魔法の薬莢

「ちょっと待ってろ」

 ギデオンは奥の部屋に再び戻って行く。

 しばらくして、五十センチ四方、厚みが二十五センチくらいの金属製の箱を抱えてきた。


 ドカッと乱暴にテーブルの上に置くと、箱に掛けてあった鍵を外す。


「ミリア、コイツを受け取りな」

 ギデオンが箱を開けると、そこには『赤・黄・緑・青・銀』の五色の薬莢が六本ずつ丁寧に納められていた。


「これは・・・・・・?」

「こいつは『魔法銃』の薬莢だ」

「えっ⁉」


 失われた魔法銃の薬莢。

 噂では聞いたことがあったが、現実に存在していたとは。

 その伝説が今、目の前にあった。

 

「十五年も前に、あるじと銃本体を失って、使用用途の無かったアイツらの形見だ」

「魔法銃の……薬莢……‼」


 体の奥が震えた。

 さらに胸の内が熱く、燃える感じがした。

 思わず胸の前でこぶしを握り締める。

 

 ミリアの表情を見て、ギデオンは言った。

「コイツをお前さんに受け取ってほしい」

「え!? そんな受け取れません! だってご親友の形見なんですよね!?」

 ミリアはギデオンの願いを慌てて断る。

 

 友人の形見。その様な大切なものを、自分が受け取っていいはずがないとミリアは思った。


「ミリア。そう言わず落ち着いて聞いてくれ」

 ギデオンは静かに諫めるように、そして優しい親のような情を込めてミリアに言った。

「こいつは確かにアイツらの形見だが、アイツらは今『天国で生きてる』とそこの爺さんは言った。つまり、形見であって形見じゃねぇんだ。それに、この薬莢はお前の銃でないと使えないし、この箱の中に置かれてるだけじゃ、こいつらの『存在意義』がないんだ」


「存在意義……!」

 ミリアはその言葉に、思わず体が震えた。

 

 ダンジョンでは見知らぬ冒険者を助けようとしたのに、囮にされ重傷を負った。

 今回は眠らされて、服以外の身ぐるみをはがされ、ヘルメイズへ置き去りにされた挙句、保険金詐欺の材料にされた。


 ヘルメイズで彷徨いながら、幾度も自分には存在意義が無いと思い詰めたこともあった。

 だが、虎子と茂三に出会い、自分の居場所を見つけることができた。


 そして今、ギデオンの口から『薬莢の存在意義』という言葉を聞いたとき、なぜかこの薬莢が、他人事には思えなくなった。


「どうか使ってやってほしい。コイツはお前にしか使えないし、お前にはその『資格』がある」

「資格……?」

「受け取ってくれるか? どうしても抵抗があるなら、こいつは俺からの祝儀だと思ってくれ」

「祝儀?」

 思わぬ言葉に、ミリアは顔を上げる。

「小耳に挟んだんだが、お前、この爺さんと婆さんの孫になったんだろ? その祝いだ」

 

 ミリアは虎子の方を見る。

 虎子は優しく笑うと「受け取ってやんな。男が頭下げて頼んでんだ」と言った。

 ミリアは静かに頷くと、笑顔でギデオンに言った。

「ありがとう、ギデオンさん。大切にします」

「ああ。そうしてやってくれ」

 そう言って箱をミリアの方に押し出す。


 ギデオンは薬莢に目を落として言った。

「さっきも言ったが……コイツは十五年前、ダチが命を落とす原因になった代物だ。もう少し詳しく言えば、当時、ガディ一家に狙われた魔法銃の薬莢だ。コイツを持っていると、また奴らに狙われるかもしれねえが……」


 ギデオンはそこまで言って、虎子と茂三を見る。

「ま、大丈夫だろ」


 この二人なら、ミリアを守ってくれる。

 初めて会ったばかりなのに、ギデオンはなぜか心に強い確信を得ていた。


「ミリア、強くなれ。俺のダチよりもな。アイツらは最高のスナイパーとして最後まで戦った……『大切なもの』を守るためにな。お前自身がガディの奴らより圧倒的に強くなれば、必然的にその銃を狙うヤツはいなくなる」


 ミリアは「はい」と力強く、そして決意を込めてギデオンに応えた。



 「それじゃあ、こいつらについて話そうか」

 ギデオンはそう言って薬莢を手に取ると説明を始めた。

 自身もこの薬莢の開発に携わっており、その管理を任されていたのだという。


「赤は『炎』、黄は『雷』、緑は『風』、青は『氷』、銀は……『オーラ』だ。その銃の中に既に装填されている黒い薬莢は『鋼』。魔力を込めると魔力で金属弾を精製するってシロモノだ。だろ?」

 先ほどから少し明るい表情になったギデオンの話に、ミリアは真剣な表情で頷いた。

「前に作った『黒』の薬莢は暴発した銃の中で熔けちまってたんだが、もらった銃の中に入ってたのがコイツで良かったぜ」

 

 ギデオンは魔法銃を手に取ると、リボルバーを開け、薬莢を手の上に転がす。

「こいつらは込めた魔力の量に応じて、相応の威力の『魔法弾』を発射する。という理由で、弾丸タマの速度は火薬型の実弾銃よりわずかに遅い。だが、黄色の薬莢『雷』だけは風魔法で発射せず雷そのものを発射するから、実弾の速度を遙かに上回る……なんせ、『雷』だからな」


 これから悪戯をしかける子供のように、ニカッと笑ったギデオンは、少し楽しそうだった。

 ミリアはつられて笑顔になったが、真剣に耳を傾けながら、一言一句に集中する。


「魔法弾は雷も含めて『弾丸の形』で発射され、標的に衝突したタイミングで、その威力を発揮する。つまり、炎の薬莢は炎の弾丸を発射するが、ターゲットに触れた瞬間、表面で爆発する。魔法弾が中まで貫通することは、基本的にはない。氷も弾丸の形をした氷魔法が撃ちだされる。つまり、氷の弾は出ないが、当たった瞬間に敵が氷漬けにされるんだ。他の魔法も然りだ」


 ギデオンは銀の薬莢に手を伸ばして言った。


「だが、この銀の薬莢だけは違う。コイツは魔力を消費しない。代わりにオーラを消費する。お前のオーラを銃が直接吸収・圧縮して放つコイツは、通常の弾丸よりも遙かに汎用性が高い」


「汎用性?」


「例えば、訓練次第では気弾の軌道を自在に変えられる。お前の気の量が膨大であれば、射速を変えることも、圧縮比を替えて威力を高めることも、どこまででも飛距離を伸ばすことも可能だ。超圧縮すれば貫通弾にだってなる。だが、その目的に応じて、お前は必要なオーラを一気に持って行かれる」


「ほう、それはすごいのぉ」

「超遠距離からの射殺ヒットも可能さね」

 茂三と虎子も感心して声をあげる。


「だが、オーラの弾丸にも欠点がある」


「欠点?」

「発射時の『効果範囲』だ」


「あ……」

 これが、この世界で銃よりも弓が使われるようになった理由でもある。


 魔法を弓で発射する、いわゆる弓魔法は、『ショットガン』のような広範囲に光魔法を発射するものもある。

 そういった魔法は魔物の大群を相手にするとき有効な手段として重宝される。

 Sランクの魔法使いともなれば、数キロにわたる広範囲を一度に殲滅する爆裂魔法というものもあると天使仲間が教えてくれた。

 

 だが、これまでこの世界の『銃』は金属の弾丸を打ち込むだけで、その様な広範囲への攻撃は不可能だったのだ。

 地球とは違い、魔法による攻撃が発達したこの世界で、銃の発展はそれほど求められなかった。


 他にも銃の欠点として六発で弾丸を装填しなおす必要があること、弾丸の再利用がきかないこと、威力や用途の割に弾丸一発の単価が高いこと、弾丸を射出する際の爆音によって魔物に気付かれること、雪崩の危険があるので雪山では使えないことなど、この世界の冒険者には欠点と感じられるものが多かったのも、銃が廃れる要因であった。

 

 魔法の力と存在が圧倒的であるが故に、小型の自動拳銃や大型のマシンガンなども、この世界にはまだ無かった。

 そしてこの魔法銃も、魔法は弾丸の形で撃ちだすため、オーラ弾であっても広範囲への攻撃には向いていないという事である。


「だが、この五本の薬莢は『黒』とは違って、幾らでも魔力を込められる。『黒』は魔力を込める際、必要以上の魔力を貯めることができないよう制限を設けてあるからな」


「あ……」

 ミリアはこの説明について腑に落ちたものがあった。

 魔力回復薬を飲みながら、屋根の上で撃ち続けた時、魔力を幾ら込めても威力が変わらないことには気づいていた。


「『黒』は他の薬莢に比べて魔力の使用量が少なく、その分多く発射できる。だが、威力は通常のマグナムとさほど変わらず、『エスティ規格』のマグナムに比べれば威力も劣るし射速もわずかに遅い」

「はい。それは薄々感じていました。馬車の上から狙撃していた時、一撃で倒せなかった魔物がいて、その時はジェイの方を使ったから……」

「ジェイ?」

「実弾銃のことじゃよ。元の持ち主の名前をもじって『ジェイ』と呼んどる」

「ああ……なるほどな」

 ギデオンはテーブルの上に銃と薬莢を並べ、静かな目で眺めると言った。


「ミリア、お前に言っておくことがある」

 ギデオンは溶けた魔法銃に目を落とす。

 男の表情に、自然とミリアの背中に緊張が走る。


「なんでしょうか?」

「キャサリン……この魔法銃の製作者は、魔法銃を作り上げた時、俺にこう言った。「この銃は、まだ未完成。銃本体も、薬莢も。でも、いつか完成させたい」とな」


「未完成?」

 各種の魔法を弾丸として発射するというだけでも、脅威の武器。

 だが、それでもまだ未完成という。

 虎子は思わず首をひねった。


「お前にわかるか? この意味が」

 ギデオンは確かめようとしていた。

 ミリアの『ガンスミス』としての技量を。


 ミリアは溶けた魔法銃を手に取ると、じっと銃を見つめる。

 そして、考えた。


 ――この銃の欠点? 魔法銃である以上、魔力を消費するのは当たり前。でもこれは通常の魔法も同じ。

 消費量を少なくすることは可能かもしれないけど、それだと威力は下がる。

 でもそれは、狙撃手の魔力の質を高めることでカバーできる問題。

 この銃の特性上、威力の高い魔法を発射するには、それだけ多くの魔力を必要とすることになるといった。

 でも、黒い薬莢はその性質上一定以上の魔力を込められない……。


 ミリアは何かに気付くと、愛銃と溶けた魔法銃を同時に持ち上げる。


 そして言った。

「素材……!?」


 ギデオンはニヤリと口の端をあげた。

「正解だ。どういうことか説明できるか?」


 ミリアは愛銃だけを少しだけ高く持ち上げる。

「例えば、私の銃は魔力を必要としないので、耐久性があって壊れにくい合金を使用しています。でも、こっちの溶けた魔法銃は、そうじゃない。同じように硬さはあるけど、実弾銃に比べて軽く、魔力のコントロール性ににすぐれた魔法合金を使用しています」

「ほう、そこまでは正解だな。それで?」


「この合金は魔法との親和性が高く、魔法剣や、魔杖によく使用されています。使い手の魔力の質を高め、威力をあげたり、高い出力を発することができます。でも……」

「でも?」


「一般に普及するこの魔法金属は、物理的な耐久力が鋼より低く、に対して脆いため、使用者には高い魔力コントロールが求められる上、高出力を求められる魔剣や聖剣といった伝説級の武器には使われていません」

「つまり?」


「この魔法銃には、高出力に耐えられる金属を使用しないと、『本来の力』を発揮できなかった」


 ギデオンは「正解だ」と言うと、口に葉巻を加えた。

「ああ、俺はその『新しい銃』については何とも言えねえぞ。天国の金属なんて初めてだからよ。それに関しちゃ、そこの爺さんに後で聞いてくれ。で、それだけだとまだ50点だな。他には有るか?」


「本体以外に……欠点?」

 ミリアはもう一度キャサリンの言葉を反芻する。


『この銃は、まだ未完成。銃本体も、薬莢も。でも、いつか完成させたい』


(薬莢……?)


 ミリアは全六種の薬莢をひとつづつ確認する。

 炎、氷、雷、風、鋼、そしてオーラ……。


「未完成……ってもしかして……魔法の『種類』?」


「いいところを突いたな。そうだ。この銃にはたった五種類の薬莢しかないんだ。だが、魔法って奴は無限に存在する。固有魔法に至っては、個人の数ほどあると言われてるしな」


「つまり、新しい薬莢を作り出せば、新しい魔法が使える……ってことですか?」


「理論上はな。だが、そんなに簡単じゃない。薬莢に、使用する魔法陣を描き、威力、必要魔力の調整、風魔法で発射するのを受け止める機構まで必要だ。キャサリン以外にそれを成功させた者は今までいない。だが、それでも回復魔法やその他の魔法を撃ちだす……そいつを実現させることは叶わなかった。それを成功させること、それがキャサリンの夢だ」


「夢……」


 二度にわたり裏切られ、命を落としかけた。

 人生に絶望しかけたことも一度や二度じゃない。

 だが、虎子と茂三に出会い、もう一度人生を拾うことができた。

 少なくとも二度は失った命。

 今度は人の夢のために使ってみたい。


 ミリアは溶けた銃と薬莢を見つめながら、そう思った。


「私がやります」

「何?」

「私がその夢、完成させてみせます」


 ミリアは溶けた魔法銃を手にすると両手で胸に押し当てる。

「いつになるかわからないけど……キャサリンさんの夢、私が引き継ぎます」


 そう言ったミリアの瞳には、強い決意が込められていた。

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