ジェームズとキャサリン
ミリアは虎子たちを連れ、ある武器屋を訪れた。
クルスト王城正面大通りからは二本以上離れた裏通り。
日の光も差し込みにくい路地裏に、その店はあった。
「……らっしゃい」
灰と煤で薄汚れた作業着に腰エプロン、ハチマキを巻いた齢五十代に見える男は、カウンターで剣を黙々と磨いている。
「ギデオンさん、こんにちは」
挨拶するミリアを見ようともせず、顔も上げず、ギデオンは不機嫌そうに言った。
「ゆっくり見て行きな。他に客は居ねぇからよ」
男は葉巻を咥えるが、火は付けず、ただ咥えるだけのようだった。
虎子と茂三は薄暗い店内を見回す。
十五畳ほどの狭い店内。
壁には剣、槍、籠手、杖、弓などが台座に乗せられ丁寧に置かれている。
茂三は壁に掛けられた一本のナイフを見ると、思わずうなった。
「……ほう。これはかなりの業物じゃのぅ」
刀を前にした茂三の顔に、自然と笑みがこぼれる。
「爺さん、いい目してるじゃねぇか。そいつは俺の自信作よ」
ギデオンは葉巻の端を噛んだまま、歯を出して笑う。
「なんと……これはあなたの作でしたか。良き腕ですな。これほどの業物、なかなかお目に係れませんからのぉ」
茂三は珍しく敬語らしい言葉で男を称えた。
茂三の言葉でむずがゆくなった鼻を、ギデオンは人差し指でこする。
「ふん、まあな。ここにある武器は全部俺の作品だ」
「ほう、それはすごい」
茂三は改めて店内を見回した。
低価格の金属を使い、意図的に使いやすく作られた新人向けのナイフから、謎の文様が彫り込まれた豪快な斧まである。
「まあ、今の若い奴らは安くて程度の良い使い捨てや、極端な聖剣や魔道具、伝説の名刀にばかり興味を示すからな。俺みたいな無名で高価な上に時間のかかる、完全オーダーメイドの鍛冶師は煙たがられちまうんだ」
そういってまた不機嫌な顔に戻ると、磨いていた剣を鞘に納め、壁に掛けた。
カウンターに戻ろうとして、この時初めてミリアに気付く。
「おう、ミリアじゃねぇか。ここんとこ顔ださねぇから死んだかと思ってたぜ」
「ははは……」
ギデオンの冗談とも本気とも取れる挨拶に、ミリアは苦笑するしかなかった。
「聞いたぜ。『風雲の刃』のガキどもを蹴散らしたんだってな。アイツらは金に物を言わせて、やりたい放題のクソガキだったから、正直清々したぜ。で、今日は何の用だ?」
カウンターの物をどけると、ギデオンは片肘をつく。
「弾丸をください。千発ほど」
「おう、いつものマグナム弾だな。今じゃお前以外に銃のスナイパーはほとんどいないから、弾の在庫は幾らでもあるぜ。ほらよ千発。10万ゴールドだ」
カウンターの上に百発ずつの箱を十箱ほど積み上げる。
ミリアは自身の財布から、10万ゴールドを取り出し、カウンターに置いた。
「毎度。そちらのお二人さんも何か要るのかい? 見たところ、武器は
虎子と茂三を見て、ギデオンは口の端を上げた。
「ほっほっほっ。どうしてそう思いますかな?」
茂三は悪戯っぽくギデオンに問いかける。
ギデオンは虎子を見て言った。
「そっちの婆さん・・・・・・拳の形が見たことねぇような丸みを帯びてる。とんでもねぇ鍛えられ方だ。おまけに人間じゃねえと思えるほどの四肢と体幹。そんな婆さんが剣士や魔法使いだったら、俺の眼は狂ってる。この仕事辞めなきゃなんねえよ」
虎子はギデオンの言葉にウンウンと頷きながら、非常に満足げである。
「ふむ、ではワシには武器は要りませぬか?」
「爺さん、あんたの持ってる杖、特殊な魔導具だろ? 地面突いた時の音が普通の杖のそれじゃねぇ。この国の高齢者が使う杖は、そこそこ軽い木製のが基本だからな。しかも見たことない金属で、とんでもねぇ業物……それ作ったヤツ、天才だぜ」
「ほう、素晴らしい眼力じゃ」
自分も鍛冶師でありながら、あっさりと他人のことを天才だと褒めるギデオン。
その姿に茂三は感心した。
職人には自分が一番だと言ってはばからない者も多いが、この男は見た目とは異なり、かなりの謙遜さを持ち合わせていた。
「お見事……流石はミリアの銃を作った『
「タクミ?」
「地球で言う『名工』のことじゃよ。今日はその名工に見てもらいたいものがあって来たんじゃ」
そう言ってミリアを指さす。
「あん? 地球? お前さん達、『転移者』か」
「左様」
「なるほどな。どうりで
ギデオンはミリアに再び視線を戻す。
「これを、見てもらえますか?」
そう言って愛銃を取り出し、テーブルの上に置く。
「おう、そいつは俺が制作したマグナムじゃねぇか」
ギデオンはミリアの銃を手に取り、リボルバーを開閉し、様々な角度から銃を確認する。
「よく使い込まれてるし、しっかり手入れもされている。大切に使ってくれてありがとよ」
銃をテーブルに置き、ミリアに返す。
「けどよ、どこにも壊れた様子はなかったぜ?」
ギデオンが銃に視線を落とすと、ミリアはその横に一回りサイズの大きな銃を二丁並べて置いた。
「これも……」
「……ッ!?」
ギデオンの目が見開かれる。
ゴクリ……とつばを飲み込む音が聞こえるほど、大きく喉が上下した。
「こいつは……まさか……‼」
静かに手を伸ばし、銃を手にしたギデオンの声が震える。
最初に実弾銃『ジェイ』を手に取る。
グリップ以外、僅かにギデオンの銃より一回り大きな作り。
銃身はおよそ6インチ。それにもかかわらず、銃の重さは自身の銃とそれほど変わらない。
リボルバーを開け、空薬莢を取り出すと、更に大きく目を見開いた。
「『エスティ』規格の薬莢……!」
ギデオンの顔にいつの間にか大粒の汗が噴き出ていた。額のハチマキが重く感じるほどに、汗が止まらない。
「な、なんでこいつが……⁉」
空薬莢をリボルバーに戻し、手首を振って銃に納める。
カシャッと心地よいリボルバーの装填音が店内に響く。
「それじゃあ、まさかこっちは……」
次に魔法銃『キャシー』を手に取り、リボルバーを開け、薬莢を見た瞬間、銃に落としていた目を、素早くミリアに向ける。
「ミリア……お前、これをどこで……⁉」
何度も手元の銃に目を落とし、やっぱり間違いねぇ……という呟きが漏れる。
ギデオンの体は震え、その瞳はなぜか僅かに潤んでいた。
ミリアは何も言わず、茂三の方に目を向ける。
「これは、ワシが『友人』から貰ったものじゃよ。ワシには要らんから、孫のミリアにあげたんじゃ」
「友人だと……? そんなバカな。コイツを作った人間はもう……いや、わけがわからねぇ。どういうことだ? だが……とにかく……」
ギデオンはそれだけ言うと、再び銃に目を戻す。
「間違いねぇ。コイツらは『キャサリン』の銃だ」
「キャサリン?」
(おじいちゃんがキャシーと呼んでいた名前と似ている……?)
「ああ。キャサリン・シルヴェスタ。この世界じゃ有名な、伝説の『ガンスミス』だ」
ガンスミス。
この世界で銃を製作・整備・調整する職人のことである。
ギデオンは手元の銃を見ると、何故か頭に手を当て、首を振る。
「どうしましたか?」
「わからなねぇんだ。この銃が
「どういうことですか?」
「キャサリンは十五年くらい前に死んだんだ。その時、この銃は一緒に消滅したはずなんだ。いや、正確には違う銃なのか。使ってる金属が当時の物とは全く違う。でもこの構造は間違いなく……!」
銃を見るギデオンの瞳が揺れる。
ミリアはその表情を見て言った。
「詳しく教えてもらえますか?」
ミリアに視線を移したギデオンは、黙って顔をそむける。
「詳しくは言えねぇが……少しならいいだろう」
「お願いします」
「この銃を作った人は俺の銃の師匠であり、俺の親友の嫁だ。以上」
ギデオンはそれだけ言うと、店の中に沈黙が訪れた。
「本当に少なかったのう」
茂三のジト目がギデオンを離さない。
ギデオンはその圧力に耐えかねて、咳払いする。
「こっちの実弾銃はともかく、この魔法銃はこの世に存在しないはずなんだよ。なぜなら……作り手ごと死んだはずなんだ」
「作り手ごと死んだ?」
ミリアは驚きのあまり、思わず小さく声を上げた。
ギデオンは一度頷くと、魔法銃を持ち上げる。
「俺は、この銃が二丁と存在しない事を知ってる。それに、俺は二人が
そう言うと、ギデオンは奥の部屋から鍵のかかった箱を持ってきた。
「これを見てくれ」
開けると中には、シリンダーとバレルが爆ぜ、熱で金属が融解して、壊れた銃が入っていた。
「これは……‼」
よく見ると、たしかに構造は似ているかもしれない。
「こいつが
ギデオンの視線が鋭くなる。
「事と次第によっちゃあ、黙ってないぜ」
失われたはずの親友の銃。
なぜこの老人が持っているのか?
ギデオンの放つ気に、僅かに怒りと殺気が込められていた。
茂三は視線を真っ向から受け止める。
互いに表情一つ変えることはなかったが、ギデオンの気が『本気』であることにため息を吐く。
このままでは、誤解をさらに深めることになりかねない。
「仕方ないのう。ギデオンとやら、お主、鍛冶師なら『鑑定』のスキルぐらいは持っとるじゃろう?」
「ああ、それがどうした?」
「ワシのことをその『鑑定』で見てみい。普段は絶対に見せんが、今日は特別じゃ」
「爺さんを鑑定しろだと?」
不可思議に思ったものの、ギデオンは言われるがままに無言でスキル『鑑定』を使用する。
『鑑定』。
武器や素材を鑑定・識別するために使われるスキルである。
修練度が上がると、人の名前や種族を見ることができたりする。
ただ、基本的に本人の許可がない限り、人を鑑定することは許されない。
個人のプライバシーまでも見てしまうことになるからだ。
また、『鑑定』といえど、誰でも見ることができるわけではない。
鑑定者の魔力や気を、鑑定される側が大きく上回る場合、鑑定する事は不可能。
つまり茂三のような達人クラスの人間を、許可なく鑑定できる人間はほとんどいないのである。
「ええぞい」
「じゃあ、見させてもらうぜ」
茂三の許可の下、ギデオンがスキルで見たもの。それは。
『鬼龍院茂三 元・天使、地球人』
の一言だった。
慌てて鑑定スキルを止める。
「て、天使だと……? アンタ一体……⁉」
「そういう事じゃよ。ワシは天国で、天使になったおぬしの友人に出会い、その銃を貰ったんじゃ。その銃はアイツらが『霊界』という場所で作り、使っとった物じゃよ。金属は向こうの物を使っとるから、解らんのも無理ないじゃろ。ま、もらったのは良いんじゃが、『使用者制限』の魔法が掛かっとって、ワシには使えんかったんじゃけどな。ミリアちゃんなら使えると思ってプレゼントしたんじゃよ」
ギデオンは(まさか……⁉)と心の中でつぶやきながら恐る恐るミリアを見る。
「ミリア、お前コイツを撃てたのか?」
「はい。問題なく」
(……⁉)
ギデオンは唖然として、動かなかった。
親友は死んだあと天使になり、あっちでも銃を作っており、その銃を友人の爺さんに渡した。
そしてなぜ
突然津波のように押し寄せる情報量に、ギデオンは軽い頭痛を覚える。
震える体を抑え込み、汗を拭うこともせず二丁の銃を凝視する。
しばらくして、目を閉じ、天を仰いだ。
落ち着きを取り戻したギデオンは、どこか安堵したような、疲れたような表情で笑みを浮かべる。
「霊界……天国……そうかい。アイツら、天国行けたんだな……」
ギデオンは銃をテーブルに置くと、額のハチマキで目頭をゴシゴシとちょっと乱暴にこすった。
もう一度『鑑定』で銃を見る。
そこには確かに『ジェームズ・シルヴェスタの銃』『キャサリン・シルヴェスタの銃』という文字が視界に浮かんでいた。
そして、ハッとしたようにギデオンは目を見開くと、ミリアを見た。
鑑定スキルのせいで、一瞬視界に入ってしまったミリアの情報が、ギデオンの全身を震わせた。
「ミ、ミリア……お前……‼」
ギデオンがそこまで言いかけた時、茂三がミリアの後ろで静かに首を横に振る。
「どうしたんですか?」
心配そうに尋ねるミリア。
ギデオンは小さく肩で深呼吸を繰り返し、必死で気持ちを落ち着かせる。
「いや……なんでもない」
ギデオンはしばらく黙ったあと再び口を開いた。
「取り乱してすまねぇ。ま……そういうわけだミリア。この銃を作った人物はもう
そう言ったギデオンの表情は優しく、そして僅かに震える唇で、懸命に笑みを浮かべていた。
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