、後から制作に取り掛かった魔法銃のために、まわす十分な金がなかったんだ」

「ある物?」

「おう、そうだ」

 当時のことを思いだしたようで、ギデオンは頭を掻いて少し考えこむ。


 そして「ちょっと待ってろ」と言ってギデオンは奥の部屋に再び入って行った。

 しばらくして、古ぼけた箱を手に戻って来ると、それをミリアの目の前に置く。


「開けてみろ」

「はい」

 ミリアは紙でできた箱のふたを開ける。そこには、ぎっしりと並べられた弾丸があった。


 そして、その弾丸はミリアの愛銃のそれよりも、一回り長く大きなものだった。


「これ、まさか!」

 弾丸を手に驚きの声をあげるミリア。

 ギデオンはニカッと笑うと一つ摘み上げて笑みを浮かべる。


「おうよ。その『ジェイ』の弾さ。当時のエスティって所にワンオフ(一回製造のオリジナル)の弾丸として登録して、製造を依頼かけたんで、エスティ規格って呼ばれてる」


 ギデオンはため息をつきながら言った。

「ジェームズの野郎、この弾丸を注文掛けた直後に、本体の銃を持って一緒にあの世に逝きやがったんだ。銃は溶けて、ただの金属片になっちまってた。おかげでパーティーだった俺のところに請求書が回って来てよ。銃もないのに全部強制買取になったんだぜ」


「いったいどれだけの弾丸を……」

「おうよ。一発1万ゴールド、そいつが1万発で1億ゴールドだ」

「い、1億!? 何でそんなに高いんですか?」

 目が飛び出るような金額。

 今まで自分が冒険者として稼いだ総額でも到底届かない。

 

「何と言っても『ワンオフ』だったからな。弾丸のそれぞれのパーツを製造するための『金型』を作るのにも金がかかるし、おまけにこの弾丸は弾頭が特別な金属でできてる」

 そう言って弾丸をつまんでミリアに近づけた。

「特別な金属?」

「よく見てみろ」


 ミリアは弾丸を掌に置き、指で触る。

 確かに通常の金属とは違って見えた。銀よりもわずかに白く、それでいてクリアな感じが見ていて心地よい。

 弾丸全体というより、弾丸にコーティングしてあるような感じだ。

 しかし、この金属は見たことがない。


「ミスリルだ」

「ミ、ミスリル!?」


 世界屈指の希少金属。

 聖金属と呼ばれるオリハルコンに迫る高級金属で、この金属で作られた武器は目が飛び出るほどの超高額で取引される。

 聖剣と呼ばれる剣の中にも、ミスリルで作られたものは多い。

 魔法との親和性が非常に高く、ゴースト系、魔族や魔王にもダメージを与えられる特殊な素材である。


「弾丸の中身『弾芯』は通常の弾丸と変わらない。だが、その弾丸のコアとなる『ジャケット』がミスリルで作られてる。正確にはミスリルを特別な技法で液状化、弾頭の表面にコーティングしたんだ。おかげで目ん玉が飛び出るほど高い弾丸の出来上がりってワケだ。もちろん、コーティングじゃなかったら、さらに金額は跳ね上がるぜ」


 ギデオンはくくっと苦笑いをこぼした。

「おまけにミスリルコーティングの無い『通常弾丸』も、ワンオフのせいで一発千ゴールド。そいつを一万発で一千万ゴールド。依頼主不在で使い道のない弾丸のために、一億一千万ゴールドの請求が俺のところに来たわけだ」


「それ、払えた……払ったんですか?」

「気を使わなくていい。注文相手に払わなけりゃ、牢にぶち込まれるからな。焦った俺は、当時の手持ちの財産や魔道具、ダンジョンの中で見つけた財宝から武器に至るまで、全部売り払った。何もかもが無くなってもまだ半分以上足りないって時に、どこかで俺の鍛冶師としての噂を聞きつけた『ファウンテン侯爵様』が現れて、俺の借金を肩代わりしてくださったんだ。いっときの間、ファウンテン侯爵家の専属鍛冶師として働く代わりにな」

「ファウンテン様が……」

 驚きの名前がでたことで、思わずその名を呟く。

 

「やっぱりおとこじゃのぅ。ファウンテン殿は」

 茂三は目を細めてうんうんと頷く。


「そしてファウンテン様の工房で働いて、借金を返済し、冒険者をやめて鍛冶師として独立したんだ。この店もファウンテン様が独立祝いにと準備してくださった場所なんだ」

 

 そう言ってギデオンは工房を静かに見回した。

 その言葉には今でも変わらぬファウンテンへの感謝と、畏敬の念が込められていた。

「ほっほっほっ。それじゃあ繁盛させねばファウンテン殿に申し訳がたたんのう」

「フン。余計なお世話だが……否定はしねぇよ」

 加えた葉巻がへの字になった口の形に合わせて上を向く。


「まぁ、それでも客はいるんだぜ。俺は市場に回るような武器の大量生産をしないから、値が張るし、新人冒険者が来ないだけでな」

「その割に、ミリアの銃は作っただろ?」

「コイツはギルドの紹介状を持ってたしな。それに……」

「それに?」


 ミリアの問いに、言葉をつまらせる。

 (当時でも、お前にどこか、師匠の面影を見たからな)

 と、言いかけた言葉をギデオンは黙って飲み込んだ。


「ま、いいじゃねぇか。とにかく俺は依頼先から弾丸の全てと金型、権利に至るまで、全てを一億二千万ゴールドで買い取ったんだよ。だから、倉庫の奥にはこの通常弾とミスリル弾がわんさかあるのさ」


 火のついてない葉巻を噛んで、ニカッと笑うギデオン。

 店を訪れた際の暗い感じは、もう完全に無くなっていた。


「それじゃあ、その弾丸は売ってもらえるのかい?」

 虎子はミスリルの弾丸を指差す。


 ムッとした表情で虎子を見たギデオンは言った。

「そうだな。売らないことはねぇ。だが、支払いはきっちりいただく。こっちも商売なんでね」

「おばあちゃん! 無理だよ! 私もうお金ないし……」

「ミリアは黙ってな。で、いくらだい?」

「ミスリル弾一万発、通常弾一万発。通常なら一億一千万ゴールドだが、特別に半額以下の五千万ゴールドでいいぜ」

「え?」

 ギデオンの提示した金額に、またしても呆けた声を出すミリア。

 虎子はミリアの背中をポンと叩く。

「何とぼけた声出してんだ。漢が五千万で譲ってくれるって言ってんだよ!」

 虎子はそう言って自身のサンドバッグ型次元収納袋に手を突っ込む。

 

「え? 何で? 六千万も損しちゃってますよ! あり得ないでしょう!?」

 得しているミリアが、損するギデオンにつっかかる謎の構図。


 しかし、それも無理はない。

 一億一千万ゴールドという大金。権利を入れて一億二千万。

 それを支払うためにギデオンが犠牲にしたものは計り知れない。

 

「それじゃ、即金で」

「毎度あり」

 そんなミリアの気持ちもお構いなしに、虎子が自身の冒険者証を支払いの魔道具の上に置くと、『チャリーン』という引き落としの効果音が響いた。


 虎子の冒険者証には、『風雲の刃』との闘いの担保に出していたキラーアナコンダの納品代金一億ゴールドが振り込まれていた。

 闘技場の決闘ではないので、先の戦いにファイトマネーなどは出ていない。


 電子マネーの如きレジ代わりの魔道具には、『残金50,000,000ゴールド』が表示されていた。


「豪気だねぇ婆さん」

「アンタもね。見かけによらず良い漢じゃないか」

「フン、一言余計だぜ」

 いつの間にか楽しげに会話を交わす2人。茂三もうんうんと頷いている。

 

「おばあちゃん!」

「ごちゃごちゃうるさいねぇ、男の中の漢がこの値段でいいって言ってくれてんだ。素直に喜びな! こんな時にすぐに感謝できるのが女の器のデカさだよ!」


「-----ッッ‼」

 虎子の一言にぐうの音もでないミリア。

 頬を膨らませ、言いたいことを我慢する。


「まあまぁ……ミリアの気持ちは嬉しいけどよ。でも考えてみてくれや。俺は借金を抱えたおかげで、親友ダチの弾丸や、形見の薬莢の金型を手に入れた。ファウンテン様にもお仕えできて、ご縁もできたし、こうして店も手に入れた。おまけに十五年振りに、この弾丸を使える奴が現れて、捨てることも使うこともできない在庫の弾丸を、やっと売ることができたんだ。どこにも悪い事なんかねぇんだ」


「で、でも……」

1億ちょっとで侯爵様と強い信頼関係が結べたんだぜ? 安いもんだろ。金じゃ買えねぇぜ? 普通」


「うーん……」

 だんだんミリアの覇気も無くなっていく。口論は昔から苦手である。

 

「それによ」

 ギデオンの口調が変わり、ミリアは歪めていた表情を戻す。


「失くした『宝』が見つかったんだ。こんなに嬉しいことはねぇぜ。本当なら全部タダで渡したいんだが、こっちにも資金が必要でね」


 ミリアは机に置かれた二丁の銃に目をやる。

 かつての親友の愛銃たち。

 ギデオンにとっては『失われた友人との絆』が戻って来たと感じたのだろう。

 ミリアはそう考えるとなんだか嬉しくなり、表情に笑みがこぼれた。


「まあ、話がそれちまったが・・・・・・当面、それぞれ1万発もあれば大丈夫だろう。ミスリル弾なら悪魔族が来てもりあえる」

「悪魔族?」

 

 虎子は『悪魔族』という言葉に反応する。

「悪魔族ってのは強いのかい?」

 悪魔族が何者であるかよりも先に、『強いのか』を聞いてしまうあたりが虎子らしい。

 茂三はいつもの脳筋っぷりを見守ることにした。


「ん? 悪魔族も知らねぇのか? ああ、そう言えば婆さんたちは地球人だったな」

 ギデオンはカウンターの下に置いてあった本を取り出すと、テーブルの上に置いた。


「こいつは悪魔族の事について書いてある本だ。これを読めば大概のことは分かる」

「口頭で説明しとくれよ。老眼に本はきついんだ」


 (婆様に老眼なんてないじゃろ)と茂三は心の中でつぶやく。

 

「めんどくさい婆さんだな。まあいい。じゃ、説明してやろう」

 悪態をつきながらも説明を始めるギデオン。

 虎子は先程よりも目を輝かせながら耳を傾ける。


「まず魔族ってのは、基本人型で、人間を遙かに超えた魔力と肉体を持つ『魔界の住人』だ。そん中でも人間に敵対するやつを『悪魔族』ってんだ」

「で、どのくらい強いんだい?」

「言っただろ。人間を遙かに超えるって。魔族にもランク分けがある。これは人間が勝手に作ったモノだが……こんな感じだ」

 そう言ってギデオンは紙に鉛筆をはしらせた。

 

 下級魔族……A級冒険者(+魔導武器)パーティレベル

 中級魔族……S級冒険者パーティ、騎士団親衛隊レベル

 上級魔族……S級冒険者パーティ、騎士団親衛隊+聖剣レベル

 魔王……とんでもないレベル


「と、一般的に言われているが、実際にはこんな区分は魔族側には無いし、正直分らねぇ。わかることと言えば、こいつらが集団で来た日には、国家存亡に関わるレベルだ」


 ギデオンが虎子を見ると、そこには美味いステーキを目の前にした『フードファイター』のような顔をした虎子がいた。

「いいじゃないか。そそるねぇ……」

 虎子の発言にギデオンは引いていた。

 ミリアは苦笑いし、茂三はいつものことといわんばかりに微動だにしない。


(なんだ、この夫婦は……)

 ギデオンは、これ以上この夫婦に関わるまいと、少し心の中で考えていた。


「とりあえず、あれだ。婆さんが買った銃弾は全てミリアに渡す。それでいいな?」

「ああ、アタシゃそれで構わないよ」


 ギデオンは席を立つと、奥に引っ込む。

 茂三はギデオンがいなくなるとミリアに言った。

「なるほどのう。しかしまぁ魔法銃本体の耐久性は大丈夫じゃろうが、薬莢が脆いうえに『作らにゃならん』となると……これから忙しくなるのぅ、ミリアちゃん」


 ――忙しくなる。

 その言葉には多くの意味が含まれていたが、ミリアはそれをおそろしく的確に受け止めた。


「うん、でも先ずは、この魔法銃を今のままで使いこなせるようにならないとだね!」

「そうじゃのぅ。ま、おいおい訓練メニューは作っていくかの」

「楽しみにしてな。みっちりしごいてあげるからね!」

 孫のやる気に応えるように、虎子の目がスパルタを楽しむ鬼教官のそれになっていた。

 ミリアは思わず身震いするが、強くなった自分の姿をイメージすると、元気が湧いてきた。


 ※ ※ ※


「ま、とりあえずこれで当分は大丈夫だろ」

 ギデオンから弾丸計2万発を受け取ったミリアは、右腰のホルスターに愛銃、左腰に実弾銃ジェイをセットした。

 魔法銃と薬莢は、次元収納袋に入れ、必要な時にだけ使用することにした。

 

「ありがとう、ギデオンさん」

「おう、しっかりな。なんかあったらまたいつでも来な!」

 

 夕日の中、手を振りながら去って行くミリアたちを、ギデオンはしばらく眺めていた。

 

 ミリアの背中が見えなくなったころ、自然と涙が溢れ、手ぬぐいで目頭を押さえて嗚咽を殺す。


「ジェームズ……キャサリン……見てるか? おまえたちの宝だ……立派に育ってるぜ」


 

 十五年の時を経て受け継がれた魂が、少女に新しい道を示そうとしていた。


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