再開と卒業

 Bランクの『風雲の刃』が、DランクとFランクのパーティーに決闘で敗北した――。


 この事件ニュースはクルスト王国の冒険者ギルドで大きな話題になった。

 クルスト王国冒険者ギルトマスターであり、立会人となったザムが、ギルド内で次のように『公式の結果』を発表したのである。


『『風雲の刃』は、『鬼龍院一家』に決闘で敗れたため、規約により冒険者資格を剥奪、詐欺罪・殺人未遂罪・殺人罪が確定。『終身刑』とする。なお、一連の処分は、王家により管理されるものとする。 ギルドマスター・ザム』

 

 王宮内で行われたこともあり、この闘いに関する細かい詳細は、一切が伏せられた。

 そのため、冒険者の中で様々な憶測が飛び交った。

「まさかミリア一人で勝ち抜いたのではないか?」

「あの老夫婦の実力は一体?」

「風雲の刃は、実は弱かったのではないか?」

「Bランクの認定に問題があるのでは?」


 さらに、ミリアの『銃姫スナイパー』としての実力が再評価され、ミリアはCランクに昇格した。

 本来、Cランク以上はギルドによる昇進試験を受けてその強さを測られるのだが、今回はギルドマスターが直々にその能力を確認していたことから、昇進試験不要とされた。

 このこともまた、ミリアへの世の認識が低かったことを知らしめるものとなった。

 一方、共に決闘に臨んだはずの老夫婦のランクは据え置かれたため、それも人々の想像に拍車をかけた。

 

 Cランク。

 このランクの冒険者ともなると、信頼度の高さから指名依頼を受けたり、上位魔物の討伐に参加要請が来ることもある。

 

 FランクからEランクへの昇進はそれほど困難ではないが、上に行けば行くほどその昇進は難しい。ソロでCランクより上となると、かなり数が少なくなる。


 苦節五年。

 ミリアはその領域へと足を踏み入れた。

 

 

 冒険者ギルドでミリアたちが話題になっている頃。

 『風雲の刃』との闘いを終え、気持ちに1つの区切りがついたところで、当の本人ミリアは虎子たちに「付いて来てほしいところがある」と言った。

 時は既に太陽が赤みを増す夕方であった。


 虎子と茂三は、喜んでミリアと共に街の中を歩く。

 一面に広がるのは石畳の大通り。大きな馬が馬車を引き、様々な露店が通りに並んでいる。


 中世ヨーロッパのような街並みは、虎子たちにはとても刺激的で、道行く男女の服装も虎子の好奇心をくすぐった。

 眼鏡人口が少ないことに、茂三は少々不満を示したが、それでも道行く女性たちに手を振っては道中を楽しんでいた。

 

 街には武器屋、道具屋、薬屋など色々な店が存在し、虎子たちは見たことのない魔導具などにも興味をそそられた。


 ギルドから歩くこと三十分。

 街の中心からかなり離れた郊外の丘の上に、その施設はあった。


「ここは?」

「私の『実家』です」


 『クリスティア孤児院』。ミリアが育った、教会が運営する児童養護施設である。


 国営ではないものの、クルスト王家から毎月いくらかの支援金が出されている。

 食べるものには困らないが、戦災孤児や、冒険者の親が戦死したという理由で、日々子供たちの人数は増えていた。


 そのため、この様な孤児院は自分たちでも内職や仕事をして経営している。

 それでも増え続ける孤児を養うにはお金が足りず、決して裕福な生活をできないのが現状である。

 

 ミリアを含め、この孤児院で育ち、独り立ちした幾人かの冒険者は、今でもこの孤児院を宿として使っている。その代わりに、毎月いくらかの寄付を行って経営を助けている状況だった。


 3人が孤児院の敷地に入ると、庭で遊んでいた子供たちがミリアを見つけた。


「あっ! ミリアおねえちゃんだ!」

 小さな女の子がそう叫ぶと、子供たちが一斉にミリアの方を見て、声をあげながら走り寄った。

 ミリアはあっという間に子供たちに囲まれる。

 なかにはミリアにしがみつき、無事を喜び泣き出した女の子もいる。



 微笑ましい光景を眺めていると、施設の中から三十前後の女性が現れ、虎子たちに軽く会釈した。

 身の丈は170cmくらい、ワインのような赤い瞳を持った美女だった。

 紺色のワンピースに身を包み、長い金髪を後ろで簡素に束ねている。

「初めまして。私はこちらで施設長兼シスターをしているマリアと申します」

 マリアはそう言うとニコリと力なく笑った。

 ミリアのことが心配だったのだろう。

 その頬は不自然に痩せ落ちているように見えた。

「アタシゃ鬼龍院虎子だよ」

「美しいお嬢さん、ワシの名は茂三じゃ。で、どうじゃ?これからワシとお茶でも――」

 茂三がマリアの手を取った瞬間、『ドンッ!』という大砲の発射音の如き音が茂三の腹から響いた。

 虎子のボディブローが茂三の鳩尾を捕らえ、茂三はがくっと首を持たげて気絶した。


 その大きな音に、ミリアや子供たちの視線が一気に集まる。

「マリアさん!」

 ミリアもその存在に気付き、マリアの下に駆け寄る。

 マリアは手を拡げ、飛び込んでくるミリアを抱き留め、喜びの涙を流した。


 ここにも確かに1つの家族の形があり、深い愛情が二人を繋いでいた。



 簡素な応接室に通された三人は、向かい合わせのソファに座る。

 茂三と虎子は、マリアと向き合って座った。

 ミリアがハーブティーを淹れると、静かに三人の前に並べる。

 

 マリアは虎子と茂三に頭を下げると、身を震わせながら感謝を宣べた。

「この度はミリアを救っていただき、本当にありがとうございました。何とお礼を言ったらよいか……」

「礼には及ばんさ。あたしたちこそ、その子に助けられたんだからねぇ」

「と、申しますと?」

 虎子たちは窓の外で遊ぶ子供たちに再び目を向け、マリアにを話し始めた。


 自分たちが違う世界から来た転移者であること。

 ヘルメイズでミリアに助けられたこと。

 この国へ無事に戻り、『風雲の刃』という冒険者を倒したこと。


 そして、ミリアを自分たちの『孫』として迎えたという事も。

 この縁組の話をマリアは事のほか喜んだ。

 

 この魔物が徘徊する世界で、ここを巣立った子供たちは、やはり冒険者や騎士を目指す子が多く、たくさんの子供たちが命を落としたという。


 その中で、「このように子供に家族が与えられることは、本当に祝福です」とマリアは言った。そして、「ミリアのことを、どうかよろしくお願いします」と頭を下げた。

 虎子と茂三もこの敬虔なシスターに頭を下げ、この子供たちの『母』に敬意を表した。


 

「ここです」

 マリアに案内されたミリアの部屋は、非常に簡素で、地球でいうところの『女の子らしさ』は皆無だった。

 経営難の孤児院ということもあり、全くといっていいほど無駄がない。

 

 ただ、ひと目でミリアの『スナイパー』という職に対する気概は伝わってきた。

 

 部屋にあったのは簡素なベッドと小さなタンス、少し大きめの机、整頓された銃を手入れする工具、そして部屋の角に箱で山積みにされた大量の銃弾と模擬弾(ゴム弾)だ。


 虎子は床に転がったゴム弾を手に取るとミリアに言った。


「なんでこんなにゴム弾ばっかり持ってるんだい?」

「訓練中、万が一流れ弾が人に当たっても、大けがをさせないようにするためだよ」

 虎子の問にミリアは答える。

 もちろん、ミリアはこれまでそのような事故を起こしていない。しかし万が一の事態を考えて、訓練時には必ずこの模擬弾を使用していた。

 施設内に訓練場はないため、ギルドが有する年中解放の訓練場まで足を運んだ。

 ゴム弾といっても、目にあたれば失明する可能性もある。

 万が一、跳弾が起こった際にも対処できるよう細心の注意をはらっていた。

 『風雲の刃』のヘイトを気絶させたように、模擬弾の威力は相当のものである。

 

 ちなみに余談だが、ギルドでヘイトを撃った模擬弾は、ザムからプレゼントされたものである。

 ザムは「あいつの頭、吹っ飛ばしてやれ」と笑顔でギルド所有の在庫から準備してくれた。


 ミリアは部屋にあった全ての弾丸を次元収納袋に詰めていく。

 これはここをするというある種の儀式のようにも感じられた。

 

「ひい、ふう、みい……これで、どのくらいの補充ができたんじゃ?」

 茂三は落ちていた空薬莢を拾う。

「実弾が千発、模擬弾が二千発……くらいかな」

「ふむ。全然足らんのぉ」

 模擬弾はともかく、実弾がたった千発というのは正直心許なかった。

 

 魔法銃の『キャシー』には実弾は不要だが、魔力を消費するうえ、基本的には非公開なので、『奥の手』として取っておきたい。

 実弾銃の『ジェイ』に関して言えば、弾はもう残っていなかった。

 霊界で茂三が銃を受け取った時、予備は無かった。

 弾丸は計6発装填されていたが、馬車の上で魔物への狙撃を試みた際に、すべて使ってしまった。


「それじゃあ、弾丸を買いに行くしかないさね」

「うん。武器屋は行きつけがあるから案内するよ」

 ミリアは部屋の隅に落ちていた一発を拾い上げると、次元収納袋に入れる。

 

「金はあるのかい?」

 虎子はミリアの財布が帰ってきたのは知っていたが、中身までは知らないので念のため聞いた。

「うん。一応ね」

 ミリアはそう言って袋を取り出した。

 風雲の刃を倒した際に、ギルドから報奨金が出のだ。

 

 マリアにはその一部を、寄付として既に渡してある。

 マリアは「いつもありがとう」とミリアを抱きしめていた。

 

「じゃあ、武器屋に着くまで、ちょっと町の観光もするかねぇ」

 虎子は窓を開け放ち、広大なクルストの街を眺める。

 この街のどこかに、自分もまだ見ぬ強者がいるかもしれない。そう考えると虎子の胸は高鳴った。


「お待たせ、行こう」

 ミリアは銃の整備器具も次元収納袋に放り込むと、立ち上がった。


 部屋を出る間際、ミリアは部屋の机の上にあるノートを手にする。

 それはミリアの宝物。

 ボロボロに擦り切れるほど、何千回も目を通したノート。

 マリアが言うには、自分が入れられていたゆりかごの中に置かれていたらしい。

 『スナイパーノート』と書かれたその記録には、『両親』が書いたと思われる、銃に関する記録が残されていた。

 

 

 ミリアはノートを大切に抱えた。

 そして、まだ見ぬ父と母に、スナイパーとして生きる決意を改めて報告した。



 

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